「……十一、十二、十三。全員そろっていますね」
うごめく夷狄、サクリファイスの駒たちが勢ぞろい。ひとつちゃんと一華さん、そしてナボさんが討たれた防衛ラインに召喚されてみれば。待ち構えていたか如く、サクリファイスが僕を取り囲んでいたのです。二つのお団子を抱え、僕は眦を吊り上げる。
FPSのアンドロイドなるものを始めて目にしますが、なんとも気味が悪い。
やけに精巧な作り。人のもつ美しさ、それらすべてを凝縮、形にしたような美麗。
それってつまり。とても悍ましく、白々しい物だということではありませんか。不気味の谷の底は深いようです。人間実寸大のフランス人形。人の形をした恐怖。
そして同時に謝罪です。アン、あなたのほうがよほど可愛らしいですよ。
アンドロイドが居構えていた場所は《試練の紅蓮》。
湿地帯の沼に足がとられ、脛のあたりまで体が沈んでしまいます。そして沼地には、狂ったように真っ赤な蓮の花が咲き乱れ、圧巻の一枚絵を形成しています。
「チームサクリファイス。ポイントジョウトスウ500。シアイケイシキサドンデス。セキナオカズセンメツセシ」
「いいや、勝鬨は行いませんよ。あなた方はただのオマケ。僕の《命》を復活させるための、儀式の贄にすぎないのです」
では始めましょう。我等が神の復活祭を。
向けられる十三の銃口。機械人形達は僕が会話の通じない人間だと判断するや否や、すかさず発砲。だが僕にはかすりすらしない。なぜならナボさんとの死闘を経て、《レベル99》に達した今。体感速度が緩やかなものとなった今、銃弾は蝶の舞う速度となんら遜色ない遅々だからです。
数が多いのはすこしばかり厄介ですが。集中をきらさない限り、当たる道理はない。
ナボさん。あなたの見ていた景色は、こんなにもつまらないものだったのですか。よかった。殺してあげられて。
「僕が転職するために必要な条件。初期職のレベルが20を超えること」
これは問題なくクリアです。ならばなにが僕のハローワークを妨害していたのかというと──。
「では僕が《賢者》に至る条件」
戦士でも、僧侶でも、魔法使いでも。ましてや勇者でもなく。賢者に達するための条件。
賢者。信仰心の高い敬虔な僧侶、あるいは頭脳派な魔法使い。彼らが厳しい鍛錬を重ね、悟りを開き、ようやく一端に触れられる最奥、上級職。それが賢者なのです。
すべての神秘、すべての魔法を扱う賢者は強力無比。だからこそ転職難度は非常に高いのが常であり。僧侶と魔法使い、そのどちらかを極めなければ至れない。
だからこそ僕は選んだのです。僕だけのオリジナル。僕のための生き様を。
「【遊ぶ怪物地獄で笑え】、僕が《答え》を見つけたとき。《賢者》に転職することができる」
そのリスクとして。楽しめなかったとき、僕は死ぬ。笑えなかったとき、僕は死ぬのです。
「そして答えはとうに得た」
答えとはつまり、《理由》。笑う誘因、遊ぶ詭弁。僕が遊ぶ理由は、いつも通りの楽しいから。
でもそれは。言い訳なのです。ひとつちゃんに言われて見つけた、仮初の理由なのです。生きる言い訳で、死なないための楔。
ならそれは、答えではない。断固として断言できる、僕のアンサーではない。
それを見つけるために、僕はこんなバカげた能力を設定して。アスアヴニールという地獄で、遊び続けた。
そして今、答えは得たのです。
僕の解答は楽しいから。それは変わらない。変えられるはずがない。
人は言います。変わったねと。成長したねと。
違うのです。怪物の定義にそれはない。
僕が変わることは成長でない。成長ではなく、虐殺だ。僕の始まりの否定なんだ。
楽しいから。
この絶対は天変地異が起こったとしても、揺らぐことはないのです。
であれば。
変わらぬままに、《化けましょう》。バケモノらしく、化かしましょう。馬鹿みたいに。
「僕が楽しむために、ひとつと一華は必要だ」
僕は楽しい理由を、《ひとつちゃんと一華さんが楽しいのなら、僕も楽しい》と言って来ました。でもそれは、先の反抗期、明日部に仇した瞬間、別の形になっていた。
二人が楽しんでくれることよりも。《自分が楽しい》ことのほうが、幾倍も楽しかったのです。アンを怪物にすることのほうが、幾億倍も楽しそうだったのです。
そして僕は言うのです──。
「僕はまだ、二人と遊びたい」
二人が楽しいのなら僕も楽しい、ではなく。《僕の楽しいに、二人がいる》。
目的、楽しむこと。それは一致していたとしても。双方の差異は僕の《生き様》を根底から覆す。それは変化でも、成長ですらなく、維新。
人類みんな死んでしまえと夢想したひとつちゃん。人類みんな死んでしまえと人を殺した一華さん。なら僕は、人類みんな死んでしまえと、《人類みんなを殺す》悪魔となろう。
けっきょく、それが一番楽しそうなのだから。だからそのための││。
「お前ら全員、僕の邪魔だ。ん? 違いますね。正解はこうでした。お前ら全員、僕の娯楽だ」
そのために死ね。それゆえに殺す。
──条件をクリアし、《賢者》へと転職します──。
ケモミミが聞くアナウンス。変質するネームプレート。そして発動するは──。
「『№44 最後の捨て札』」
たとえひとつちゃんが肉団子になっていようとも。《生きている》のなら、能力は扱うことができるのです。そして《最後の捨て札》のリターンは──。
「一度だけリスクなしで能力を使用できる」
リスクは、賢者になるまで使用できない。加えて、一度でも扱えば永久にデッキから抹消され、二度と使用することができない。
その愉快で消し去るリスクは──。
「『№42 焔』に対し、二度にわたって重ねかけられた、『№21 三位三体』」
『№21 三位三体。リターン:任意のカードの効果が三倍になる。リスク:選んだカードの効果が発動されない。なお、これらの効果は勝鬨以降も引き継がれる』
一度目はアンとの勝鬨において、ブラフのために使用。二度目はナボさんとの勝鬨で、《よし》の条件を整えるために捨て札としての使用。
それら二度の《バカげた》は、とある一枚のカードに集約されていたのです。
それこそが、『№42 焔』
リターンは、燃え盛る火球を放つ。ただ、それだけ。
賢者へと転職した僕が、現時点で扱える唯一の攻撃魔法。だがしかして。二度の三位三体の使用により、その効力は九倍となっているのです。
火球の質量が九倍となるだけじゃない。当然、その《熱量》すらも、九倍となるのです。
火球の温度は二千度近いでしょう。それの九倍。二千度×九で一万八千度。つまり、《太陽の表面温度》よりもはるかに熱いのです。
そんなものを発動すればどうなるのか。想像は容易でしょう。
周囲にはきっと、《何も残らない》。
瞬く間もなく周囲百数メートルは蒸発してしまうのです。一万八千度を前にして気化しない元素は、現代の科学世界において存在しないのですから。
であれば。《肉団子》ごとき、一瞬にして灰燼に帰すことが。いいや、灰すらきっと残らない。
つまり。これこそが二人を救う唯我の方法、たった一つの冴えた殺りかた。
サクリファイスを巻き込んだのは、本当にただの、《ついで》なのです。生贄にすらなりやしない、ただのお飾り。
では──。
「焔炎火鬼」
そして意識は、僕の魂がもつ温度に、恋焦がれ──。
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