遊ぶ怪物地獄で笑え。

人を殺した怪物を、あなたは許せますか──。
Uminogi
Uminogi

半分の半分の半分

公開日時: 2021年3月18日(木) 22:22
文字数:4,660

「ななぎり君、きみはもう、自由だ。僕達のチームに入る必要はない。シカ耳のことを気に掛ける意味もない」

「なにをしていいのかが、わからない。なにをしなければいけないのかも」


 勝鬨を終え、無事勝者となった僕達は、御一行にななぎり君を加え、森を西へ。アンの教えてくれた街を目指しているのです。

 シカ耳は敗北したというのにも関わらず。悔しい素振りすら見せず、あっけからんとした態度で、一人、森の中へ消えていきました。きっと彼は、第二のななぎり君を見つけだし、またしても生きがいである殺戮を唄うのでしょう。我が世の春として。


 それでも僕達は。そんなシカ耳を止める権利など、持ち合わせてはいないのです。僕達は正義の味方ではない。ただの醜き、悪の友なのですから。


 いまはただ、切り刻まれることのなくなった、ななぎり君の解放をよろこぶだけです。


「しないといけないことなんて、もう何もないんだ。だって君は、自由なんだから。だからこれは、ただのアドバイス。《何をしたいのか》を、君は今から、探せばいいんじゃないかな」


「むかしは、切ることが、好きだった。でも、もうわからない。あの人に、なんかいも殺されて。痛いことも、苦しいこともわかったから。もう、だれも、殺したくない。死んでほしくない。がまんする」


 自身の痛みを知れたから、他人の痛みだってわかった。ななぎり君は、もう二度と、我欲のままに人を八つ裂くことはしないのでしょう。痛みを理解してなお、それを《楽しい》などとのたまう、僕ら怪物達とは違って。


 ななぎり君、それこそが正解で、人間なのです。


「ただ、前より《よくなった》ことだけは、わかる。だからぼくは、ありがとうと呈する」

「お礼を言われたいから戦ったんじゃない。お前を殺したいから切ったんだ」


 ここで憎まれ口をたたくあたり、一華さんはお茶目です。


「殺してくれて、ありがとう。おかげでぼくは、前の自分とさよならできた」

「っち」悪態効かず。

 背負うひとつちゃんの「かわぃー」という呟きが聞こえます。


 ななぎり君はやっと死ねたのです。死んで、昔の自分とさよならして。そしてようやく、彼は新たな自分を探す旅に出るのです。少年Nではなく。一人の八重咲七切として。


 若き命の門出を、祝うのが先人の務め。僕はギュッと、彼の手を握ります。


「これは、僕の大好きな人がくれた言葉。『立てる足があるのだったら歩け。歩けるのだったら走れ。まっすぐに、一直線に、地平線の彼方まで』そしたらきっと、いつか、ありのままの君を受け入れてくれる、いい人に出会えるよ。たぶんだけれどね」


「人とかかわるのが、怖い。罪と向き合うのが、おそろしい」

 ななぎり君は子供。けれど、殺人鬼であったことも本当だから。彼は背負わなければいけない。自身の犯した過ちを。それに対する回答を。


「逃ればいい。逃げて、逃げて、逃げまくればいい。逃げた先にも、人は立っているのだから」

 どこまでも道は続いているのなら。逃走経路にだってローマがある。人がいる。

 罪から逃げて屋上から飛び降りて。それでもこうして、ななぎり君に出会えたことですしね。


「だから気が済むまで、走ればいい。勇者にだって、《逃げる》のコマンドは用意されているのだから、なんにも悪いことじゃないんだよ」


「むずかしい。よくわからない」


 今は分からなくても後々、だなんて、無責任なことは言いたくないけれど。それでも。半分の半分の半分くらいでも。僕の気持ちが伝わったらいいなと、そう思う。

 

 だって僕、やっぱし、あの時のひとつちゃんの言葉が、今でも忘れられないくらいなんだし。なにより嬉しかったし。だから、偉そうに語るのです。他人事ではなく、自分事のように。真摯に。


