遊ぶ怪物地獄で笑え。

人を殺した怪物を、あなたは許せますか──。
Uminogi
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モチベ上げてこ

公開日時: 2021年3月18日(木) 22:11
文字数:3,584

「ナナギリを手に入れてから二年もの月日が経過するが。その間俺は、ナナギリを三万回ほど、なぶり殺した」

 いったい、なんの意図があっての報告なのだと訪ねますが、シカ耳の独白は止みません。


「前世では五十人ほど。父の拳銃で、ハイスクールのメイトを撃ち殺した」


「だからどうした。こちとら実父を」

「もちろん銃を奪うにあたって、始末したさ」

「……」


 張り合う場所がキモイですよひとつちゃん。


「で、何が言いたいわけ?」一華さんの疑問の声。


「つまり俺は今まで、三万とんで五十回、人を殺してきたわけだが。そんな俺に言わせれば、殺人のもっとも駄悪な点は、《死なせる》ことではなく、《殺す過程》こそにある」


 なるほど、なにやら面白そうな展開に話がアガりました。楽しむ僕は、流されますとも。


「人の命を終わらせることよりも、その過程のほうが悪逆だと言うんですか?」

「その通りだ」


 丸太に腰を落とした僕達は、勝鬨を執り行うにあたって、《モチベ》がアガるのを、ジッと待っているのです。一華さんなどは、完全に巻き込まれた形。


 どうしてもやる気は乏しくて。そんな彼女を、《その気》にさせようという魂胆なわけです。奴さんも僕たちの思想に付き合ってくれたようで、こうした駄弁りが成立しているのです。自己哨戒。


「人を残虐に殺せば殺すほど、罪が重たくなるのはどの国でも同じだろう。逆に言えば、結果的に殺すことになったとしても、その原因に正当性があれば、丈量酌量の余地が認められる場合も多い。ここまではわかるか、ガールズ」


「馬鹿にしないで」おバカな一華さんが怒ります。


「殺人未遂が重罪のそしりを受けるのは万国共通で。安楽死、尊厳死させた場合には、同意殺人罪となり、殺人罪よりも罪が幾ばくか軽くなる。ジャパンはたしかそうだったはずだな。さらに言えば、家族の汚名をそそぐために、不義理な我が子を殺すことを、名誉殺人としてゆるす国もあるそうだ。これらのことからも、殺すことの罪過は、殺すという結果ではなく、その《過程》こそにあるのは明白。コレは何も俺だけの持論ではなく、法律だってそう定めているのさ。さらにいえば、ジャパンは《理由》があれば人を殺しても良い国だろう? 《死刑制度》としてな」


 揚げ足を取れば容易い、それはチグハグな理論ですが。ひとたび肯定的な視点に立ち返れば、認めざるを得ない理論です。


 僕達は、人類は、知っているのですから。死に逝く|他人《ひと》の《気持ち》よりも、殺されることの《恐怖》と《苦痛》のほうが、よほど身近に感じるものだということを。


 だからこそ罰せずにはいられない。倫理観からではなく、恐怖に裏付けられた同情心から。だから求めるのです。罪過に過ぎた死を。だからあがなわせるのです。罪過に似合わぬ重責を。人殺しには、惨たらしい死を──。

 

 日本人なら誰でも知っている、《少年N》のように。


 ひとつちゃんや、一華さんは、気づいているでしょうか。ななぎり君が、かつて人を八つ裂きにするも、少年法に守られた結果、無辜の民衆が掲げる正義、集団リンチの憂き目にあい、命を落とした、あの少年Nだということを。悲しき、されど哀しまれることのない、人殺しの少年だと。


 根拠はありませんが、確信はありました。ネットに出回っていた画像と彼が酷似していることを抜きにしたとしても。ななぎり君のたたえる、深淵のごとき瞳の闇奥に、微かですが、それでも。一華さんと同じ、《殺人衝動かいぶつ》を飼っている痕跡が見て取れたのですから。


 飼い殺す自身の残滓が、燻ぶる焚火に熱されて、バチバチと爆ぜ。苦しくの泣き声を、無表の向こうで、今でも静かに、彼はあげているのです。


「だからこそ俺は言いたい。ガールズ、『殺したい』とか『殺してやる』だとか、平気な口ぶりで、つらつらと言ってはいるが、まさか《リスポーン》するから、べつに殺しても問題ないだとかいう、唾棄すべき思想を抱えているわけではあるまいな?」

 

ドキリと胸が騒めきました。すぐさま《お前が言うな》と反舌したくなりますが、グッとその言葉を呑むのです。

 シカ耳は、三万と五十回、人を殺しました。しかし彼にとって、リスポーンしない五十回と、リスポーンする三万回の価値は、同等なのです。であれば、そこを突くのはナンセンスです。彼は、《殺す過程》こそが罪なのだと、そう信仰しているわけですから。


