遊ぶ怪物地獄で笑え。

人を殺した怪物を、あなたは許せますか──。
Uminogi
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アンフェア

公開日時: 2021年2月24日(水) 05:32
更新日時: 2021年3月2日(火) 05:31
文字数:4,812

****『アンフェア』****


 目の前に隕石が落下したのではないかと。そう錯覚してしまうほどの轟音。視界を一瞬にして覆いつくしたまばゆい閃光。なにごとかと、光転した瞼をゆっくりと開いてみれば──。


「ビアンヴェニュー アン 《アスアヴニール》──。んー? ちがうくないない。正解は、こっち。ようこそ アスアヴニールへ」


 息を忘れてしまうほどの、美少女が立っていたのでした。名前は《アン》というそうです。なぜわかるのかというと、『アン 900』の文字が彼女の頭上に浮かんでいたからです。ブロンドの髪、透き通るほどの白い肌。翡翠ひすいの光彩を讃える両まなこ


 どこからどうみても、日本の人ではありません。そんなレディが、ようこそアスアヴニールへ、と挨拶してくれたのです。

 なるほど、《此処ここ》の名前は、《アスアヴニール》、というのですね。


 そしてなんと──。


「う、うさ耳。かわいいです……」


 ウサギの耳が、はえていたのです。

 

 一華さんとタメがはれるのではというほどの眉目秀麗。そんなアンのうさ耳がもつ破壊力はすさまじく。あやうく初恋の人が決まってしまいそうになりました。


「カス、神様を守れ」

「いよいよ現実離れしてきたね。喜々だね!」

 さすが頼りになる女性陣。惚ける僕をしり目に、すかさず臨戦態勢を取りました。


「オタクらが呼んだのはアン。ないない、その仕打ち。 ボンジュール、ジャポネーズ」


「ではではボンボヤージュだ、お嬢さん。アタシは君に用がない。せっかく三人でこの状況を楽しんでいたというのに。とんだ闖入者ちんにゅうしゃがきちゃったものだ」

 楽しんでいるのは貴方だけです。


「アンは、べつにかまわぬ? なれない日本語、つかれるし。ただ、困ったなのは、オタクたち。せっかくの《チュートリアル》。使うなら得」 


 アンはどうやら、日本語を扱うのは苦手。ですが、聞き取るぶんには問題なさそうです。


 安全が定かではないこの状況。前に出て皆を庇う一華さんが武力、ひとつちゃんが外交と、それぞれ役割分担をしています。僕はいまのところ無能。しっかりと存在意義を示さねば。


「ひとつちゃん。ここはひとまず、アンの話を聞いておきましょう。今すぐに、僕達をどうこうしようというわけではないみたいですし」


 とらえどころのない空気感と、思考の読めない虚ろな表情。目鼻立ちのクッキリした造形と、生気の感じられない仕草があまりにもミスマッチすぎて。

 襖の先にある闇を覗いてしまったかのような、いやな不気味が背筋を這います。フランス人形のような人だと、感想付けます。


 そんなアンは、それでも受け身と、僕達の行動を待ってくれているように見受けられました。


「いいやだめだ。可愛いだけのケモミミには興味ない。いとまを要求するとしよう」

 ひとつちゃんの言葉をとらえあぐねたのか、アンが顎に指を当てて、小首をかしげます。


「ふうむ。オタクらとの会話、日本語だけでは不足。アン、面倒くさく思う。帰る?」

「物事には順序がある。会話を始めるためには、《どっちが上》なのかを決めなければね」

 でた、神様づら。ひとつちゃんのいい癖です。


「アン、ひとつちゃんは対話をする意思があります。だけれど、そのための《情報》があまりにも不足している。急な展開に、頭がついていけていないのです。どうか、ご説明を」


 対等な会話を成立させるための前提条件。《情報》が僕達には欠けている。アンの話を粛々と受け入れるしかないこの状況、心ない嘘にも対抗できない今の今。


 つまりはアンフェア。


 ひとつちゃんは、ソレを拒んでいるのです。どのようにしてかと言えば──、《狂者》を演じてまで。


 まぁ、演じるというよりも、この場合は《素をひけらかす》、のほうが正しいですが。逆でしたね。


「おいおい。アタシの通訳をするとは、良い度胸じゃないかナオ君。宣教師を務めるのには、ちっとばかし役不足のきらいがあるけれどね」


 だとしても。心を鬼にして、ひとつちゃんの奇行をとめるのです。でるだけが愛じゃない。


「オタクらがアン、呼んだ。格上の《プレイヤー》を呼び出し、指導鞭撻しどうべんたつ、うながす制度。それがチュートリアル。頼むのはオタクら。帰るのはアン。立場をわきまえろ」


