六日目の昼。とうとう、待ちに待ったイベントが発生してくれました。
ひとつちゃんの楽しいお話(?)のおかげで、なんとか五日目を乗り越えた僕達は。
『ということはー。ナオ君は父親に犯されてー』
『神様は父親を喰って』
『一華さんは人を沢山殺したということになるので……』
『明日部三人で、人類三大タブー無事コンプじゃん! あははー』
『本当に笑えないですよ』
だなんて愉快な会話を交わしていたりもしたのですが。
「しっ。だれかいる」
人の気配に敏い一華さんが、行軍を制します。
目を凝らしてみれば、藪の先に確かに、人影が見えるではありませんか。それも二人──。
「ゆっくり、慎重に。足音を立てずに、ウチの傍を離れずに」
森の中で、時たま見かける動物に近づく時と同じように。一華さんがステルスゲーを楽しんでいます。
相手方に気取られず、なおかつ声を聞くことができる程度の距離にまで近づいた僕達は、その二人の様子を静かに伺います。人間ということは、十中八九プレイヤーではあるのでしょうが。
PVPというゲームの手前、下手に近づくと殺し合いに発展しかねないのです。別にそのような結果になってしまっても問題はないのですが、ひとまずは奴さんの情報を収集する方が先決だという見解に一致したのです。
さて、いったいどのような人たちなのでしょうか──。
「Die Die Die miserably!!!!」
と叫び散らしながら、シカの耳をもつ青年が、逆立つミミズクの耳朶をもつ幼い少年を、鋭利な刃物で何度も何度も、執拗に切りつけていました。わお。
「やばい人発見ー。ナオ君、なんとも都合のいいカードがあるんだぜ。コレを使うといい」
僕はひとつちゃんから、葉の形のカードを手渡されました。【八十八か所巡り】その一枚。
『№9 ナオ君の真っすぐ。リターン:誰とでも意思疎通ができる。リスク:ナオ君は真っすぐな感情をぶつけなければならない』
発動──。
能力の使用により、シカ耳の言葉に翻訳が付きました。
「惨たらしく死ね! 泣き叫びながら死ね! 咽べよ、泣けよ! ほら、ほら、もっと!」
刃を振るうシカ耳は、おそらく五つほど年上の十八歳近くでしょうか。対する少年は、僕よりも幼く。よくて小六。もしやすると小五、小四の可能性だってあります。シカ耳はアンよりも赤みがかった金髪をたたえる欧米系。少年はアジア系で……、否。どうやら日本人であるようです。
なぜなら少年のネームプレートの、『《八つ裂き》ななぎり 23』という文字が視認できたからです。日本人、ひいては日系人であることは、間違いないですね。
《八つ裂き》? ひょっとすると、件の二つ名でしょうか。にしては、ポイントがいささか小さいですね。一度千ポイントを超えたが、敗北を重ねることで今の数値に落ち着いた?
一つ確かに言えるのが。シカ耳が少年をいたぶる様は、眺めていて気持ちのいいものではないということです。
アンと一華さんとの攻防とはわけが違う。対等な殺し合いではなく、安全圏からの一方的な暴力は、まったくもって美しくない。ただただ、惨いだけなのです。
ななぎり君はされるがまま。苦痛の声を上げ、悶絶とリスポーンを繰り返しています。
考えるよりも先に、体が動いていました。おそらく、《ナオ君の真っすぐ》の効果で、自制心がほんの少し、効かなくなっていたのでしょう。
「か、カス──」
落ちつけと促す一華さんを押しのけ、藪を超え。
「おはようございます」
「ハロー、ビギナー。俺になにかようか?」
シカ耳は僕達に驚く仕草をみせたものの、すぐさま平静を取り戻し、優雅な仕草で迎えます。その全身はななぎり君の返り血に薄暗く染まり、卑しい笑みがゾクリと恐怖心を煽ります。
「なにをしているのかは問いません。なぜそんなことをしているのかと問うのです」
「おかしな質問をするものだ。《快楽》にそれ以上の理由を求めるとは。愚問だろう」
「あははー、ごもっともだ」
僕達に続き、一華さんもしぶしぶと出て来てくれました。ななぎり君も立ち上がり、感情を殺した、いいや、感情を喪失したような無表情で、僕達を見つめています。
ボロの布切れを身にまとい、露出した肌には血糊と泥がこびりつき。なんとも痛々しく。
そして彼の表情には、見覚えがあった。その表情には、身に覚えがあった。その表情は──。
「僕は貴方ではなく、ななぎり君に聞いているのですよ。どうして、されるがまま? なにをもって、無抵抗?」
その表情は、まるで、かつての僕のような。父に犯されるがままの、愛玩人形時代の僕のような。死人の面構えだったのです。