「物言わないナナギリだが、それでも殺せば。過程を辿れば。泣くこともあるし、叫ぶこともある。つまり俺は、《劣悪》なのだよ。人を殺すことで悦を得る。人の叫びで絶頂する。紛うことなきサイコなのだ。人のクズで、生命のゴミだ。だが俺は、その事実を《認めている》」


 認めているからこそ、シカ耳は唱えているのです。『お前らも、俺と同じクソ野郎の自覚はあるのか』と。


「だからこうして、人気のない森に居座り。つつましやかに楽しんでいるわけなのだが。ガールズはそんな俺に、『殺してやる』とのたまってみせた。可哀そうなナナギリを見かねて、手前勝手な義憤を燃やしてみせた。人殺しが人殺しを誅するほど、醜い所業はないとおもうぞ? それともなにか。クズの御多分にもれず、己の十字架は棚上げか?」


「ウチの神棚は神様の指定席だ。そんな《罪》、ウチには関係ない。だってウチらは、背負うべき罪から、自死という形で《逃げてきた》わけなんだから。お前を殺すのも、ななぎりを救うのも、ありふれた日常。たいした理由なんてない。好き勝手やるだけ。偉そうな口きくなよ、殺人鬼」


「お前からは、俺と同じ匂いがする。同種族特有の、芳醇な血の香りだ」

「生理はまだだぞ?」


 いらない情報。天然が気持ち悪い一華さん。


「お前も俺と同じ、人殺しだ。俺と同じ、人の死でなければ興奮できない最高だ。つまり俺は、お前の理解者だ。イチカ、お前は強い。罪を認め、罪から逃げてみせた。それも立派な、ゴミとしての本懐だ。自身を奇麗だと自己防衛しない、汚物としての一つの答えだ。それにたかる、矮小な蝿あくたとは違ってな」


 シカ耳の鋭い眼光が、僕をぴしゃり。彼は見抜いているのです。僕の《弱さ》を。


 殺した数は関係なく。そして僕は殺人鬼の一華さんや、ひとつちゃんを許容している時点で、彼女らと同等の罪を背負っているのに等しく。


 その罪から、逃げるのはいい。抗うのも、開き直るのもいい。でも、目を逸らすな、無かったことにするなと、シカ耳は苦言しているのです。僕の浅はかさが、彼の逆鱗に触れたのです。殺人鬼は、同系の道化を許さない。同列のもどきを見過ごさない。僕は、奇麗ではない。薄汚れた面皮をかぶる、卑劣の怪物。


「ぼ、僕は、貴方に、怒っているわけじゃない。ただ、自分を殺すななぎり君に、自由に生きてほしいだけで……」

「ふん。あくまでも俺の在り様は関係ない、ナナギリのためってわけか。それならそれでいい。ただ、気色が悪いだけ」


 僕の言葉は嘘じゃない。《ナオ君のまっすぐ》の効果もあるため、しっかりと自身の気持ちを伝えはしましたとも。

 けれど。奥歯に何かが詰まっているかのように、かみ合わせが悪かった。

 僕は、シカ耳の言った通り、自身の罪から目をそらしているのでしょう。


「同感です……」


 なにがリスポーンするから、殺してもいいだ。そんな理由で、なにをいとも簡単に、人殺しを認可しているんだ。

 僕はなんだ? 僕はクズだ。僕は誰だ? 僕は汚物で、僕はカスだ。僕はまた一つ、賢くなれた。だから|賢《さか》しくも、僕はホッと安楽の音を上げる。  


 罪の矛が、僕から逸れて安堵したのです。けれども。それを許さないのが──。

「ダメだよ」

 ひとつちゃん。


「アタシはそのホッと一息を許さない。ナオ君、自分自身を無視するな。罪がドーとか、可哀そうなのがドーとか、話逸らしてんな。アタシのナオ君は、そんな大層な、たいした人間じゃないだろ? なら、取りつくろわずに、ハッキリ言ってやれよ」


 ひとつちゃんは、奇麗ないばら道を許さない。紅の血道を示すのです。

 そして気が付く。僕はなにも、ななぎり君を想って、怒っていたわけではないのだという深層心理を。彼への共感、その怒りにかこつけて、僕はただただ──。


「楽しいことが、したかった──」

 彼を思う気持ちは本当。でもやはり一番は。衝動の根源は。彼らに関われば、何か《面白いことになりそうだ》という、低俗の好奇心だったのです。


「なるほど。ソレがお前の罪か」

「カス、ソレばっかりだな」


 それしかないのが、僕ですから。だから僕は、僕の楽しいを極め抜くしかない。真っすぐに。一直線に。直一と。いつの日か、抱きしめてもらうために。


 僕はもう止まれない。楽しいの一言で、あらゆる悪道を片付けるカスと認める。


「あははー、アタシ好みの答えじゃん。うん! みーんな、大好き」

 ひとつちゃんに、抱きしめられる、僕と一華さん。


「うぅ、神様、照れるだろ……」


 はい。俄然モチベがアガりました。

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