 やはり、《チュートリアル》という言葉が、今の事態の原因のようで。ケモミミは、僕の発した言葉を認識したことで、チュートリアル。つまり、《先駆者による教育》を開始したのでしょう。    


そんな僕達の教官としてシステムに選ばれた人が、目の前のアンだったというわけですね。


まさしく《ゲーム》の様相を呈してきた世界を目の当たりにし、瞠目を禁じ得ないですが。ひとまずは、その制度に甘え、アンにチュートリアルを執り行ってもらうのが得策です。次の一歩を踏み出すための道を、みすみす見逃すわけにはいかない。


「メリットデメリット、優先順位を正しく取捨選択できる力があるのなら、アタシたちは今ここにいないよん。得策かどうかは関係ない。アタシを《下》に見ているマドモワゼルが気に食わないの」


 めずらしく、ひとつちゃんが怒っています。どうしてなのかと目線でうかがうと。


「あんなにいなうさ耳を、撫でられないのが気に食わない!」

「欲望に忠実ですね!」

 けっきょく貴方もアンにトキメいた口か……。可愛いすぎるんですよ、あの子。

 

「アタシがアンに求めているのは、《この場をさる》か、こうべをたれ、《ひざまずく》かの二択だけよん。撫でやすいようにね!」


 可愛いだけなのには興味がない。可愛いを苛めなきゃ楽しくない。ひとつちゃん、相変わらずの変態ですね。

 そういうところがやっぱ好き! そう叫びそうになった僕は。それでも次の瞬間、思い知ることになるのです──。


 やはり僕たちは、とんでもなく《不幸》なのだということを。不幸に呪われ、不幸に愛された、無幸の血族なのであるということを。

 

 血の原書文字が、魂に調印されて。あまりにも遠い、追い求める普遍が。途方もなく遠方へ、言い訳が、言い逃れていく。

僕達は自覚する。自覚して、自棄になる。《アン》が、僕達のチュートリアルに選出されたプレイヤーであったことは、類もみないほどの、《不運》であったのだということを。


「弾の無駄、嫌。時間の無駄、嫌。でも、《嫌いな人》とお話するの、もっと嫌。ひとつのお口、アンいらない」


 ガシャリと、アンがふところから《ソレ》を取りだした。

 誰でも知っているというのに。嫌と言うほど理解しているというのに。

 それでもお初の、高純度の絶望。人の持つ鬼胎の頂点にして、恐怖の腫瘍。


 現実味のない《ソレ》と直面し、思考が壊死する。その一瞬が、生死を別つと、理解しておきながら。


 でも、しかたがないですよね。致し方ないですよね。痛し痒しなんですよね。なぜなら僕たちは、《日本人》なのだから。《ソレ》に対する危機感は無きに等しく。


 だからこそ、出遅れた──。


「カス! 守れ!」

「ひとつちゃん、伏せて!」


 一華さんの警告と、僕の行動。それと時を同じくして、《撃鉄》が振り落とされる──。


 そうです。アンはひとつちゃんに、《銃》を向けていたのです。リボルバー式の、ハンドガン。

 ひとつちゃんを庇うために前へ出た僕は、銃口と、目が合う。そして──。


 アンは、逡巡の迷いすら見せずに、撃った。

火花。そう認識するのと同時に──。


「っぁぁああああ!」


 流れる血と。はしる熱波と。途方もない、痛み、痛み、痛み、痛み、痛い、痛い、痛い──。

 大腿部を穿たれた。弾丸が動脈を貫通した。骨を砕き、肉を抉り、神経を通して、直接魂に痛烈を叩きこんできた。


 あふれだす血と、涙と、よだれと、汗と。うぅ……。失禁と。


「ナオ君!」


 よかった。間に合った。なんとか、守ることができた。痛いけれど。死にそうだけれど。存在意義を示すことができました。


「はずした、アンが。いいや、はずされた、弾が。いい判断、だけれど次はない」

「ぶっ殺す」


 再びひとつちゃんに狙いを定めるアン。それを許さずと距離を詰める一華さん。一触即発。


 このままでは一華さんの身が危険。万が一にでも、彼女の命が脅かされてしまうようなことがあれば。《僕の不幸》が無駄になる。痛い身体が無下になる。それはだめだ。僕はもう、自分の悲しいを殺させはしない。

 なおかつ、一華さんが傷つくの、見たくない! 


