明日部としての物語は、定めたクエストの完全完遂という結末で一区切りつき。残された単元は【最終クエスト 世界を破壊し、ひとつを神に祀りたてろ】のみ。エンドロールの口火は切られているのも当然で、物語は、加速度的に熱度をアゲ始める──。
「何度でも言うようだけれど、ナボは現アスアヴニールにおいて間違いなく《最強》のプレイヤーネ。ゲーマスと我が非戦闘員であるのにも関わらず、序列一位に座せているのは、ナボの強さのおかげヨ。だからこそ、明日部はナボに、《勝たなければいけない》ネ」
「そうしなければ、明日部がサクリファイスと対抗することなんて、どだい無理な話だから」
天竺がサクリファイスと戦わず、ならばどうして明日部が挑むのか。その理由は単純明快、いまだもってヴェールに包まれている、敵チームのリーダー、《キング》の異能力を詳らかにするためです。ワンさんは、最強のナボさんがいればどうにでもなると信じて疑わないですが、万全を期すのなら当て駒をぶつけるのはむしろ自然で、僕達も文句はありません。むしろ、まだまだ弱小チームの明日部に、それほどの大役を与えてくれたことに感謝さえしています。主に一華さんが。
「仇花子女の仰る通りネ。本音を言えば、《天竺のポイントを、明日部》に移すのが一番の目的ヨ。でも、わざと負けるだなんて器用なこと、ナボには絶対できないから許してネ」
「にしても考えたねー、ワンちゃん。《しばらくすれば》サクリファイスが攻めてくるであろうことを見越したうえで、開戦期日を《早めよう》だなんて」
二か月と半月後、サクリファイスが天竺に《戦争》を仕掛ける手はずであることは、諜報員アンによってすでにリーク済み。なぜその日なのかといえば、その辺りでサクリファイスのチーム総ポイント数が天竺を超える目途が立っているからだそうです。
サクリファイスのポイントが天竺を超えればどうなるのか。街をそのまま乗っ取ることが可能となるのです。街のシステムは以前説明した通り。塔を中心にした半径一キロメートル以内に存在する、もっともポイント数の高いチームが街の《支配者》となることができる。
その乗っ取りを食い止めるためには、天竺とサクリファイスが勝鬨を行い、天竺側が勝たなければいけない。事実上、アスアヴニールの支配者を決める《戦争》が、もうまもなく、執り行われようとしているのです。その戦争の期日を、ワンさんは自らの手で早めようと考えている。どのようにしてかといえば、《ポイント》を故意に減らすことで。
明日部に多量のポイントを手渡すことができれば、サクリファイスよりも天竺のポイント数が少なくなり。その情報をアンが自チームに伝えれば、かのチームが《三か月後》を待つ理由もなくなる。つまり、予定よりも早い宣戦布告を誘発できる、という算段なわけですね。
そして予定外の進軍となれば、準備が間に合わず、足並みは揃わず。なおかつ天竺側は事前に防衛線を張ることができるため、事を優位に進められるというわけです。
ワンさんやゲーマスではなく、ナボさんのポイントを明日部に流そうというのもある種の保険で。ナボさんなら、いつでも明日部を殺すことが出来るという、自信の表れなのでしょう。
「胎動する悪意に挑むのは、老境たる正義感こそが相応しい」
「早く始めろと怒っている」
「あとちょっとだけ待つネ」
一華さんの通訳も様になっていますね。なにしろ──。
「本当にあんなやつに勝てるもんなのー? もう何回殺されてんだか」
「イチカ八十回、ナオ四十二回、アン、ヒトツ三十回。ちなみに制限時間はあと二時間」
すでに一週間近く、僕らはナボさんと殺し合いをし続けているのですから。
「イッチーだけずば抜けているねー」
「ろくに睡眠もとらず、クールタイムが明けるたびに、ナボさんに立ち向かっていましたからね」
「大丈夫。気はとても冴えている」
「気は気でも、それは《殺気》というんだぜー。アタシ心配、気が気じゃないよ」嫌いじゃないよ、そのジョーク。
「ふむ、実質次がラストチャレンジかナ。これで失敗したら、代案を考えるしかなくなるヨ」
勝鬨内容は、《一週間以内にナボを一度でも殺すことが出来れば明日部連合の勝ち。明日部連合は何度でも生き返ることが可能だが、死からリスポーンまで二時間のクールタイムが発生する》です。そして明日部連合とは、明日部の三人に加えて、《ワンさんとアン》も、勝鬨に加担してくれることを意味しています。