だからこそ、おのずと、返答の予測もつくのです。
「? 言っている意味が、よく、わからない」
自身が不幸であることもわからぬ、その無知を。
「ぼくが、切られているから、切られると呈する」
「神様、その能力本当に発動しているのか? 言葉が通じていないようだが」
「俺のボーイを苛めるのはそこまでだ。すまないね。その子、すでに調教済みなんだよ。おおよそ自己の意思と呼べるものは排除してある」
なるほど、いいことを聞きました。
「ならば殺しましょう。貴方を殺し、ななぎり君を解放します」
つまり。彼には《産まれなおす》余地がある。僕と同じく、かつては生きていたのだから。
「ほう。それは善意からか?」
「憐憫ですよ。どこまでも利己的な」
「人はそれを暴力と定義している」
「僕は明日部の落とし子。アヒルの子は、醜いものです」
「なるほど。どうりで」
あの父から生まれた僕と。あの母から産まれた僕と。ひとつちゃんに生かされた僕は。彼女風にいわせてもらうのなら、初めから、《壊れて》いるのです。
「泳ぎ方を知らない僕は、暴力でしか、目の前の《イライラ》を解消するすべがない」
ありがとう。僕はまた一つ、賢くなれました。正当な理由をもって、人を殺すのは、楽しい。
「いいとも。お前たちが望むのなら、交じり、殺し合おうとも。ただしその前に、すこし話がしたい」
そういったシカ耳は、ななぎり君に《刀》を手渡しました。欧米人には不釣り合いな、日本刀です。突如虚空から顕現したその武器は。おそらく《異能》の力によるものでしょう。
「っ──」すかさずななぎり君は、傍らにあった木の幹を、一刀両断──、しませんでした。
「は?」一華さんの戸惑い。
痩躯細腕のななぎり君が、大きな木の幹を一太刀のもとに切り伏せたことも驚きですが。
たった《一太刀》で、木の幹を《八等分》にしてみせたのは、驚きを通り越した、無理解。
「汚れた地に腰を落とす度量は俺にないものでね。無作法まことに遺憾だが、丸太をひとまずの玉座としておこう。気にするな、五つ以上の席を用意したのはナナギリのオーバーキルだ」
「おいおい。あのガキ、刀を振るったのは《一回》だけだったぞ。それなのにどうして……」
どうして、《七つ》もの斬撃が発生したのかと、一華さんは驚嘆しているのです。アニメや漫画よろしく、並みの動体視力では捉えられないスピードで刀を七振りしたのではなく。あくまでもななぎり君は、《一振りで、七回切った》のです。
「《八つ裂き》のナナギリといえば。RPGの《勇者》にして、異能【七切】の使い手であることは有名であるそうだが。ビギナーは知る由もないか」
ネームドプレイヤーであるということは、アンに比類しうる強者であることはほぼ間違いなく。ななぎり君のもつオリジナルはいたって簡潔。目の前の事象を文字におこしたままの、《一度の斬撃で七度切る》というものなのですね。
一華さんと同じく、シンプルかつ明瞭で、《弱点》のない優秀な能力だという感想を抱きます。
「ウチはそれよりも、《刀の切れ味》のほうが気になる……。いくら異能の力で生み出した刀とはいえ。いいや、だからこそ不可解。だって、大木だぞ?」
樹齢百数年はあろうか巨樹を、プレイヤーとはいえただの子供が、力任せに刀を振るっただけで、切れるはずがない。しかし現実が可能せしめたのなら、《刀》に何かしらのカラクリがあるのだろうと予想するのは、難しいことではなく。
「俺のジャンルは、《パズルゲーム》。非戦闘職のマイナー能力だが、すこし頭をひねれば、御覧の通り、人外の力をも組み立てることができるのさ」
【パズルゲーム。物理的な戦闘を好む他のジャンルとは異なり、別次元の活劇が楽しめるジャンル。自身の定めたパズルを行うのもよし。アスアヴニールが提供するパズルを解くことで、プレイヤーにバフやデバフを施すのもよし。人それぞれの運用方法があり、非常に自由度が高い。完全支援型の、独立した能力であるため、対戦相手はパズルゲームのプレイヤーを攻撃してはいけない。パズルゲームプレイヤー本人が攻撃するのもいけない、というルールがある。直接殺し合わず、パズル対戦といった形式で勝鬨を行うことも可能】
「パズルゲームにもいくつか種類がある。俺が遊ぶのは、そのうちの《分解》。物質をバラすパズルだ」
「ベラベラと語ってくれているところ悪いが、ウチらは能力の開示をする気はないぞ?」
「かまわないさ。話したいから話しているだけ。そこに他意はない。俺はただ、《自慢》したいだけなのさ。俺の《スゴさ》をな」
