****『たかがゲーム』****
死を自覚し、魂の在処が入れ代わる。どういうことかというと。《物理》から、《精神》へ、魂の所在が変更されたのです。
夢心地に、夢の中。僕達は今、明晰夢よりも、はるかに明瞭な、精神世界にやってきているのです。
薄暗い墨汁をたらすばかりの光なき箱庭。もちろん驚きますが、驚きだけで終わるのです。
なぜなら僕は、もう《知った》から。
世界に色はなく。世界に音はなく。世界に匂いはなく。世界に物理がありません。とうぜん、血の味も消えています。だけれど、近くに、《みんな》がいることは、確かにわかった。
『死後の世界の、死後の世界? あははー、いみわからんー』
ひとつちゃんの魂が思考します。僕の魂にも届きます。一華さんがそれに呼応します。
『ウチらは、死んだ。アンに、撃ち殺された。その認識でいい?』
『それしかないよね。そんでもって、今がここー。あ、それと、ナオ君。あとでお説教ね』
魂を通して、じかに彼女の怒りが伝わってきました。怖い!
『まぁ、あれはカスが悪い。カスも、悪い……』
後悔と、自責の念がこびんを掠める。一華さんも責めているのです。《弱い自分》を。
『なにもできなかったねー。手も足も出なかったねー。唯一の対抗馬、《狂ってる!》もー、あっちに軍配があがるよね。本当にヤバい奴だったよ、あの女。可愛いから許すけど』
ひとつちゃんにヤバいとまで言わしめる、アン。本当にとんでもない人でした。彼女は対話よりも、銃殺を選んだ。
『ウチはちょっと、無理かも。神様を殺そうと。カスを傷つけた。許すことは、できない』
『イッチーってば、アタシたちのこと好きすぎー。アタシも好き好き! あとでなでなでしたげるね』
『うぅ』
二人の仲睦まじき。うむ、百合は良い。
では、そろそろ本題にいきましょうか。
『ヤバい独白をサラッとして。それで話を変えやがった! ナオ君卑怯だ、もっと聞かせろ!』
『死んだのと同時に、ウチの《脳内》に流れ込んできた大量の《情報》。この世界、《アスアヴニール》に対するあれやこれやの開示。同じ現象、神様たちにも起きたのか?』
『はい』
『真理の扉、開いちゃったね』
今頃、プスプスと数億個の脳細胞が、風穴から零れているであろう《物理》から。この《精神》の世界へやってくる《途中》。たった刹那の間に、膨大な《情報量》が、大脳に植え付けられたのです。
求めていた以上の情報の洪水が、大挙をなして、押し寄せてきたのです。
『今の僕は、生きていたころとは比べ物にならないほど、この《世界》について、詳しくなっています。それでも、同じ《情報》をひとつちゃんや、一華さんが《見た》と決めつけるのは早計。もしかすると、違う景色を見たのかもしれないから。なら、ひとまずは与えられた情報の、精査をしていきませんか?』
『この世界に時間の概念は無きに等しいしね。いつまでもお話しできるのなら、是非もないさ』
基本的に明日部のメンツは、お話しすることが好きですからね。
『まずはウチから。どうして、《死んだ》ことをきっかけに、《情報》を得ることができたのか』
『それは別に、アスアヴニール側が教えてくれたわけではないってことが、重要だよね。あ、アスアヴニールは、この《世界》の《名前》。ゲームの《タイトル》だって認識はおけ?』
ひとつちゃんの言葉に首肯します。首、ありませんが。
悪魔が僕達をこの世界に召喚した。その名はアスアヴニール。そしてこの世界は、《ゲーム》である。
『アスアヴニールは、それでもウチらに情報を提供していない。知識を《撃ち込んだ》のは、アンだ』
『アンのもつ、《異能力》ですね』
『はやるなはやるなー。まずは《異能力》の説明からだろ?』
自重します。先走りすぎました。あまりにも《心》が燻ぶられたので。
『アスアヴニールを簡単に説明すると、《プレイヤーとプレイヤー》が戦うPVPってことになるよん。殺し殺され、また殺す。虐殺も、惨殺も。すべからくが許された世界、ゲーム性。年齢制限まったなし! まったくもーな、ワクワクさんだね』