つまりは一対五人。これほどのハンデがあってようやく、アスアヴニールはナボさんとの勝鬨を対等と見なしたのです。
「ナボは確かに強い。ウチより強い奴には沢山出会ってきたけれど。勝つ《ビジョン》が見えないのは初めての経験だ。アレは異能が強いだとか、才能が違うだとか、そんな次元じゃない。《格》が違うんだ。生物としての」
目の前で静かに佇むナボさんからは、強者特有のオーラを感じません。その辺の一般人とさして変わらぬ存在感です。なのに、誰もが認める《最強》。
その理由は単純明快、オーラを|醸《かも》し出す必要性がないからです。オーラ、つまりは《威嚇行為》。圧迫感だとか、威圧感だとか、そういった《近づくな》という言外の警告。
ナボさんは、そんなものを必要としていないのです。《どんな敵であっても、倒すことができると確信している》から。それが何人、何百人であったとしても──。
「実際問題、ナボさんはすごい人ですしね」
《狂人マサイ》。それはとある少年の物語。
遊牧民族の戦士として育てられた少年は、狩りをして生計を立てていた。しかし各国の国境意識が強まったことにより、旧来の生活様式では生きづらくなってしまう。
そのような情勢も加味し、家族を養うために、少年は牛泥棒に手を出すようになってしまった。
たとえ一度や二度の成功はあったとしても、最後には警察に掴まり厳しい罰を受けることになるのが常だが。その少年は違っていた。
百戦常勝。たぐいまれなる戦闘センスの持ち主であった少年は、警察や自警団、他部族の傭兵、どんな敵が相手でも、ことごとくを下し、戦果をもたらしていったのだ。
しかし最後には国によって派遣された軍隊の手により、処刑されてしまうこととなる。と、本来ならここで物語が完結するところ、その少年は、特異だった。
なんと、その《軍》でさえも、少年は単独で撃破してしまうのだった。そして人々は気づく。いつしか少年の目的は、牛を盗むことではなく。強者と戦うことに、挿げ変わっていたのだということを。
狂人マサイ、その名はナボさん。そして僕は、ワンさんからさらに驚きの事実を聞かされることとなるのです。ナボさんはなんと、そうした幾たびの戦闘行為において、ただの一度も、《死者》を出さなかったという驚愕を。殺さなくても勝てるほど、彼は《強い》。
「でも勝つよ。ナボボの|魂《たま》を取るための式は、すでに《編んで》あるしね!」
ひとつちゃんが《雷来楽々》のリスク、《一か月間触れる物すべてに静電気がはしる》という小地獄を有効活用し、自身を背負うアンの髪型を前衛的なものにするほど考えこんだ末の明言。信用できます。
対ナボ戦の施策の一つ。レベル80に上がった僕の前線投入──。
「細かい策はアタシが弄する。イッチーとナオ君が前衛。中、遠距離の立ち回りと、アタシ係はアンに一任するね。ワンちゃんはフォローに専念してくれればいいよん。君の技術があれば、戦場は一気に面白くなる」
我等がリーダーの作戦に皆は黙って頷きます。
「では各自散会、好きに暴れてきなね!」
その瞬間、視界が《ガラリ》と変わりました。位置座標の書き換え、場所はナボさんの背後です。ワンさんの能力、【八十一の王道】が発動したのでしょう。
僕に当てがわれた駒の名は、前に進むことのみを武器とする《香車】です。ちなみに一華さんは《銀将】、ひとつちゃんは《金将】。そんなひとつちゃんと《角】のアンがニコイチになっているため、今回は角成の《竜馬】として扱われるそうです。
「とりあえず捨て札の《三位三体》発動ッと。ナオ君、気張れぃ!」
「はい!」
前衛を任された僕の役目は、《一華さん》が接近するための《数秒》を生き延び、二人でナボさんを《押し止める》こと。
80レベルに昇格した僕の身体能力はすでに人間のソレとは一線を画し。超人ヒーローもかくやというほどの速度と攻撃力を有した肉体は、例えるのなら人間の形を模した《戦闘機》のようなものですが。だというのに──。
「ぐあっ!?」
ナボさんを前にすれば、赤子の様にいなされる。裏拳の要領で殴り飛ばされてしまったのです。ガードが遅れていれば、いまごろ首がねじ切れていたことでしょう。
