ホルスのトップが松本だろうと言う話を誠に聞いたのは、京子が九州へ行くよりも前の事だ。
確定事項ではないという前提だったが、きっとそうなんだろうとインプットしていた。
けれど、佳祐とのやり取りや松本を語る忍の口調に、どことなく違和感を覚えていたのは事実だ。
結局、ホルスが広めようとした『松本がホルスのトップ』という情報は、表向きの肩書に過ぎなかったらしい。
「じゃあ本当は忍さんがホルスのトップだって事なんですね?」
「そうだよ」
忍は満面の笑みを浮かべて、あっさりとその事実を認める。
彼のその一言で、今まで見てきた彼の言動に納得がいった。
「どうしてそんな事したんですか?」
「望まない人間が居るからだよ」
「望まない……?」
「色々ね。アルガスは俺の事どこまで調べてるの? 京子が仲間のキーダーも連れずにここへ来たって事は、甘く見られてるって事かな?」
「そんな事はないですよ」
忍が危険な相手だという事は、九州の件で理解している。
ただ、情報を聞く事を後回しにしたせいで、彼の事を殆ど知らなかった。
彰人や田中に『覚悟して』と言われるほどの情報を得てしまえば、忍に同情してしまうかもしれない。こうして話しているだけで、数分前までの震えは止んでいた。
忍が佳祐を殺した。その事実に変わりはないけれど、それは元々京子がする筈だった仕事だ。
忍はホルスとして、京子はキーダーとして──
「同じなのかな……」
一人呟く京子に、忍は「どうしたの?」と顔を寄せて来る。身長差があまりないせいで、その距離はやたらに近かった。
「忍さんは、サメジマ製薬とどんな関りがあるんですか?」
「そこから? 何だ、意外と知らないんだね」
「いえ……忍さんの口から聞きたいと思って」
「いいよ。俺の事知りたいなら全部教えてあげようか」
「どういう意味ですか」
掴まれかけた手を後ろへ隠して、京子は忍を睨んだ。
どんどん距離を詰める彼に狼狽えて、そっと後退る。
「知りたいんだろ?」
「知りたいです」
こうしている間にも、時間はどんどん迫るばかりだ。
どこまでも続く風景の中に自分と彼しか居ない事実を、改めて不気味だと思う。早く抜け出したい気持ちが無い訳じゃないけれど、彼と話すためにここへ来た。
折角前に進めたチャンスを逃すことはできない。
京子が腹を括って小さく構えていた手を緩めると、忍は「あぁあ」と残念そうに肩を竦めた。
「別に捕って食おうなんて思ってないよ。バーサーカーの彼に知られたら怖そうだしね、今日は遠慮しとく」
「今日は、って」
「人間、気が変わる時は幾らでもあるんだよ。けどやっぱり京子は俺に会いたくてここに来たんだね」
「──そうです」
これ以上、嘘をついても仕方ない。半ばやけくそになってそれを認めると、「おっかしい」と忍は高らかに笑った。
「素直じゃないんだから。じゃあ、この空間が晴れるまで俺の事話してあげる」
忍は「五分もつかな」と辺りを眺めながら近くのベンチに腰を下ろした。実際の駅とは別の空間だが、風景にあるベンチや改札はそのまま据え置かれている。
ぐんと京子を仰ぎ見て、忍は彼の過去を話した。
余計な事まで知ってしまったら、情が移るかもしれない──ずっとそう思って来たのに、出し惜しみなく吐き出される過去を、京子は止めることが出来なかった。
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