ざっくばらんに説明すると、アスアヴニールという《舞台》の中で、プレイヤー同士が互いに殺し合う、《デスゲーム》ということになるのでしょう。
プレイヤーは他のプレイヤーと徒党、《チーム》を組み、敵チームとPVP、鎬を削る。
そして肝心なチーム人数の上限は、最大《三人まで》。僕と、一華さんと、ひとつちゃん。以上三名、チーム《明日部》。
『プレイヤーを倒すことで、敵から《ポイント》を奪うことが出来る。ポイントが多ければ多いほど、アスアヴニールから様々な《ギフト》を与えてもらうことができる。ウチらのネームプレートに映し出されていた謎の数字は、プレイヤーの持つポイント数だったってわけだ』
ひとつちゃん88、一華さん87、僕が86。そしてアンは、900。まさに格上、火を見るよりも明らか。
『さらに言うのなら、ポイントは、《一年間に一ポイント》しか、追加されません。言い換えれば、87ポイントは、《八十七年》分の価値がある、ということになります』
アンが、デフォルトで何ポイント有していたのかはわかりませんが。それでも僕達の数字から大きく離れていた、ということはないでしょう。千年近く、ゲームをプレイし続けているとは、とても考えられない。
つまりは、1000ポイント近く、アンは《他のプレイヤー》を殺すことで勝ち取っている、と予想することができるのです。
『アタシたちはアンに殺された。でも、べつにポイントを奪われたわけじゃない。なぜなら、《勝鬨》以外での、殺傷だから』
『勝鬨、呼称はややこしいですが、ようは《試合》のことですね。キックオフのホイッスルが鳴る前に、ゴールにシュートを決めても、得点にはならない』
プレイヤー同士が双方同意の元、勝鬨をあげることで、試合は開始します。試合内での殺し合いにおいて初めて、ポイントの変動が発生するのですから、今回の死傷はただのアクシデントで処理されているハズです。
勝鬨=試合。 試合内容→殺し合い。
『そしていよいよ、《異能》の説明よん。異能力。アスアヴニールが提示するゲームデザインの、最たる特徴で、テーマ。PVPを執り行うにあたって、ならばどうやって戦うのかと言えば。各プレイヤーが有する《異能力》を行使して。いうなれば、異能力バトルでデスゲームってなかんじー』
この世界が現実なのか否かは、《まだ》わかりません。だけれど。かぎりなく現実に近しい場所で、物理法則を大きく度外視した《ゲーム》が、実際に行われているのは真実なのです。
『面白い点は、異能力の内容を《自分自身で決めることが出来る》こと。個人が《自分》だけの能力を、メイクできるということです』
『それに加えて、他のプレイヤーと《同じ能力》は作ることができない、というルールもあるよん。つまりは、強制的に、《自分だけの世界で一つの異能》を持つことができる、というシステムを、アスアヴニールは構築しているってわけなのさ』
アスアヴニールは、プレイヤーにその人だけの《異能》を与え、殺し合わせている。
でもご安心。いくら殺し合いとはいっても、《リスポーン》というルールの前では、みな一様に御遊戯に成り下がるのです。死んでも生き返ることができる。だから何度でも死ねる。死んでいい。まさしくゲームですね。
『つまりアンは、オリジナルの《異能力》を使って、《情報》を、僕達の脳内に撃ち込んだということになるのですね』
口で説明する手間と。喚く僕たちの煩わしさを。アンは一切合切、省略したのです。
『能力の詳細は分からないけれど。ウチは、銃で《撃った相手》にバフ、またはデバフをかけられる能力なのではないかと予想した。おそらくだけれど』
『アタシも同意見。アンが対象に付与する効果の一つに、《情報》の開示があったのかな』
『つまるところ、アンは《FPS》の能力者であるということですね』
『それも《特例》のね。とりあえず、《ゲームジャンル》の説明をしておこう。一言に《異能》といっても。その力は決して、《なんでもあり》というわけじゃなく。アスアヴニールの悪魔はきっちり、《バランス調整》を執り行っているよん』
