遊ぶ怪物地獄で笑え。

人を殺した怪物を、あなたは許せますか──。
Uminogi
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チュートリアル

公開日時: 2021年2月22日(月) 20:56
更新日時: 2021年3月1日(月) 05:29
文字数:5,572

****『チュートリアル』****


 ──オ君! ひとつちゃんの声がする。

 ──ナオ君!! ひとつちゃんが呼んでいる。

 

 誰を?

「ナオ君!」

 僕を。


「っは! ぁ、はぁ、はぁ。こ、ここは?」


 目が覚めると。そこは、鮮やかな海が視界いっぱいに広がる、無人の砂浜でした。さざ波が砂を濡らし。太陽光が海面と砂粒に乱反射して、キラキラと、キラキラと。きらめく。


「わかんない。なんにもわかんないよ。目が覚めたら、アタシ達ここにいたの」

 周囲に車椅子はなく。自立することができないひとつちゃんは、岩辺で日向ひなたぼっこに興じる人魚姫の様に、上体だけを器用に起こしています。

 目の前に彼女の胡乱うろんひとみが。無垢なる純情が覗いてきていて。急を要する異常事態だというのにもかかわらず、胸がはやります。


 そして、《だからこそ》気づくのです。《僕たちの身に、なにかが起きた》のだというれっきとした事実を。


「な、なんだこれ!?」

 眼前に、『ひとつ 88』という、謎の文字列が浮かんでいたのです。ちょうど、ひとつちゃんの頭上の位置で。青く発光する奇々怪々が。


 手を伸ばし、その文字に触れてみようと試みますが、てのひらは空を切るばかり。


「ナオ君にも見えているんだね。アタシたちにも同じものが見えているの。君の頭上には、『なおかず 86』の文字が。イッチーも同様に、『いちか 87』と」

 言われてみれば、一華さんの頭上にも同様の文字が浮かび上がっています。


「確かにそれも驚き。でも、一番はやはり、頭についているコレだろ?」

 一華さんが、首を傾け、指をさし。《ピコピコ》と動かして見せます。『いちか 87』の下についている、《耳》を。人ならざる、《耳》を。可愛らしい《狐耳》を。


 まじかよ……。


「なんだろうねぇ、これ。フサフサしていて、触り心地は良いのだけれど。でも、やっぱりなれないよ。ふかしぎー、だよ」

 細長く上向きに伸びている一華さんの狐耳とは打って変わって。奇麗な三角を描く、小さくチョコンとくっついたひとつちゃんの耳は、《狸耳》でした。


 そしてもしやもしやと自身の頭をさすってみれば。……ありました。毛に覆われた、《耳》が。


「《犬耳》だね。それも柴のね。可愛いよん」

 ピコピコ。


 へこたれます。思考回路がオーバーヒート、バーンアウトしちゃいます。

 何に、といいますと。ひとつちゃんと、一華さんの、《かたくなな態度に》。


「ふざけないでください……。一番の驚きは。もっとも重要な懸念事項は」

 触ることのできない謎の文字、ではなく。可愛らしく、古めかしいケモミミでも断じてなく。


「死んだ僕たちが、生き返っていることでしょうに」

「それなー!!」

「返す言葉もない」


 僕たちは死んだ。決定的に、確定的に、自殺した。落ちる身体、震える臓物、めぐる思考と、最後の記憶。《体がぐじゃぐじゃにつぶれる》記憶。覚えているとも、鮮明に。フラッシュバックし、ガタガタと足が震えてしまえるほどに。あれは間違いなく、現実に起きた出来事です。


「ここってじゃあ、死後の世界? にしては、とっても奇麗で、素敵な場所だね。まるで極楽。おかしな話ー。アタシも、イッチーも、ナオ君も。みんな、地獄に落ちてしかるべきなのに」


 僕たちは死んだ。だけれど死には《続き》があった。その正体やいかに、ですね。


「死後の世界……、なんてものを鵜呑みにするよりも。ウチはもっと、別の可能性があるのではと、思ってしまう。たとえばそう──《異世界転生》のような」


「っ!? そんな、非現実、非化学的なことが、本当に起きたっていうんですか!?」


 異世界転生。もちろんその言葉は認知していますとも。僕達の生きてきた世界、地球とは、まったくの別世界へ迷い込んでしまうという、《物語》。

 小説や、アニメの題材。不平不満を抱く現代社会の囚人が、本能的に憧れる、《理想郷》。そう、異世界転生という言葉はあくまでも、《架空》のものなのです。フィクションなのです。その異常現象が、実際に起きたとでも?