シカ耳は、どうやらナルシストのきらいがあるようですね。大仰な態度がお似合いです。
「俺の能力で生み出した刀は、《どんなものでも、硬度粘度強度関係なしに、切ること》ができてしまうという異能。どんなものでもな。ダイヤモンドでも、ダークマターでも、固い絆でも。それが《物質》であるのならば」
「そんなの無理でしょ。ゲームジャンルのテンプレパーセンテージをゆうに超えちゃうじゃん。……ということは、そういうことなんだね……」
ひとつちゃんが落胆トホホ。またしてもリスクとリターンの使い手と遭遇してしまい、自尊心をポキリと折られ、露骨に拗ねてしまいます。
「俺の刀は、どんなものでも切れるかわりに、《八つ》に《分解》しないと、現実に作用されないというリスクがある。切ること自体は可能だが、《切った》という事象が、現実に反映されないのだ。実際に物質を切断するのには《八つに分ける》必要がある。八つ裂きにしなければ、八つ裂くこと叶わないのだ」
敵を八つに切らないと、切ったことにならない。
シカ耳は律儀にも、新たに生み出した刀で実演してくれました。あまった丸太を一度切り、しかし何も起こらない。二度目三度目と入刀するも、結果は同じ。七度切ってようやく、丸太は柑橘の分解を果たしたのです。
八つにわけるのには、七度の斬撃がいる。七度、七切……。
「ななぎり君……。最強の組み合わせじゃないですか……」
「あぁ震えたさ。二年ほど前に俺はこのゲームに参戦したわけだが。まさか《チュートリアル》で、これほどに俺と相性のいいプレイヤーがやってこようとは。運命さえ感じるラッキーだったとも。そして当方の有利になる勝鬨条件で無事勝利し、俺はナナギリを手中に収めた」
いいですねー。ズルいですねー。なにせ僕達は──。
「僕達は《アン》ラッキー」だったのですから。ふむ。
「亜寒帯気候だね」
アカンアカン、ギャグが寒くて震えがとまらん。閑話休題。
どんなものでも切れる代わりに、《七回切らないといけない刀》を生み出す異能。その刀を握るのは、《一振りで七回切ったこと》にできる能力者。リスクの完全なる相殺、リターンの累積。
二人の異能は『!』され、大木を八つ裂きにするという、厄災を生み出したのです。
「そんな俺たちを、殺すと君たちは言っているわけだが、考えは変わったかな?」
「だまれ総ポイント100とちょっとの雑魚が♪」
「面白いことをいう3ポイントだな」
ひとつちゃんのいつもの煽り。容易く論破されています。
「ナナギリは御覧の通りのネームドプレイヤー、遠い昔は、チームで一万五千ポイントを所有していた、最強率いる《仮》のメンバーでもあったそうだ。さらにいえば、生前、身勝手な欲望のままに人一人を八つ裂きにした悪鬼羅刹でもある。挑むとあらば、楽な死などありえないぞ」
「知ったこっちゃないね。ななぎり君が最強のワンマンプレイヤーなのだとして。それならアタシらは三人で一人の最強だ。つまり、手数が多い分、アタシらに分があるじゃん」
目を閉じたくなるほどの、見苦しい暴論ですが、見栄を張って屁理屈る。
「はっ。わかったよ。そこまで言うのなら|殺《や》ろうじゃないか。愉悦に|簒奪《さんだつ》されし《|勝鬨《ウォークライ》》を」
僕はななぎり君に、それでもいいかい? と目配せします。
「するのならする。されるのならされる。なすがまま、あるがまま」
「それでこそ俺の玩具だ」
「あははー、ならばぶっ壊す。完膚なきまでに、完封してやんぜ」
それでこそ僕たち明日部のひとつちゃん。
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シカ耳の異能。ジャンル:パズルゲーム
それが物質であったのなら、どんなものでも切ることができる刀を召喚する。強力な能力に対応する形で、《八つに分解しない》と現実に作用されないというリスクが存在する。つまり、対象を三回切れば、《切った》という事実はあるものの、対象の肉体に変化が現れることはなく。八つ裂きにして初めて、対象をバラバラにすることができる。
八重咲七切の異能。ジャンル:RPG 【七切】
一度の攻撃で七つの斬撃を発生させる能力。《勇者》の特徴である《精神状態》に応じて能力に補正がかかるという内容の元、《死人同然》のメンタリティであったななぎりの能力にはかなりのデバフがかかっていた。
平常状態のななぎりに、単純な武力のみで勝つことは現在の明日部では難しい。
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