格闘ゲームをジャンルとしているナボさんの身体能力は大幅なバフがかけられています。が、それでも僕とさしたる差はないはずなのです。
なのにこの《距離》。ズバぬけた《技術》で負けている。《AIモード》を発動していたとしても、世界のシステム処理速度よりなお早く、ナボさんは僕の素体に拳を向けている。人の反応は最速0・08秒から0・1秒だと言われています。そして僕は憂うのです。
『ナボさんひょっとして、ソレより早いのでは』と。
完全に背後を取ったのにも関わらず、移動とほぼ同時の《反撃》。彼と人類では、立っている舞台が違う。
だとしても──。タダで負けてやるわけにはいきません。一対一では到底かなわない。であるからこそ。僕には《四人》の仲間がいるのです。
「ナオ!」
アンの援護射撃。時速千キロを超える弾丸は、この場にいる者で唯一、ナボさんと対等の《スピード勝負》が出来る武器。がしかし、ナボさんはその弾丸さえも、避けてしまう。
一華さんも幾度か躱してはいますが、あれはトリガーを引き絞るタイミングを予測したうえでの回避行動。
しかしナボさんは、《目視》してからの──。発射時に銃口付近で瞬く炎、マズルフラッシュを視認すると同時に、持ち前の反射速度を生かし、回避としているのです。
「バケモノ」
何度か戦って思い知らされてはいますが。その度に戦々恐々せざるを得ない|強靭《きょうじん》。
「『№25 刹那のバット』」とひとつちゃん。
鉄バットが虚空より|出《い》で、僕の両手に握られました。
リターンは数舜の防御力極大アップ。リスクは数舜の暴走状態。ようするに、固くなるが防御行動が取れない、という能力です。
おそらくこの異能で防げる攻撃は数発が限度──。
「っ!」
胸部に痛烈な殴打を受けるも、ぐっと堪える。と同時に、意識が狂い──。
「殺してやる、殺してやる、殺してやるるるるるるるるる」
撲殺、鏖殺、絞殺。ぐらえ、がらえ、ごらえ。殴れ、殴れ、ただ殴れ。殴れ、殴れ、ただ殴られ──、落ち、落ち、落ちるるる。
「虎狐」「うっ!?」
意識の覚醒。暴走状態に陥った僕は、無謀にもナボさんへ突貫し、《カチあげ》られたのです。顎下からのアッパーカットを受け、上空に吹き飛ばされた。
その殴打は異能の効果で耐えられたとしても、着地の衝撃によって僕は死ぬ、という終末のハズが──。
一華さんが空中に虎狐を展開することによって、落下する僕を受け止めてくれたのです。虎狐は衝撃を吸収することで防御とする技。ならば、優秀なクッションとして応用することも可能。
響く音楽は、ヴィヴァルディ『四季』より『冬』、第一楽章です。
「『№26 鬼神の金棒』」
リターンは数舜の攻撃力極大アップ。リスクは数舜の暴走状態。またですか──。
「殴れ! 嫁狐」
虎狐で吸収したダメージ分のカウンター。僕は真下のサークルを、出現した金棒で殴りつける。真下とはつまり、ナボさんに向かって──。
「が、がが、ががが」
圧死、出血死、憤死、死、死、死、死に、死に、死に駆る。
「さえずるカナリアが炭鉱夫を殺すのなら、無能な勤勉者が国を亡ぼすのもまた然り」
平常を取り戻し、微笑むナボさんと目が合います。そうですか、楽しいですか。光栄です。
「いいの入っていたぞ、よくやったカス。殴り合いは、ウチに任せろ──」
僕はすでに一華さんの身体能力を凌駕しています。だというのに、一華さんのほうが《まだ強い》。
それはたぐい稀なる戦闘技術ゆえか。はたまた《策略無き暴力》を振るうナボさんと相性がいいのか。ただ一つ言えるのは、この世界で
唯一、一華さんだけがナボさんと対等に殴り合えるということ──。
「虎狐」「花弁なき子獅子」「虎狐」「原始人の編纂詩」「嫁狐」「ヨーデル密告者」「虎狐」
もちろん、防戦一方ではあります。一華さんができているのは、せいぜい防衛行動のみ。ナボさんの連撃を異能で防ぎ、嫁狐さえ拳打を打ち消すのに回し、両手でガードを固めることが手一杯。
それでも。《ナボさん》の前に立ってなお、崩れ落ちていないという《偉業》。
ワンツーとガードを叩かれ剥がされる。開いた顎に左フック、虎狐を展開し防御。
ボディとレバーに狙いを変えた鋭いジャブを受けてなお、ブロッキングする両手を下げずに堪えている。
すごい攻防だ……、一華さんはナボさんに対する、《最高級》の時間稼ぎになっている。
