『今回の勝鬨において、もっとも重要になる作戦の一つが、《ナボボ》を眠らせないことよん。あんなに強い化け物だ。一週間フルで戦い続けたとしても、勝てるかどうかは怪しいよね。なら、アタシ達はその怪物性を《殺せばいい》。いくら最強のプレイヤーだとはいっても、《生物》であることに違いはなく。なら必然、《睡眠》はとらなければいけないからね。眠ることができなきゃ、人はたやすく死んでしまうんだぜ。判断能力も鈍るだろうし、戦闘力も激減するだろう。つまりそこにこそ、《勝機》がある。イッチーとナオ君とアタシアンドアン。三つの武器でローテして、奴を一睡たりとも眠らせない。さすれば首級はあげられたも当然さ』
神様は、一週間という期限と人的有利をフルに生かし、最強を打倒するといっている。ウチも賛成。それはいかな卑劣よりもナボに深刻なダメージを与えるだろうし、確実性も高いから。
ワンは明日部にナボも倒せる実力を求めている。アンのような強者が十六人も在籍するチームを下すのには、ソレに相応しき胆力が必要不可欠だから。ただ、ワンの真意はなにも、純粋な戦闘力だけを指しているわけではない。《どんな手を使おうとも、ナボを仕留めんとする狡猾さ》も併せ持っていることは、ウチにだってわかった。
その点、神様の持ち味であるクレバーな工作は、理に適った方針だといえよう。
でも。論理的には分かっていたとしても。《それは違うだろう》と嘯く心を。ウチは無視することが、できなかった。だってもう、あのころのように我慢する必要は、ないのだから──。
『ウチは嫌だ。別に作戦が嫌と言っているわけじゃない。そのローテに、《ウチ》も組み込まれていることが、嫌なんだ』
『へぇ。その心は?』
『ナボが誰かと戦おうとしているのなら。その《誰》かは、ウチでありたいと思った。あんなに強い奴、初めてなんだ。だからあいつをぶん殴るのは、ウチでなきゃいけない』
『ふぅん、言ってくれるじゃん。イッチー馬鹿だから、あえてキツく当たるけれど。それって、《イッチーも寝られない》ということなんだよ?』
二時間のクールタイムは決して《睡眠》ではない。むしろその逆、強制的な待機状態である故に、より鮮明に覚醒し続けることとなる。そのことはワンからも説明済みだ。常に戦い続けるナボと、常に眠気を殺されるウチのどちらが苦行なのかは意見が分かれるところだが。であっても、《同じ土俵》に立てているのは間違いなく。同じだけしんどい。グロッキー。
つまり、俄然燃えるということだ。ウチの胸に巣くう、《怪物》が──。
『それに、勝てないよ?』
『負けることと、殴らないことは、反句にならない』
強い敵であることが、退く理由にはなりえない。でもこれは、ウチの身勝手な感情論だから──。
『もし負けたら、ウチの純潔を神様に捧げる』『よぉし好きにするがいい!』『チョロいですね』
そんなわけで、今にいたる。
「心拍のソナーは万里であっても響き鳴る」
「がぁぁぁぁ!!」
自意識はすでに耄碌し、暴力性に磨きがかかり、闘争本能に理性が上書きされ──。
「備忘録に記された文言は……」
ウチは、ただ目の前の《最強》を挫く。それだけを目的とする、飢えた獣に成り果てていた。
カスがナボに殺され、ただでさえ必至のパッチで抗っていた危機的状況に拍車がかかり。おおよそ理性と呼べるものはすでに解脱していた。
殺意をむき出しに、牙をむき出しに、衝動に身を任せ。好き勝手に──、狂ってしまえ。
「っらあ!!」
ウチの拳をナボに届ける。パリィの要領で払われた。
連撃としたウチの蹴り上げを躱されるも、それと同時に組み付き、寝技に挑む。だが力任せに引っ張り上げられ、芥のように捨てられた。
負けじと特攻をしかけるも、闘牛士さながら、軽やかといなされた。
熱い。休息さえ許されなかった脳回路が。熱い。至高の域に達した殺し合いが。
熱い。破裂を間近とした心の臓。
あぁ熱いとも。感涙するウチの魂が──。
「ッ──」楽しい。
捩じり込まれる拳。脇腹に突き刺さる痛覚に内臓がひしゃげ、唾と血の混濁する体液が口から溢れだす。だが足りない。
叩きつけられた頭突き。人体の弱点にスレッジハンマーで挫傷をつくられ。ピキリとタガが外れる音を聞き、時間が無限に引き延ばされる。だが足りない。
抉り抜く平手。頬は陥没し骨格で粘土遊びをする最強。呼吸器官にリンパ液と脳漿が流れ込み、死の味と息苦しさを思い知る。だが足りない。
足りない。全然足りない。まったくもってそうじゃない。これっぽちもそそらない。
ナボ。それがお前の《最強》じゃないだろう──。ウチが殺りたいのは、《人類最強》の、ナボなんだ。
だが無慈悲にも。根性でのみ起立するウチの生は、根こそぎ奴の剛力に摺りつぶされて──。