『運営は《カオス》を忌避しているのでしょう。異能力がなんでもありのトンデモになってしまっては。ゲームバランスが完全に崩れ去ってしまいますから』
『他のプレイヤーを出し抜く必要がある。なおかつその《方法》を自分自身の手で決めなければいけない、という特性上。みなこぞって《最強》を取得しようと試みるからな』
一華さんの言う通り。プレイヤーは、《僕の考えた最強の能力》を、躍起になって得ようとすることが推測できるのです。
つまり、《チート》が横行するというわけです。
《他者》と同じ能力を得られないというのも気がかりですね。《最強の力》を早々に取得したプレイヤーが、出遅れた弱者を蹂躙することになるのが明白だからです。
『さらに問題点を挙げるのなら、《矛盾》が生じる可能性もあるしね。パッと思いつくかぎりでも。《最強の攻撃力》を持つ能力者と、《最強の防御力》を持つ能力者がまみえたとき、果たしてどちらに軍配があがるのか』
有名な《矛と盾》問題ですか。
『神様に捕捉するようだが。《絶対に死なない》異能と、《絶対に殺す》異能がぶつかったときに、どちらの能力が優先されるのかも、気になるところだ』
『《なんでもあり》の不安要素はいくらでも挙げられますね。わざわざ死者を生き返らせてまで、ゲームをプレイさせようとするアスアヴニールの運営が。悪魔が。そんな穴を見過ごすはずもない』
『というわけで、《ゲームジャンル》選択機能のご登場よん』
ゲームジャンル。PVPのアスアヴニールで、どう《楽しむ》のか。生きていくのか。そうした意志を示す機能。
『アスアヴニールは、《能力のほとんど》を、あらかじめ決定している。異能力の内容の、じつに《八十パーセント》を、事前に用意している』
『イッチーのおっしゃる通り。異能力の内実の大半を固定化、テンプレート化することで、《ゲームバランス》を維持しているのだなー』
『そのテンプレートこそが、《ゲームジャンル》というわけですね。百を超えるゲームジャンル。その中からプレイヤーは、どれか一つを選択する』
異能力が強くなりすぎるのを抑制し、なおかつゲームに戦略性を持たせる施策。
僕はすぐさま、アンに教えてもらった、数あるゲームジャンルの中で、もっとも気になるものを数種、脳内でピックアップします。
【ファーストパーソンシューティング(FPS)
強力な重火器を有する、アンドロイドを使役する能力。アンドロイドとプレイヤーの視覚情報は共有されており。遠隔で実戦に近しい戦闘が楽しめ、攻撃力もトップクラス。さらには近距離から遠距離、すべての状況に対応している万能型であるという一面から、非常に人気の高いジャンルとなっている。なおかつ扱うリスクが少ないため、初心者にも勧めることができる。中には、百パーセントプレイヤースキル依存型である、プレイヤー自身が重火器を手にして戦う《サバイバルモード》なる亜種もあるが、難易度が非常に高いためおススメしない】
【レーシングゲーム
健敏な馬、高性能の車、戦闘機、戦車などを操縦し、戦っていくことになる能力。巧みなテクニックが必要となるが、技術があるのなら高水準な戦闘が期待できる。前線に立つジャンルでありながら、プレイヤー自身が戦闘能力を有さない特異な能力。その分操縦する機体は性能面でとても優れているため、他と比べてもなんら見劣りしない。中には巨大ロボットを操作して戦うロマン派も存在する】
【格闘ゲーム
プレイヤー本人の戦闘技術がもっとも必要になるジャンル。全能力の中でも随一の高い筋力補正と運動能力の増強がかけられているが、それだけで他の異能と戦っていくのは難しく。反面、プレイヤー自身のスキル、闘争本能が高ければ、近距離戦闘最強格の異能に化けてしまうという側面もある】
【音楽ゲーム
直接プレイヤーを攻撃する他のジャンルとは異なる、自己完結型のすぐれた能力。アスアヴニール側が提供する譜面を演奏することで、スコアに応じた特殊効果が得られる。強力な攻撃を与えるアタッカーでも、仲間を支援し、敵を弱体化させるサポーターとしてでも立ち回れる有義な存在。仲間に一人、音楽ゲームの奏者がいれば、幅広く戦略を組み立てることができ、トリッキーな戦闘が可能となる】
