****『三人寄らば飛び降り自殺』****
「人を殺してしまった」
──そんな言葉から、僕達の物語は始まりました。
宵闇であることすら分からない黒色。何者も歯牙かけない、無色不透明。そうした僕らの人生に、初めて。
たとえ、仄かな月明かりだったとしても、たしかに。
一筋の光が、差し込んだのです。
意味はなく、意義もなく、何も持たない僕たちに。太陽すらも顔をそむける僕たちに。それでも月だけは、見つけてくれたのです。
人を殺した。そう告白してくれたのは、一つ上のお姉さん。仇花一華。
「奇遇だね。アタシも殺したことがあるよ」
そうのたまうは、二つ上のお姉ちゃん。天目一。
「なら、僕だって殺しています。毎日、毎日」
一番年下の僕。暗い暗いの中学一年生。尺直一。
「ナオ君が殺しているのは、《自分》でしょうに」
ひとつちゃんの鋭い指摘。射抜かれた図星が痛いです。
季節は春。とはいっても夜はとうに更け、冷たい風が頬を薙ぎ。凍えた心を温めるために、僕の膝の上に座るひとつちゃんで暖を取ります。
僕達の部室に温もりはない。なぜなら、校舎の屋上だからです。光源は欠けのない正円の月と、僕が操作する携帯ゲーム機の輝きのみ。
「人を殺してしまった」
涙ながらに訴えかけてくる一華さん。
背は高く、スラッと引き締まった肢体。短く切りそろえられた髪は、精練された刀をも思わせる黄金律。
鋭い眼差しは気高くて、胸を張る立ち姿は儚げで美しい。
どこをどう切り取っても、一級の美術品になってしまう、美人印の一華さん。返り血染まるセーラーが、とてもよく似合っています。
「ゲーセンいった? イッチー、いつも太鼓の超人で、ストレス発散してたじゃん」
ひとつちゃんの詰問に、唇を噛み、震えた声で、首を横に振る一華さん。
「故障中だった」
「あちゃちゃ……」
それはいけない。人を殺してしまってもおかしくない。
「何人?」ひとつちゃんが尋ねます。
「一人と二十人」一華さんが答えます。
「カス、ウチ、どうなると思う?」
直一のカズを取って、カス。僕をそう呼ぶ一華さんは、されど愛称に反して、切実に請てきます。それもそうでしょう。二十一人もの罪あまりなき命を徒花と散らしたのだから。
「しかるべきところに収容されて、しかるべき罰を受けることになるでしょう。二度とまともな人生なんて送れません。まぁ、もとから僕たちの人生、まともなものではありませんが」
「こらこらナオ君、ネガ禁止だよ。《明日部》のルールを思い出せー」
「ただ事実を述べただけです」
覇気のない戯言を並べるひとつちゃんは、《動かすことのできない両足》をさすりながら、椅子にする僕を見上げています。
茶色に染められた髪は、それでもツヤツヤ、朗らかな色香を放っています。垂れた両目と、浮かべる微笑み。対して瞳に光はなく。命をこれっぽちも感じない。
「《せめて明日くらいは生きていようぜ部》、略して明日部。部長はもちアタシー」
まともではない。狂っていて、壊れている。僕もひとつちゃんも一華さんも。そんな三人が。寄る辺のない異端者が。ただ生きたいと願い、生れた居場所。それが《明日部》。
「神様、ウチ、どうしたらいいのかな」
「死ぬしかないのでは?」
一華さんが神様と呼ぶひとつちゃんは、無慈悲にも正解を吐き捨てます。
「イッチーを許してくれるほど、世界は甘くないぜ。徹底的に、国は君という異端を擂るだろう。なぜなら、君のそれは。気味の悪い所業は。歴史の汚点だから」
少年法なんてもののせいで、ろくな死に方もできなくて。一人の少女の命が終わる。
「過去の事例からもわかるよねー。例えば、一般市民を八つ裂きにした《少年N事件》とか。
彼は心的障害の持ち主で、少年法と責任能力の不足っていうダブルパンチで檻に捕らわれず、義憤を燃やす正義の人たちに集団リンチ。植物状態になっちゃったじゃん」
そして少年Nは、被害者、加害者家族全員の同意の元、生命維持装置を外されました。後日、ご遺体が何者かに荒らされ、体の中が空っぽになっていたという後味の悪いオチを残して。
「でも、僕達だけは、一華さんを非難しない。一華さんの苦しみが、僕達にはわかるから」
「その通り。唯一の理解者で無二の愛ー。だからさイッチー」
ひとつちゃんは手を伸ばす。目じりを晴らした一華さんの涙をぬぐう。
「アタシ、イッチーと一緒に死んでもいいぜ?」
一緒に生きようと言ったから。一緒に明日を目指そうと泣いたから。死にたくなったら、一緒に死のう。明日に向かって笑って死のう。それが僕達の出した結論。詰んでしまった物語。
「僕もお供しますよ。魔王も首尾よく倒せたことですし。思い残すことはなにもありません」
「今際の際にゲームの話してんじゃねー。台無しだろうがー。エンドコンテンツも楽しめよーー」
RPGをクリアしたのです。3週目の。
「一つの世界を救ったのだから、ひとつちゃんにとやかく言われる筋合いはありません」
「ふふ。二人とも、ありがとう」
めったに拝めない一華さんの笑顔が見られたのだから。悔いはありません。僕は満足。ようやく始まった僕たちの物語は、屋上の舞台から飛び降りるという結末で幕を閉ざすのです。
「人を殺してしまった」
──そんな言葉で、僕達の物語は終るのです。
「生きる価値のないアタシたちが、生きる意義のある命を殺してしまった」
「だからこそ僕たちは、僕たちをも殺しましょう」
殺して殺めて屠殺しましょう。
背負うべき罪から、逃れるために。
ピョイッと跳躍。
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