死にたくない、あさましくも、そう思ってしまう、ウチがいた──。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。人を殺してしまったウチはそれでも。死にたくないと罪を重ねる。
だって、どうしようもないほどに、この死合い、《心躍る》のだから。
ウチは最強になりたいと思っているわけではないし。コレと言ってさしたる野望があるわけでもない。ただソコにあるのは、沈殿する泥のような、薄暗い《欲望》のみ。
ナボを《殴り殺したい》という、処すべき。それでいて不純の無い我欲のみ。
だから死にたくないし、なので死ねない。
よって──、「たす、けて」恥ずかし気もなく、救いをこいねがうことさえ厭わない。武人の恥さらし。誇りも矜持も何もない、忌むべき最悪。
だが、それでもこの《大願》は、地球にさえ匹敵する質量を有しているがため──。
「『№15 ドロブネ。リターン:対象を捕縛する。リスク:呼吸できなくなる』」
「とどけ、アンの想い。治れ、裂傷」
「2五銀」
引力を帯び、仲間の意志をも引き寄せる。
身動きの取れなくなったナボから距離を取るため、ワンの能力で位置を書き換え。アンの異能で死に体を間一髪持ち直す。まさしく死中に活あり、彼岸に路あり、一筋の活路あり──。
「続いて『№5 イッチーのバチバチ』発動!」
両手には武器、眼前には宿敵。準備は整い、こけらも落ちて、ウチの舞台の幕が、今あがる。
「イチカ! 十秒経過!」
封されし呼吸が戻った。そしてこれより──、「恋!」
待ちに待った、《最強》の時間だ。
「熱烈白熱の反骨心を今見せよ! 白骨化せよ!!」
【神殺し】──。光速に隋する必殺の一撃。ソレに対する返礼として、『虎狐』を発動。
「っ!!」
つんのめる轟音。吹き飛ぶ外気。まるで目の前でミサイルが暴発したか如くの破壊。
だがそれでも、ウチの異能はナボの必殺を防ぎ切り、バチを手に取り──。
「嫁狐」
「苦止」
躱された!? なんという反射神経だ。ナボはすかさず次撃を繰り出す──。
ウチの虎狐はタイミングが合わず展開できない。このまま死ぬのか? いや否だ。
「らぁ!!」
高い上背から繰り出される拳を、ウチは《左肩》をくれてやることで回避する。
腕は抉られ宙を舞い。鮮血が吹き頬を赤染める。
だとしても、ソレが急所でないのなら、まだ殺れる──。
肉を切らせて骨も断たせて。そしてようやく届く、《殺害》だ──。
「死に晒せ!」
かぶるトドメは右ストレート。人生最大にして、最高峰の集大成。極地に至ったカウンターだ。
時を同じくして一秒経過。【神殺し】で──、終れる怪物はいないぞ、《最強》!
「呵々々」
ウチは凌いた。ウチは耐えた。ウチは勝ったぞ、お前の《最強》に──。
だから歯食いしばって、堂々と受けて立て! コレがウチの、《最悪》だ!!
「せいッ!!!!」
仇花一華の闘魂は。ウチにとっての天王山は。ナボの顔面にクリーンヒット。
拳から順に神経を巡るめくぶっ飛びは。嗚呼、とてつもなく楽しくて。とんでもなく、気持ちがいい──。
しかしてナボの|巨躯《きょく》は傾き、地に臥した。天に掲げる右拳。絶唱するは命の鬨。
《最強》、ウチの、勝ちだ──。
「ぅ────」
勝利の咆哮さえ、あげることができない。それほどまでに、熾烈と疲弊を極めた激闘だった。
嬉し涙が滂沱し、感動に啜られ。人生で最も快楽に侵されているであろう、今。
この激情を分かち合うために、ウチは一番大切な世界、ウチのためだけの《神様》を、仰ぎ見て──。
「は?」
言葉を失う。
胸の奥で歓喜していた、あらゆる種類の良き感情が、《虐殺》された。
神様の纏うその表情は。勝利への喜びでも。ウチに手向ける称賛ですらなく。
それはそう──、ウチらがとても慣れ親しんだ、《絶望一色》で、あったのだ。
ハッと悪寒。後ろへ首をもたげてみてみれば──。
「最強の右に立つ者おらず、故に孤独。故に孤高」
立ち上がった《最強》が、ソコにいた。
ウチの拳だけでは、ナボの命を絶つことができなかったのだ。お前は、本当に──。
そしてナボはこう言っている、『俺に膝をつかせたのはお前が初めてだ。そして感謝する。よき好敵手よ。今生最大の友傑よ』と。
友は、ウチを沈めるべく、その腕を振り上げた。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう……。うれしいこと、言ってくれるじゃないか──。
「《幽体同離脱》!!」
ちくしょう。
ドゴン────。
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