遊ぶ怪物地獄で笑え。

人を殺した怪物を、あなたは許せますか──。
Uminogi
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楽しい話、したげるよ

公開日時: 2021年3月2日(火) 01:42
文字数:4,269

****『楽しい話、したげるよ』****


 東の日が視界をまばゆく照らし、眠り切れぬ残月が頭上で光っています。中学生の目覚めは早い。


早朝の冷めた風を四肢で切り裂き、沸く湧くの汗を彼方に吹き飛ばし。僕は今、拳を振るう──。


「《虎狐コン》、からの《嫁狐コン》!」


 一華さんに対して──。


 ロッキーのテーマと共に腹部へのカウンターを受け。それでもダメージは少なく、元のパンチが弱いのだと、副次的に知れました。 


 衝撃を逃がすのと、距離を取るために一時後退、次撃の隙を伺います。


「振り抜きが甘い。踏み込みもぬるい。スピードなんてもってのほか。《AI》にたよらなきゃ、まともに人も殴り殺せないのか」

 まともな殺しがあるものですか。 


「自分のものにしろよ、その身体!」


返礼として突進、拳打を仕掛け──、一華さんが《虎狐》。


 僕は太鼓の面を叩かない。

「アンの猿真似か!」

 虎狐が消えるのを待つ──。

   

「ウチだって、成長する!」

 太鼓の面が消失したのを見計らい、僕は全霊のパンチを──。


「パンチってのは、こう打つ!」

「ぐはっ!??」


 一華さんは、《虎狐が消えるのと同時に》、僕の顔面へ、右ストレートを叩きこみました。


「勝負あり! イッチーの勝利ー!」


 朝の淡い空に、星を瞬かせる僕のグロッキーを置き去りに、ひとつちゃんが一華さんへの勝利者インタビュー。


「ずばり勝因はなんですか!」

「ウチはアンとの戦いで、後手に回るばかりだった。だけれどそれは、異能の性質上、仕方がないこと。《防御》と、《カウンター》のコンコンだから。どうしても受け身になってしまうんだ。後手に回り、押しつぶされる。だからウチは考えた。それなら《後の先》を突けばいいと」


 虎狐の消失と共に攻撃されるのが分かっているのなら。《虎狐の消失と同時に、自分から殴り掛かればいい》。

 言うは易し。それを実行することができる一華さんの才に、僕は瞠目するばかりです。まぁその眼、焦点が一向に合ってくれないのですが。


 強すぎる、痛すぎる……。


「では敗者のナオ君。なにか一言」

「明日は負けません」


 僕はレベル10となり、身体能力が飛躍的に向上しました。だけれどそれは、言いかえれば《側だけ》変わったにすぎず。技術と肉体の力関係が、いまだ追いついていないのです。


 これからは、その差がより顕著なものとなっていくことでしょう。

 強靭な肉体に、振り回されている。フィジカルがテクニカルをクリティカル……。

 ダメだ、思考能力が迷走している。


「《AI》にたよれば差はなくなるのですが……。やはりゲームは、自分自身で操作するからこそ面白い。一華さんのスパー相手にも、なりたいですしね」


「ウチは神様と違って、カスとじゃれ合うつもりはないからな」

 殴り合おうと、言っているのですよ。彼女の衝動の片鱗でも、この身に向けられたのなら、僕は楽しいから。


「ではではー。疲れた体を癒すー、マッサージの時間だぜ!」

「……ハイです」

「……ゴクリ」

 お楽しみの時間です。

 





 身も心も癒され、昨日の残りの貝で腹をも満たし、汗を海水で洗い流したのち、僕達はいよいよ、《試練の森》へアタックするのです。


「べたべたするー」

「でも、匂いはとれた。幾分かマシ」

「体を拭くタオルがほしー。イッチー服透けてるー。エッチー」

「着替えと洗濯問題は、目下最重要項目だな」


 水浴びを共にしていた僕はといえば、お二人のガールズトークと、いといけない身躯にドギドキ。刺激が強い。


「んじゃ、そろそろいこっかなー」


 緑と砂色の境に立ち、僕達はひとつちゃんの祝詞に、耳を傾けるのです。


「人類にとっては大きな一歩でも。アタシらにしてみればなんてことないスキップなのさー」


 感動なんてくそくらえ。ワクワクウキウキと、未知の世界を突き進んでいくのでした──。

 





「こだまがコロコロ言ってそうな神秘だねー」

「お姫様がいそうな森です」

「だまれ小僧」


 僕たち三人は、試練の森に足を踏み入れ、ものの見事に、心を奪われたのでした。森のしじまと、やすらぐ木漏れ日。朝露が滴り落ちて、ポタポタのオーケストラを奏でています。


 どこかで小川がせせらぐ音色すら聞こえてきて。虫の鳴き声と、小鳥のさえずり。木々の匂いと、土のやわらか。新鮮でいて、されど濃密な空間。そんな大自然を前にして、現代社会に生きる僕たちは、いとも簡単に圧倒されたのです。