【トレーディングカードゲーム(TCG)
数十枚から構成されているカードデッキの中から、数枚のカードがランダムで選出され使用する。カード一枚一枚に、それぞれ特殊な能力が設定されており、数十種類の異能を使い分けるバラエティーに富んだ立ち回りが可能。半面、非常に高い戦略技術と、かなりの運要素が含まれているため、もっとも扱いづらいジャンルの一つとなっている】
【ロールプレイングゲーム(RPG)
自身を特定のキャラクターとして設定し。育成、戦闘、冒険、それらのすべてをプレイヤー本人で行うことが可能な能力。なおかつ《AI戦闘モード》を行使することもでき、難度のある高次元な戦闘をオートで行うことも出来る。他の能力とは違い、《レベルアップ》に応じて強くなっていくという特性上、初期段階ではとても弱々しい異能力となっている。ただし、経験に応じて《成長》していく、稀有な能力でもあるため、ゲームをとことん楽しみたいという人にはおススメできる】
などが、おそらく人気の高い能力だと思われます。人気が高い、ということは、イコールで《使っている敵》が多い、ということに繋がるため、これらの異能には注意が必要ですね。他には、【シミュレーションゲーム】や、【パズルゲーム】、【ボードゲーム】、【育成ゲーム】、などもあるようです。
『アンは、ファーストパーソンシューティング、《FPS》のゲームジャンルを選択したプレイヤーなのでしょう。銃を持っていましたし。けれど。アンドロイドがどのようなものなのかは分かりませんが、アンは人間でした。それは間違いない』
『つまり、《サバイバルモード》のプレイヤーだというわけだね。知れば知るほど、アンのヤバさが露呈するね。恐ろしい子!』
『ゲームジャンル、テンプレは、異能力の八十パーセント。ということは、残りの二十パーセントこそが、《自身で決められる》オリジナルの能力だというわけだな』
一華さんが脱線した会話を元のレールに正してくれます。
『ゲームジャンルと比べて、二割分の《強さ》しか、能力として得られないとも言えるよね。《絶対に死なない能力》は、テンプレの二割
どころか、数倍の強さがあるために、得ることができない。アスアヴニールは、そうやってバランスをとっているんだなー』
『ニ十パーセント分の能力を絶対に決めなければいけない、というのもミソですね。強すぎてもダメ、弱すぎてもダメ。そうすることで、《能力格差》が生まれない。バランスはとれて、なおかつ公平です』
『プレイヤーの差を別つのは、《異能》の強さではなくて。《異能》を扱うプレイヤーの強さだというわけだね。ふうん、面白いじゃん』
お、どうやらアスアヴニール、ひとつちゃんのお眼鏡に適ったようです。普段から常に笑みを浮かべて。けれどその表情はどこか希薄で。軽佻浮薄です。
心の底から、喜びを表現する彼女は稀。だからこそ、楽しそうなひとつちゃんを見るのが、僕は好きです。
『他のプレイヤーを倒すことで得られる《ポイント》。ポイントを増やすことで、悪魔から様々な《ギフト》が与えられるのは、説明した通りですが。ギフトの内容に、《異能》が強くなるといった類のものは一切ありません。そのため、単純に《戦闘力》と明言することはできませんが。ポイントの量は、かぎりなく《強さ》の指標になりうる。それは間違いないです』
アンは、単純計算で、僕達の十倍以上の強さを秘めている、と考えるのが妥当。
『ほんでもってー。みんなは、どんな《能力》にする予定なの?』
普通の人であれば、慎重に慎重をきして、自身の異能力を吟味するのでしょう。ただし、僕達は《普通》ではない。《不幸者》なのだから。僕達は、《不幸》に抗うすべを、心得ている。魂で、解しているのです。
つまり、異能力の結論は、とうにでている、ということなのです。
単純な話。《生き様》を、そのまま能力として反映させればいいだけ。
