部屋の外に出てみると、天竺が真っ赤に燃えていました。
あちらこちらから人の叫び声と、建物の焼けこげる匂いが届きます。
子供部屋のように乱雑とばらまかれた積み木。瓦礫となった歴史。栄華を極めた花の街は、見るも無残な在り様に──。
扉をガチャリと開いてみれば、天竺が滅んでいたのです。
「塔の周囲で勝鬨を行うことは出来ないけれど。《異能》が使えないわけじゃない。なら、異能を使って街を襲うことは、理論上可能だよねん」
だからといっても……、天竺には、千人規模のプレイヤーが常駐しており。それらのすべてを敵に回すということは、おなじだけの物量が──。
いいや、違います。頭数をそろえなくとも。千人のプレイヤーが敵だったとしても。それを《成せて》しまえる人を、僕は知っている──。
「ナボさんですか」
「ご名答」
目の前の惨劇は、全プレイヤーがこぞって平服せざるをえない、《最強》の仕業であったのです。ならば、次にくる疑問は、いったいなぜ、という動機。
「ナボボはただの戦闘狂。そこに他意はないよ。だからアレは、ナボボではなく、第三者の思惑が介入した結果だというわけさ」
アンが二重スパイであったように。ナボさんもサクリファイス、または新勢力に|与《くみ》していたという可能性も一瞬チラつきますが、すぐさま首を横に振るのです。
否定材料はとくにありません。別種の推論、それがもつ確証が、あまりにも強すぎただけ。
「ゲームマスター、あなたの仕業ですね」
「あはは。なぁーんでわかったのかな」
「この街の運営はあなた一任されている。数ある可能性をシミュレートし、予知している。であれば、《こうなる未来》を予測できていないはずがない。能力で回避できたはずなのです。でも、現実は災厄だ。ならば。この喜劇は、あなたが選んだ世界でしょ」
「根拠は?」
「天目 一ならやりかねない」
「よぉーくわかってらっしゃる」
だってこの景色は、とてもとても。《僕好み》の地獄であったから。おもわず満面の笑みを浮かべてしまうほどの。
「チビアタシが神になろうとする世界線において、天竺が滅ばないという《景色》は、残念なことにシミュレートできなかった。明日部ではサクリファイスに勝てないし。奴さんにはナボボを殺す《秘策》があるから。ならいったん、その《滅び》は受け入れよう。ワンちゃんには悪いけれど、天竺には滅んでもらおう。なぜならアタシは、地獄の《先》が見たかったから。だから、街を守るという名目にさかれるはずだった、貴重な《数時間》をナボボで省略。アタシのものにしてやったのさー」
【因果天賦】の力で、《ナボさんが天竺を滅ぼす》という因果を添付した。だからこそ、サクリファイスは容易に一華さんとひとつちゃんを堕とせたし。ワンさんの能力によって呼び戻されたナボさんが、街を滅ぼすというトンデモを、現実に可能たらしめた。
「つまりアナタのせいで、二人はこんなあり様になってしまったと」
両脇に抱える二つのお団子。
「怒った?」
「萌えた」
「あははー」
許す許さないにかかわらず。ひとつちゃんの《怪物性》に、僕は萌えた。楽しめた。
「で、なにが《視えた》かなんだけれど──」
その言葉の続きは、されど彼の声に遮られました。
「ゲームマスター。やはり貴女のせいだったのネ。まったく、なんということを……」
すすこけ、ボロボロになってしまったワンさんが僕らの元に駆けつけていたのです。
「ごめんねワンちゃん。まぁしゃーないよ。アタシなんかと関わってしまったからいけないんだ。不幸の道を行くことは、当然の結果なんだよ」
「ハァ。もう我からは何もいうまいネ。貴女を仲間にした時から。貴女と世界を滅ぼすという《血盟》を結んだ時から。もう覚悟はできていたしネ」
ワンさんはゲームマスターが大人ひとつちゃんであると知っていて。明日部がいずれ来ることも知っていて。そういった経緯から、あんなにも良くしてくれたのでしょうか。
「それで。貴女はこの惨状に、何を見出した」
「《勝ち筋》さ。サクリファイスは前提。《世界》に勝つための唯一のルート。残念ながら《結末》は遠すぎて見通せないけれど。ま、なんとかなるっしょ。ほんでアタシはしっている。ワンちゃんが《用意》してきた言葉もね」
「尺」
「はい、なんですか」
ワンさんの言葉を僕は真摯に受け止める。それがたとえ、どんな《不運》であったとしても。
「ナボが命令に従わなく。ナボを止めるのに天竺内の全プレイヤーが割かれている今。我のもつ純粋戦力は、アン子女と尺、君だけネ。そしてアンには、我とゲームマスターの防衛を担ってもらわなければいけないヨ。つまり──」
まったく。今はゆっくりしとけと、そう言ってくれたのは貴方ではありませんか。あの優しさは、いったい何だったんですか。我儘な人だ。それでこそ王様だ。
「尺、君には《サクリファイス》を堕としてもらいたい。一人だけでネ」
「そしてこの状況を作り出すための、アタシの【因果天賦】さ。ナオ君、君はなんと答えるの?」
「楽しそうですね」
いつも通りの不幸なら。僕はいつでも楽しいですよ。
「やっぱ好きだなー。んでナオ君、君にお客人だよ」
振り向けばそこには。血の涙を流す、アンが立っていました。
「サクリファイス強い。がんばるのナオ」
そう励ましてくれた彼女は、小さな手でもつ《ソレ》を、僕にくれました。
「どうして目玉?」
アンは自分の右目をくりぬいて、僕にくれたのです。
「ひとつ教えてくれた。うさぎの目は美味しいって。非常食」
「仕上がって来ていますね」
いい調子です。では、そろそろ参るとしましょう。僕の死地へ。明日部と地獄へ。
一緒に遊びに行きましょう、大好きな怪物達と──。
「遊ぶ怪物地獄で笑え」
ひとつちゃんの勝鬨と共に。ワンさんの《香車》で飛ばされます。直一と。
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