「いまなら地球の為に、人類を滅ぼそうとする魔王の言葉の意味が、よく分かります」


「それでも人の心を信じたいんだ! だなんて、口が裂けても言えないね」


 この場所を壊すのは、まこと正しく《悪》なのです。がんばれ自然保護団。


「とりあえず西に向かえばいいらしいけれど……。方角、わかるか?」


「え? 一華さんが頼みの綱だったんですが」

「それな!」


 ひとつちゃんを背負い、ハイキング気分で歩いていたのが僕ですよ。サバイバル素人が、方角を特定するすべなんて、もちろん持ち合わせていません。


「森が予想以上に深かった。太陽や星を見れば、おおよその方角は断定できるのだけれど。いかんせん木々が邪魔して、空が見えない」


 上を見上げると、緑の傘が僕達を小世界に閉じ込めているではありませんか。


「しいて言うのなら、苔は北側につきやすいっていうサバイバーのメソッドもあるが……」


 周りを見渡せば、一面苔苔苔苔。全方位が北ですよ。この森、かなり湿度が高めのようです。


「あれれー、イッチーもしや、詰んじゃったー?」


 森は説明通りに複雑な地形で、真っすぐ進もうにも木々が邪魔して、大変困難。


「……。空が見渡せるスポットを探すか、あるいは木を登れば方角は分かるけれど」


「常に把握できるわけではないってことですね」

「すまない。こうなることが分かっていれば、他にやりようもあったんだがな……」

「ネガ禁止ー」


 落ち込むなとたしなめるひとつちゃん。


 僕たちは仲良しこよしの友達ではありません。怒ることも、責めることもしませんが。間違いを見逃す優しさもないのです。あるのは、打開を模索する意思のみ。


「ナオ君がさー、勝鬨中に《AI》を使うことで、最善手を導きだしていたけれど。その力さー、この窮地においても、活用できるんじゃね!」

「試してみる価値ありですね」

 

 彼女の柔軟さに助けられ、光明が差しました。

「《AIモード》発動、いろいろやります」


 AIは、ゼロから答えを導くことはできません。なぜならそれは、名探偵の仕事ですから。


 つまり、《AIモード》で謎を紐解くには、《状況証拠》を並べてもらう必要があるのです。《問題文》を立ててもらう必要があるのです。問題文があって初めて、式が作れる。式があるからこそ、答えも出せる。


 そしてひとつちゃんには、《作問》の才がある。問題児ですからね。


「見えました」

 AIを停止し、僕は導きだされた答えを、自分の手柄の様に語ります。


「灯台下暗しだったのです。僕達には、《地図》があるじゃないですか」


「地図ならウチだって、何度も見たさ。でもわかるのは、現在地と、周囲百数メートルの情報のみだ。地図で方角を導き出すことも可能だけれど、やはりそれには《空》がいる」


「いいや、答えはもう出ているよん」

 そうなのです。


「一華さん、その地図は社会で配られた地図帳じゃないんですよ。《ゲーム》のマップなのです。不便なことに、《行ったことのない場所は、表示してくれない》」

「!?」


 気づきましたか。


「言い換えれば、プレイヤーの《行っていない場所》が、すぐにわかるのです」


 自身が地図上の《どこ》に行っていないのかが、浮き彫りになる。そして、自身が行った場所だけが、地図に表示されるという都合上──。


「北に歩けば地図の北側が描写され、南側に歩けば、南側のアンノウンが削られていくのです。東西もしかり。つまり、マップを見ながら歩き進めば、自身がどの方角に向かっているのか、一目瞭然なんですよ」


 地図の左上にはありがたいことに、《4》に似た方角マークが記されていることも行幸です。


「考えてみれば、当たり前の話だな」

「ゲームを遊ぶ上では、《常識》のマッピング方法だよん。まだまだアタシ達、《ゲーム》をプレイしている、という意識が持てていないのかもね」


「この世界は第三者が運営しているゲームである。つまり、至る所に運営の《ああしてほしい》といった思惑が潜んでいる。それを察する力も、ゲーマーには必要なのです」


「柔軟な世界の捉え方がいるんだねー。メタ的視点が役に立つってなわけなのかー。例えばそうだね、アタシがこのゲームの運営だったとすれば……。そろそろ何かしらの《イベント》を発生させたい頃合いだよねー。だってそっちのほうが、《面白い》んだもん」


 ひとつちゃんがそう言ってから────、何も起こらないまま、五度の朝陽を仰ぎ見た──。

 





 つまり、五日が経過したというわけです。

「クソゲー……」


 およそ三百回目の、ひとつちゃんのボヤキ。その言葉に返事をする人もいません。みんな、代わり映えせぬ行軍に、イライラしているのです。


 初めの二日目までは楽しかった。大好きな仲間と、同じ時を過ごし、同じ場所を目指す過程。美しい森に包まれ、見たこともないような絶景に心握され。気儘に生きる動植物の姿に魅了され。


 でもそれが、二日目を過ぎたあたりから変わり始めたのです。


「クソゲー、あぁぁぁクソゲー」

「うるさい馬鹿神」


 奇麗な花や、圧巻の生命を目の前にしても、動く心がなくなってしまったのです。


三日目、四日目は、それでもなんとか無理くり楽しみました。一華さんとスパーすることで。


 しかし五日目を迎えた今日、そうした苦肉の策も、通用しなくなってきたのです。


端的に言えば、《飽きた》のです。一華さんが一流のサバイバーであったことも、その要因の一つなのかもしれませんね。彼女に任せていれば、森でのサバイバルに困ることが少ない。


 挑むべき試練がない。乗り越えるべき困難が少ないというのは、得てしてつまらないもので。そして存外に腹立たしい。

 とくに、停滞を忌み嫌う、僕達のような人種にとっては。アウトドアの究極系、未知に焦がれる冒険家ではなく。どこまでいっても、インドアのゲーマーな故。


「だめだ、このままでは死んでしまいます。楽しまなければ」

 僕の制約が発動してしまうかもしれません。画面以上にまずい状況です。


「ならねー、アタシがここいらで一つ、楽しい話、したげるよん。早めに過去回想消化しておかないと、のちのち困っちゃうからねー」


「メタですねー」

「あー、ごほん。ではでは皆さまお立合い、とってもおかしな御伽噺おとぎばなしを、今からきかせてやるぜー」


 アタシが父を、殺すまで──

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