格闘戦における好敵手、一華さん。スピード戦におけるライバル、アンの銃撃。ならば、僕の役目はなんだ──。
ひとつちゃんの武器として、彼女の威光を示す、代行者だ──。
「『№12 取らぬ狸の皮算用。リターン:今後の戦闘予測を高速演算』」
《竜馬】の移動によって死角をとり、射線を切り開くことに成功したアン。
彼女はナボさんを背後から撃ち抜こうとしています。だとしても。一華さんと戦っている最中だったとしても。ナボさんはアンの攻撃に反応、反射、反撃するのでしょう。その隙をつく僕に対しても──。
接敵と同時に眼球や金的などの急所を狙う、否。ローキックによって崩される。
アンの《知ってほしいな》で多量の情報群を流し込み混乱させる、否。彼の意識は堅牢だ。
死を覚悟に数手の攻撃を肩代わり一華さんにトドメを託す、否。決定力に欠けている。
ひとつちゃんの《お手》を使用しブレイクタイムを作る、否。根本的な解決にはならない。
ワンさんの盤面を斜め上方向に設定することで頭上を取る、否。反撃時の回避が不可となる。
否、否、否、否。百の予測を高速演算、否、ことごとくが破滅する。
否、否、否、否。千の展開を超速演算、否、あらゆる策が瓦解する。
であれば──。
僕はゲーマスの【因果天賦】を知っているのだから。そこに新たな《可能性》を添付するという、《すべ》をも心得ている──。
《アンの能力に対する想定を、大きく破却。楽観視》することで、再演算────、見えた!
ではでは、新入部員の底力に、一縷の望みを託すとしましょう。
演算結果を元に、戯れの開始です。
「アン!」「わかった!」
それは言葉なき対話、以心伝心のアンコンタクト。
アンはナボさんを撃つ、これは確定事項です。死角をとったアドバンテージを捨てるわけにはいかない。一華さんと組する今こそが最大のチャンスだから。されどその銃弾が払われることは《分かっている》し、フォローに回る僕の対処もナボさんなら可能だということを《把握している》。
手詰まりになった局面において、ならばどうするべきか──、《新手》の投入です。
「死ねばいいな、速くなればいいな、ドンドン!」
アンは《右手》の銃でナボさんを撃ち、《左手》の銃で僕を撃つ。
今まで一度だって、同時に別種の弾丸を放つ様を見ていない。もしやするとそれは出来ないのかもしれない。《同時に複数の思考を抱くこと》は難しいのかもしれない、と考えていました。されど僕は、その不確かなかもしれないを、《無い》と盲信することで、次撃となしたのです。
結論は、「好きだ」成功です。
マルチタスクを容易く実行してみせたアンには脱帽するばかり。《早くなればいいな》の銃弾は、僕に《音速》を与えた。ソニックブームが鼓膜を潰すも、顧みることなく突き進む。そうです、アンは本来、強力な《デバッファー》なのです。その肩書が今、面目躍如。
アンの銃撃を躱して見せたナボさんへ、僕は大砲級の追撃を仕掛ける。
「呵々」「!?」
銃撃と、進撃。その二つをもってしても、彼にはまだ届かないというのか──。
ナボさんは、満面の笑みを咲かせながら、《オリジナル》を発動したのです。
格闘ゲーマーのナボさん。彼の有するオリジナルの名こそは──、【神殺し】。
《一秒間の身体能力強化。使用後十秒のクールタイム》。
たった、それだけの異能。たった、これだけの絶望。いたってシンプルで、かつ強力無比、だからだろうか。とても悍ましくおもう。
嗚呼。憎悪を催すほど、嫌になる強敵ですね。
人類《最強》域の格闘能力を有する男が、近接戦闘《最強》格のゲームジャンルを扱い、あまつさえ《オリジナル》がソレを自乗する。
人々はそんな彼に敬意と畏怖をこめ、《最強》と敬意した──。
粟立つ細胞。チラつく終わり。五感が死を直視する──。
ナボさんはアンの銃弾を腕で《払い》、異能によって兵器と化した抜き手で、僕の心臓を穿ち抜く──、ということも、すでに《織り込み済み》ではありますが。
いささか厳しい死闘になりそうですね。
「9五香」
ナボさんの肩側へ位置が入れ代わる。もちろん《最強》は、容易く僕に拳を合わせてきます。ナボさんは抜き手を、薙ぎ手に転じることで、対抗としたのです。
「虎狐」
一華さんの異能が僕を守る障壁となるも──。
最強は迷いなく、面に拳打をねじり込んできた。ねじり込み、ねじり込み、ねじりじり──。