 そして、《その人》とは、けっして僕達ではないのです。だってななぎり君は、人であることを、選べたのだから。人であろうとする子供に、怪物がよりそうのは、野暮ってものです。


 僕達は彼に、幸せになってねと別れてあげることしかできない。それでも今だけは。彼の手をとって、歩きたいと切に願うのです。なぜならななぎり君は。《違った未来の僕》なのだから。


 ひとつちゃんという《怪物》と共に嗤う僕ではない、《勇者》の道を歩むであろう、僕なのだから。慈しみ、愛で、尊み、それでも手放さなければならなくて……。


 だから。いまはただこのひと時を。ギュッと、ギュッと、握りしめ。握りしめ ──。



 



 色んな世界を見たいと語ってくれた、ななぎり君と別れてからしばらく。森でとれた野草やキノコ、木の実に加え、一華さんお手製の罠にかかっていた野ウサギを捌き。《刀》でこしらえた急造の鍋に、小川の水をそそいで、サバイバル飯をクックしています。


 シカ耳の《刀》はどうやら、一度生成すれば消すことはできないようで、今でも僕達が持っているのです。返すひまもくれぬまま、あの人、「シーユー」と、カッコつけてどっかいっちゃいましたし。


《イッチーのバチバチ》の《消せる》、という有効性からも分かる通り、出し消しの自由を取得するのには、相応のパーセンテージを消費してしまうのでしょう。つまりシカ耳は消せないリスクを選んだということですかね。


 まぁ最悪、刀と刀を打ち合わせれば。《どんなものでも切れる》という特性上、相互消滅が可能なので、シカ耳は今まで、自己破壊という方法で生み出した刀を処分していたのでしょうかね。


 そんなこんなで、鍋を熱するための火を皆で囲い、一時の談話に身を任せるのです。


「おかげさまで合計ポイントが113にあがったねー。ま、それでも初期ポイントに比べちゃったら見劣りするけれど。ナオ君のレベルが20になったことを加味すれば、十分に及第点さ」


「ネームドプレイヤーに勝利したのが急成長の要因ですかね。いまではちょっとした超人級ですよ。オリンピア、いいえ、メダリスト並みの身体能力かと」


「勢いでゴリ押すのはもう無理だな。これからは技術で殺……スパーするか」


 の、のぞむところです。とてもではありませんが、今の僕に、この体を操ることなどできないのですから。

 それにしても《遊び人》のレベルアップ速度、すこし見くびっていました。たったの二戦でこれほどの上昇率。すさまじい……。ただ、ロマンは不足しています。賢者とかになりたいなぁ。


「そんなことより、いつまで焦らすつもりなんだ。どうしてウチらは、あのガキに勝てたんだ?」

「あ、イッチーまだ分かってなかったんだ。学校の成績悪いもんねー、脳筋だもんねー」


 一華さんがひとつちゃんの器にウサギの目玉をよそったの、僕は見逃しませんよ。こすいことするなぁ。


「あの時も言った通り、これは本当に簡単なロジックなんだよ。イッチーは考えていたんじゃない? どう計算したって、明日部がななぎり君よりも先に、《七回》切ることなんてできないって」


 どう足掻いても、三人が死ぬまでに、ななぎり君に六撃しか与えられない。僕もそう思っていました。ならば発想の転換。

 今回の勝鬨、勝利条件はあくまでも《八つに分ける》ことであって、《七回切る》ことではない。僕達はその、当たり前の事実を見落としていたのです。


「刀を躱して先に切る? イッチーの身体能力を信じて剣戟を挑む? のんのん、そんなリスキーな作戦に、アタシが《必勝》だなんて、銘うつわけないじゃんね」


 なにせあの時のひとつちゃん、僕の髪の毛を三つ編みにしてしまうほど《思考》したのちに、作戦を立てたのですから。もっとスマートで、もっともっと面白い攻略法であってしかるべき。


「イッチーの身体能力にも頼らず。勝鬨開始時の手札にも祈らず。それでもアタシは、必ず勝つと言った。なら勝負は、《始まる前》から決していたと、言いかえることも出来るよね」