「死んだのに生き返っている。それも謎の文字とケモミミっていうオマケ付きで。その事実のほうが、よほど非現実的だろ」

 一華さんの反論。もっともです。異世界転生は、むしろ《わけのわからない》この状況を説明づける。混乱する思考を、仮にでも納得させる、よい言葉選びだと思います。感心します。さすが、《自分をごまかす》すべに、長けているお姉さんです。


「はいはい。じゃあ、異世界転生しちゃったって《こと》にしておこう。いまは、なんで? どうして!? とあわてふためくよりも。一刻も早く、現状を理解することのほうが、よほど有益だもんね。有益で、有意義だもんね」

 さすが最年長。さすが部長。さすがですひとつちゃん。彼女の鶴の一声のおかげで、乱れる僕達の思考が、同じ方角へと向くことができました。 


 僕は今一度、周囲をつぶさに観察します。青が落ちる青の空。雲も汚せぬ見事な快晴。日光がじかに頭皮を焼くので、ジンジンと熱いです。浜辺の先は、島の一つでさえ見通せぬ大海原。ウミネコの鳴き声が耳朶を打ち、その気はないのに、さわやかな心持ちにさせてくれました。


 陸地の方へ向き直ってみると、ジャングルとまではいいませんが、それでも深い森が広がっていて。片鱗すら見せない生物たちの命の音を聞き、故もしらない畏れに圧倒されます。


「とても温暖な気候。五月ってことをかんがみると、かなり赤道付近の場所にいることになるな」

「夏日だね。黒ギャルになっちゃうね。ナオ君ドギマギだね! そんでもって、異世界転生という考察を抜きにしても、ヤバい状況ってことなんだろうね。はてさて、どうしたものか──」


 内職が盛んなひとつちゃん。頭を働かせると、持ち無沙汰になる両手で手遊てずさむ癖があり。立派な砂の宮殿が急ピッチで建城されていくことからも、彼女がかなりの思考速度で打開案を模索しているのが伺いしれます。


「死んだアタシたちが、生き返っている。ケモミミが生えていて、謎の文字が視覚情報をジャックしている。それも、《日本語》で。場所は砂浜、時間帯は正午……。んー、うん。間違いないね。アタシ達のこの状況は、《何者かの思惑が介入》しているね。じゃなきゃ説明できない。説明できないほどに、アタシたちにとって、都合がよすぎる」


《食料》が豊富に取れるであろう、海と、砂浜と、森という好立地。しかも、気候に殺される懸念点がない、穏やかな《温暖》。さらにいえば、《時間帯》にも恵まれています。夜ではないということは、イコールで、得られる情報量と、取るべき選択肢が増えるということに繋がるのですから。


 そもそも論、《僕達》が一緒にいられることこそ、奇跡的で、運命的で、意図的です。


「とんでもなくご都合主義。こうやって悠長にお話しできていること自体が、とってもおかしいよ。間違いなく、《第三者》の仕業だね」仕業というより、おかげ。おかげさまで、マジモードのひとつちゃん。転生および、《召喚》である可能性を示唆しさします。


そしてつまるところ、僕達の《生存》が、誰かに求められているということ。


「どうしてそう言い切れるんだ? ウチらはたまたま異世界転生して、たまたま幸運な状況に恵まれたという──、」

「ないよ。アタシ達に《幸運》だなんて、ありえるはずがないじゃん」


幸運であったのなら、まずもって僕たちはこの場所にいません。きちんと、花壇で死ぬことができていました。不幸中の幸いだなんて嘘八百。不幸中のわざわいだけが、慣れ親しんだ慣用句。


 だからこそ、大いに恐慌きょうこうするであろうこの状況においても、ある程度の冷静さを維持し続けることができているのです。理不尽に対する耐性は、折り紙付きですからね、明日部は。


「アタシ達を転移させた第三者。思惑はらむ超常者。仮にその人を《悪魔》と呼称するとしようかなん」

「神ではなく?」僕の問い。

「神はアタシだ!」さいですか。


「悪魔は意図的にアタシ達を生かした。目的は定かではないけれど。そんな悪魔が与えてくれた、《文字》と《ケモミミ》は、生きるための《手段》。ギフトだと考えるのが、一番妥当なんじゃないのかな?」


 意味なく体を魔改造されたわけではない。ならば、ケモミミと文字には、なにかしら重要な意図が隠されている。それを紐解いていくのが、僕達に課せられたクエストというわけですね。


「だから撫でさせろー。調べるためだからモフらせろー」

 僕と一華さんは頭を差し出し、ひとつちゃんにケモミミを撫でてもらいます。こちょこちょと。もにゅもにゅと。

 うぅ、これは。とても、こそばゆい。全身がゾクゾクします。


「あぅ。神様は、こういう、モフりが、本当に、器用……」

 一華さんが、息も絶え絶えに教えてくれました。火照ほてる彼女の胡乱な表情をみるまでもなく、身をもって体感していますとも。気持ちがよすぎる……。


「えっへんなのだー。こういう話を聞いたことはないかい。盲目の人は、その他の感覚器官がとても敏感だと。なら、足を動かせないアタシはー、手先が器用でも、おかしくないよねー」

 補助本能というよりは。ひとつちゃん従来の特技であり、ただの性癖なのでは?