ナボさんはサークルが消えたその時、僕を右の殴打で殺そうと画策している。故に、拳で面を押し続けているのです。
虎狐の解除と共に、吹かしたエンジンの爆発とも言える暴力で、僕をミンチに変えるため。
徒手空拳の覚者が、その御業を下界に晒すことの──、なんと忌まわしやか。
空いた片手はアンの銃撃と一華さんの攻勢をいなすのに回し、と同時に────、虎狐の効力が、今消えた。
ナボさんの鬼神に迫る身体能力には目を視破るものがありますが。だといっても、その肉体が《人の身》である限り、リーチは限られ──、であれば、《避けられる》。
半歩分左足を引き、上体をニ十センチ後ろに反らす──。
演算によって編み出された式通りに肉叢を巧みに操り、紙一重でパンチを避ける。僕はその腕を、《両手で抑えこむ》。
「一秒経過──」
ワンさんと一華さんとアン。三人の全霊を賭すことで、ナボさんの《最強》を辛くも凌ぎ。
与えられた十の猶予が尽きるまでに、この勝鬨を終わらせなければと焦燥に苛まれる。
その刻限が、僕達に残された、唯一の勝ち筋なのですから。おちつけ僕。
ナボさんは左拳で、隙ありき僕を打ちのめそうとするも──。
「今!」
「虎狐!」
一華さんの異能でインパクトを吸収する。すかさず、「解除!」
やり場を失ったナボさんの左腕を、一華さんは掴み上げる。
僕が右腕、彼女が左腕。いみじくもそれはアンとの勝鬨とまったく同じシチュエーション。
しかし前回と違うのは、その隙を撃ち抜く、《アタッカー》がいるということ──。
「チェック──」
両手の塞がったナボさんへ、アンが二丁の銃口を突きつける。
「脳ある馬鹿は鵺をも醸す」
しかしてナボさん、右足あげて。アンの《銃弾を、蹴り飛ばす》構え。
「ならばこれでメイトかなん♪」
背負われひとつ、その両手には。《新たな銃》が一丁握られていて。アンを含めて、合計三丁。この一週間でひとつちゃんの射撃精度は向上し、三つの駄悪が、火を吹いた──。
「ユミルの地団駄」
蹴り飛ばすのは不可と判断したナボさんが、上げた足をそのまま《振り落とした》。
関取の四股踏みのように地を踏みつけに。ナボさんは、《大地を隆起》させたのです。
浮き上がった土砂や岩盤が弾を《数発》防ぎ、足場が不安定になったことによる、僕達の拘束力の低下を見計らい、離脱。距離を取ったナボさんは、満面の笑みを浮かべながら──。
「カタストロフの萌芽を仄めかす」
「俺に傷をつけたのはお前達が初めてだと喜んでいる……」と、僕達に称賛をくれる。
ナボさんは数発の弾丸を堕としてみせましたが。それでも全弾とはままならず。二発ほどの銃撃をその身に受けて、血をポタポタと流しています。この一週間でおよそ初めてのまともな《外傷》。しかし双方ともに急所を外し。いいや、外され、彼はいまだに健在。
そして僕の脳幹は、一つの思考に支配されるのです。《どうして》と……。
「ど、どうして失敗した。僕の作戦は完璧だったはず……」
《取らぬ狸の皮算用》、その力はたしかに、《ナボさんの死》という答えを導きだしていたはずなのに──。
「『リスク:最後には大抵失敗する』残念だねー、ナオ君」
ったく。なんて《面白い》能力を考えるんだ、貴方は。おかげさまで僕達は──。
眠れぬ獅子の、尾を踏んだ。
「ナオ、あぶない!?」
気づけば目の前に、ナボさんが立っていた。ワンさんの異能にせまる、それは超速の《寄せ》であった。再び発動してしまったのです。ナボさんの【神殺し】が。
あぁコレは……、《詰み》ですね──。
「帝の慢過慢は浪漫譚」
彼は笑面夜叉と、《殺意をまぶす》。振るわれるかぶりの切っ先が、僕の頭蓋を粉みじん──。
「『№8 不死身の死体。リターン:不死身となり、身体能力が強化される。リスク:触覚が喪失し、体の制御も不可となり、植物状態に移行する』」
それは苦し紛れの現実逃避。明日部の慣れ親しんだ、死と共に逝くランデヴー。
意識が、途絶える……。僕が、死ぬ…………。みんな。あとは、まか、せた────。
僕達は眠れぬ獅子の尾を踏んだ。最強だなんて目でもない、寝不足気味の《最悪》を、覚醒させた。
僕達の────、《仇花 一華》を、キレさせた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!