 だから──。


「まったです!」

 まったをかけるのです。

 泣きながら。それでも唇をかみしめて。やせ我慢して。耐えることはできないけれど。生きることは、なんとかできているから。


「アン、あなたの目的は、ひとつちゃんの閉口。なら、これでいいですか」

 僕は、ひとつちゃんを羽交い絞め。彼女の口に手を当てて、黙らせます。


「カス、お前」

「一華さんも、矛を沈めて。僕達は、あまりにも無知が過ぎる。それはいけない。ならない。不幸を知らないことが、地獄であることは。僕達が一番よく知っているはずでしょうに」


知らなければならない。知りたくなくても、理解しなければならない。僕達はどう不幸なのかを。


「アン、僕の命はもって何分ですか」

 ジタバタと抵抗するひとつちゃんを、懸命に抑える。


「出血、多い。命、ドバドバ。もって、十分?」

「なっ!?」

「──」

「そうですか……」


 さようですか。やはりそんなもんですか。わかっていますとも、僕の命が長くないことは。大腿部を通る動脈。そこを弾丸で穿たれたのですから。大型のハンドガンで、それもおそらく弾丸はマグナムで。容易に僕の足を引き裂き、致命傷を与えることができるのでしょう。


 すでに意識は酩酊めいていし、末肢の感覚が薄れていくほどです。なんとか、あと少しだけもってくれ。


「ひとつちゃん。あなたのせいですよ。あなたが我儘をいったから、こんな目にあったんだ。大戦犯ですね──。でも。それでも。あなたのそういうところに惹かれたのが僕なのですから。あなたの口からだけは、《ごめん》の言葉を聞きたくない。だからほんの少し、黙っとけ」


 慈しむように。敬愛するように。愛するように。ギュッと、腕に力を籠める。ひ弱な彼女は、これでもう動けない。


「カス、だめだ。お前がどれほど耐えようと。ウチのほうがダメだ。がまんならない。こいつを、今すぐにでも殺してやりたい」

「なら、手前を殺して黙っとけよ。うぜーんだよ。いちいち、入ってくんな、馬鹿が」

「うぐっ」 


 ダメですね。僕の悪癖がでています。キレたら口が、悪くなる。


「アン、僕は格下だ。だからどうか、教えてほしい。《何を聞けばいいのか》もわからない僕たちに、あまねくすべてを、教えてほしい」


 僕は、ひとつちゃんに覆いかぶさる形で、慈悲を請う。ようするに、二人羽織土下座です。


「いいよ。アン、気に入った。苦手なのはひとつ。でも君は違う。ナオカズはちがう。《一番怒っている》。そのことを一番わかっていないナオカズ。アンはとても、面白く思った」


「カス、お前、どうして、口から……」

 一華さんの言葉で気づかされます。口から血が、あふれ出していたことを。

 僕は自身の奥歯をかみ砕いていたのです。アン曰く、怒りから。けれど、こんな激情、僕は知らない。感じたことがない。


 ひとつちゃんが教えてくれた《怒り》は、《他人に対する怒り》だったから。でもこれは違う。わからない。

 血の味、鉄の味、僕の味。とっても、苦いです……。


ふつふつと、身が焦げる。僕の愚かさが、心に来る。……あぁ、そういうことですか。

 この怒りは、《自分》に対する怒りだったのですか。なにも出来ない、不甲斐ない《自分》に対する。


「ゲームなこの場所、《アスアヴニール》。ゲームだから、死んでも平気。リスポーン機能、あるもん。だからお話、後でいい。《異能力》もらうために、いっぺん、死んできて」


 ドン、ドン、ドンと。三人の脳漿がはじけ飛びます。

 人生ってなにが起きるかわかりませんね。まさか一生のうちに、二度も死ねるだなんて。またしても三人で、死ねるだなんて。


 なんてすばらしい不幸でしょう。僕達は、アンに脳天を打ち抜かれ、即死したのです。

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