「ふむふむ、もふもふ。感覚はあるみたいだね。ただ、触るだけでは何も起こらない」

 ようやく解放された僕達は、ドサっと腰を落とします。上気する息と、とろける思考。ヤバすぎる。癖になりそうです。あとでワンモアお願いしましょう。


「……、はぁはぁ。神、様。《耳》であることが、ある種の、鍵になるんじゃ? ひずめでも、くちばしでも、尻尾でもなくて。《ケモミミ》であることが、重要、なんじゃ?」


「たしかにね。何か意味があるのかもね。耳でなければいけなかった理由か……。どうして耳なんだろうね? 舐めたり、くすぐったりするためだけの場所なのに」

「普通に音を聞くためのものでしょう」

「あぁ、盲点。盲点というより、難聴だった」舐めプも追加してもらいましょう。


「そりゃそうだ。音を聞くためのものだ、耳は。でもでも、単純に耳が良くなった、ってなわけじゃあないみたいだね」

 狐、狗、狸。総じて言えるのが、どちらも《聴覚が優れている》ということ。四倍だか、四百倍だかは知りませんが。人間以上であることは、人類の共通認識です。


 しかし。こうしてお話している時もそうですが。波風の音色、木々のゆらめき、自然の息吹、命の合唱を楽しむ限りにおいては、特別いつもよりも聞こえやすいという感覚はありません。現時点ではただのお飾りです。耳飾りです。


「自然な音を聞くための物じゃない。不自然な《音》を聞くための感覚器官。なるほー、だいたい見えてきたよん」

 ニヤリと笑うひとつちゃん。僕と一華さんも、首肯で信頼を表明します。


「アタシはね、この《文字》を見た瞬間、これって、《アレ》みたいだなーって、思ったんだよね。ナオ君なら、分かるんじゃないのかな?」

 彼女は自身の頭上を指さします。『ひとつ 88』。


「《ゲーム》、ですね。それも、RPGでよく見る、名称表記」

 ネームプレート。


【なおかず 勇者 レベル99】みたいな。


「《耳》に意味があるのなら、《文字》にだって意図がある。アタシ達に、《ゲーム》をすればいいと、暗に示している。だなんて、過大解釈がすぎるかなー。でも、試してみる価値はあるね」

 つまり、ひとつちゃんが出した結論とは──。


「エスケープ 設定 ヘルプ Q&A 取り扱い説明 エロイムエッサイム──」

「か、神様?」一華さんの戸惑い。


「おそらくひとつちゃんは、この状況を《ゲーム》に見立てたのです。悪魔が僕達に、《ゲーム》をプレイするよう促していると、予想したのです」


「アクティブ クレジット セーブ リスポーン リセット ぼうけんの書──」


「《不自然な音》こそをケモミミは認識する、ひとつちゃんはそう言いました。不自然な音とはつまり、《人の声》だと予想できますよね。ひとつちゃんは、人の声をケモミミに聞かせることで、何かアクションを起こそうと試みているのです」


僕達がゲームをプレイしているのなら、ゲームの《システム》に、働きかければいいのではと。ケモミミに、特定の《言葉》を聞かせることができれば、ゲームを《進行》することができるのではと。ひとつちゃんは今、その《特定》を探っているのでしょう。


「お役立ち情報 初心者救済 問い合わせフォーム リンクスタート──」


 転生、ケモミミ、ネームプレート。それらを僕たちに施したとされる悪魔が、僕達にゲームをプレイさせようとしているのなら。ひとつちゃんのアプローチは的を外していないはずです。


「んー、わからんなー。アタシだけの知識じゃ、この状況を打破するためのキーが見つからんなー。RPG大好きのナオ君ならなにかわかるかなん? 

いやはや、それにしてもアタシは驚いたよ。今だから言えるけれど。まさかあそこまで、ナオ君がRPGにハマっちゃうとは思わなかったよ。どっぷりと、ずぶずぶに、依存してしまうほどに。

ゲーム中毒は心の病気だっていうけれど。その《心》が希薄きはくだったナオ君にとっては、ゲームの魅力は、精神を維持するための支柱にまで昇華されたというわけだ。病気ではなく、正気。狂ってはいるけれど。

それが今のナオ君なんだね。誰かになれるツール。自分ではない誰かに、慣れるツール。そういった腹積もりで、アタシは《RPG》を渡したものだけれど。ナオ君は立派に。自分の屍を踏み越えて、尺直一になれたっていうわけだ。アタシは君を尊敬するよ。アタシは君に敬意をしめすよ。よくアタシの元まで来てくれた。アタシはとっても嬉しいよん。抱きしめるだけだなんて物足りない。《リアルにチューっと》しちゃえるくらいに。アタシはナオ君を壊してやりたいぜ」




「チュートリアル」と、僕は言う。


──チュートリアルコマンドが実行されました。衝撃にお備えください──。

 

 そうして世界は流転るてんしはじめるのでした。





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