『ウチが選ぶのは、【音楽ゲーム】。理由は、太鼓の超人がすきだから。ニ十パーセントのオリジナルは、その《好き》を存分に表現して、さらに単純明快なものにするつもり。ウチは、《元が強い》から、複雑な能力を決めなくても、十分に戦えるし、それが一番強い』
なにせ、《素手》で二十一人を、殴り殺した人ですからね。
『アタシはねー、やっぱり【TCG】っしょ。理由は、トレカがすきだからー。オリジナルのほうはねー、ちっとばかし、《工夫》してみるよ。面白くしてみるよ』
その心は、と尋ねます。
『普通に遊んでも、たぶん面白くはなるよ。ただでさえ、数十種類の能力を使い分けられる異能なんだから。でもでもさー。《手札を二枚ドロー》したり。《強い使い魔を召喚》したり。《墓地の使い魔を復活》させたり。《五枚揃えたら勝負に勝った》り。そんな《ありきたり》、わざわざアスアヴニールでしなくてもよくね? トレカを楽しみたいだけなら、机の上でやっときな! って、アタシとしては、おもっちゃうんだよねー』
異世界転生してまで。いつものようにゲームに興じるのはもったいない、ということですね。
『つうかさー、たった《二割》って、なんだかなー。そんなちっぽけな数字だけで、オリジナリティは語れないよー。そんなの、バレンタインの手作りチョコは、世界で一つだけ理論じゃん。ちがうちがう。あんなの全部、元をただせばただの板チョコ。工場産の愛なのさ。全部が当然美味しくて。全部がしょせんギリなのさー』
夢を溶かさないでください……。
『だからね、アタシは思ったんだ。じゃあ、テンプレートの方を、《溶かしちまえ》ってね。溶かして。崩して。完膚なきまでに破壊して。アタシ好みの《異能》に、作り替えちゃえってね』
型破りなのがひとつちゃん。型にはまらないのが彼女の美徳。
『数十枚の弱っちょろい特殊能力で、他の強い1と競うんじゃなくて。強い1×数十枚で、アタシは戦いたいのー』
『それこそ机上の空論だろ。テンプレの八十パーセントを容易に突破するオーバーチャージだ。実現不可能な妄想こそを、机の上でしときなって、ウチとしてはおもうけれど?』
『ならならイッチー。テンプレの八十パーセントを、《弱体化》させれば。それに比例して、《オリジナル》に割けるパーセンテージが増加するって、考えられない?
小学生でもわかる算数だよー。ママにおつかいを頼まれた。持たされた金額はわずか百円。品物はキャベツで、おつりはお菓子に使ってもいいよって言ってくれた。いざスーパーにいってみれば。キャベツはひと玉八十円もする。チロルチョコしか買えないじゃんね。でもアタシは、ヤングドーナツも欲しかった。それなら、二十円のカットキャベツを買えばいい。おつりを八十円にするために』
算数なら正解です。ママにはこっぴどく怒られますが。
『なるほど……。つまり神様は──』
『そ。アタシはオリジナルの能力で、《テンプレ》を弱くする。わざとバランスを崩すつもりなの。腹積もりなの。でも、悪魔がソレを認めない。公平を保つためにね。なら、そんな弱体化を補うために《オリジナル》をとっても強い能力に変えたとしても、お咎めなしってわけなのさ』
僕は、固唾をのんで二人の興味深い会話を見届けます。さすがですよ、ひとつちゃん。まさか、《ルール》の裏を突くとは。テンプレを弱くすることで、オリジナルを強くしようとは。
『そ、そんなの本末顛倒だろ。運営はオリジナルの能力で好き勝手させないために、わざわざテンプレなるものを用意したんだ。そのシステムを度外視して、オリジナルを強いものにしてしまっては、運営の方針に逆らうことになる。認められるとは思えない』
『イッチー。ゲームというものはね。システムに喧嘩を売る《チート》や、《グリッチ》は認められなくても。システムの《裏》を突く、《裏技》は、得てして黙認するものなんだよ』
『すまん。ウチには違いが分からない』
『ルールを守らないのはいけないことだね。それはアタシでも分かる。だけれど、ルールを守ったうえでなら、どんな《こと》をしたって、怒られることはあっても、許されないことではないんだ。
《人類なんてみんな死んじまえ》と思っていた神様が。大好きな人達と、小さな世界の中でのみ生きていたことは。世間は呆れるけれど、罰することはできない。でも──。
《人類なんてみんな死んじまえ》と思っていた女の子が、実際に人を殺してしまうのは違う。
いい例えかどうかは分からないけれど。わかりやすい話でしょ? アタシが《裏技》で。イッチーが《チーター》なのさ。まぁ、その理論で行くのなら、ナオ君は《バグ》って感じかな! あはは』
『……』
『どっちもどっちですよ。どうせみんな、世界に嫌われています』
わかりやすくて。泣きやすい。
『分かった。神様の理論はたぶん分かった。さすがにウチも、帽子を脱ぐ』
だとしても、《どうやって》裏技を行使するのかが、不透明です。聞き入りましょう。深く。
『具体的に言えば、カードの《リターン》を相殺する、《リスク》を取り決めるのさ。《必ずビンタができる》というリターンに対して、《必ずビンタし返される》というリスクを付与することで。《必ず》という《チート》を、運営に認めさせることができる、ってな算段なんだぜ』
必ず殺せる能力を、自身が必ず死ぬ能力で相殺する。他者矛盾を、自己に向けることで、打ち消す。
最強の矛と、最強の盾を競わせるのではなく。両方握ることで、自身が最強になろうとする。まったくもって、《神》がかった思考の仕方です。惚れ惚れします。
『リスクとリターン。それがアタシの異能力。それではいよいよ、ナオ君のターンだよん。君はいったい、どんな《生き様》を、アタシ達に見せてくれるのかなん?』
生き様、という言葉。僕が使う場合においてその《意味》は変わります。ひとつちゃんや、一華さんは、そのまま《歩んできた人生》という捉え方になるのでしょう。けれど僕は違う。なぜなら、《生まれてきたばかり》だから。僕は最近、ようやっと、産声を上げられたのだから。だから僕にとっての生き様とは、《これからどう生きるのか》、という言葉に帰結するのです──。
ようするに目標ですね。
『僕はRPGにするつもりです。理由は、ロープレがすきだから。オリジナルの能力ですが──」
そして僕は語ります。明日部の二人に、決意表明をするのです。
『あは。あはっ、あはは! 面白い、面白いよナオ君。その異能、拍手喝采をあげて称賛するよ! いいじゃん、喜々じゃん、その粋じゃん! イッチーのように、《ルールを最大限》に活かすプレイヤー。アタシのように、《ルールの裏を突く》プレイヤーは数多といれど。ナオ君、君のように、《自身がルール》になるプレイヤーはそういない。そして断言する。君は絶対に、《最強》の道を行く! 君はどうしようもないくらいに、《アタシたちの主人公》なんだね!』
『カス、お前、本当にそれでいいのか?』
当然ですとも。むしろ、これ以上の《不幸》が僕には分からない。『楽しいを極め抜け』。ひとつちゃんの言葉に反する以上の、《地獄》を知らない。
なら僕は、《耐えられる》し、《抗える》。そしてなにより《楽しめる》。だからこそ。僕は一つの制約を、自らの魂に課したのです。
『まさかアタシが、こんなセリフを言わねばならない日がくるとはね! だれよりもゲームを愛したこのアタシが、宇宙で《一番嫌いな》この言葉を、いわなければいけないなんてね! ナオ君。アタシの大好きなナオ君』
どうして生きていられるのですか──。僕の質問に、ひとつちゃんは『ゲームが楽しいからだ』と答えてくれた。その言葉に救われて。僕は明日を生きようと思えたのです。そんな彼女が。ひとつちゃんが。先輩としてでも。お姉さんとしてでも。はたまた神様としてでもなく。純粋に、一人の女の子として、僕に問いました。
『《たかがゲーム》だよ?』
『──そして、僕の人生だ』
『よく言った』
僕が異能力に課した制約は──。
《僕が楽しめなくなったとき、魂もろとも、僕を殺せ》。
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