 始まる前、つまり、《試合形式》を決定したときから、すでに明日部は勝っていた。


「人一人を八つ裂きにするのに、七回の斬撃は必要ない。そろそろわかったかな?」

「ウチはあの時、ななぎりを《縦》に切った……。神様は、地面に腰を落とし、低い打点を有効活用して、奴の胴体を横一文字に裂いていた……。つまり、《十字》」


 ななぎり君を、《十字》に切ったのです。物体を十字に切れば、《二回》の入刀で、《四つ》に切り分けられるのは、考えるまでもなく必然。


「ケーキのカットをイメージしてくれればわかりやすいかもねん。でもでも、十字では四つだけだ。まだまだ半分。十字に加えて、斜めに切り分けるにしても、それじゃ追加で《ニ撃》も必要になっちゃうよねー。ショートケーキ理論だけでは、ちっとばかし心もとない」


 斜め切りは計算上では間に合います。初撃で一人落とされても、残りの二人がリカバーできるからです。しかし、誰が左右のどちらを担当すればいいのか分からず。そのせいで数舜の時が奪われてしまい。ミスを犯してしまった時点で、敗北色が濃厚になってしまう、という危険性は当然ながらふくんでいます。


 できることなら、初撃×三人。つまり、最初の逢瀬で片をつけたいところですね。


「さらに大ヒーント。アタシは最初の攻撃で。つまり《三回》で、ななぎりくんを八つにバラしたかった。さて、どのようにすればいいのかなん?」


 まさしく小学生の《算数》です。図形の授業。


「なるほど。たしかあの時、カスはななぎりの《側面》に回り込んでいた。ウチはちょうどななぎりにぶっ殺されていたから見えなかったけれど。《別軸》から、《縦》に切っていたのか」


 その通り。発動したAIはつつがなく、ベストアンサーを示したのです。


「ななぎり君の身体をグラフ上にある図形だと仮定したとして。正面から真っ二つにしたイッチーは《Y軸》の攻撃。横からぶった切ったアタシは《Ⅹ軸》の攻撃。側面、肩側から両断したナオ君は《Z軸》の攻撃だということになるね」


 大ざっぱに言うのなら、《半分》の、《半分》の、《半分》にしたというわけですね。


 二×二×二=八。八つ裂きの完成です。合計三手。ホールケーキで表現するのなら、上側。つまりイチゴ側から《十字》に切断した後。横側、スポンジ側の中心部から、ケーキを上段下段に切り分けるように入刀すると。ケーキななぎり君を八つにバラせるのです。


「まー最短ではないのかもしれないけれど、三手で八つに切れるのだから。ななぎり君よりも三倍速く、八つ裂きにできてしまえるわけだね。相当な事故が起こらない限り、《必勝》は固いっしょ。向こうがこの理論に気づいたらちとヤバかったけれど。《最速の殺人》ではなく、《快楽の殺人者》であったシカ耳が気づけないのは道理。彼にとって、殺人はゲームではなかった。生き甲斐で、死ねる理由でもあった。ならばそこにこそ、《隙》がうまれるというものさ」


 あえて擁護するのなら、ななぎり君という《チート》を手に入れてしまい、慢心していたのでは、と邪推できます。

 それか、ハイスクールのメイトを虐殺した。つまり、学校に何かしらの不満がシカ耳にはあって。そのため学業を思い出す《算数パズル》が、思考から外れていた、とか? 


 まぁ、どうとでもいえますし。どうでもいいです。勝ったのは僕達、それだけが重要です。


「一見不利に見えるけれど、あの条件はアタシ達に絶対的アドバンテージをもたらしていた。アタシは言ったよね。三人で一人の最強だし、《手数》は三倍だって。三手で必勝、だから勝った! アタシかっくいぃー」


「神様が味方で、つくづくよかった。神様だけは、敵に回したくない……」

「同感です」

「んー、勝利の晩餐は美味しぃねー。メシウマだねー」


 目玉、どうやら好物のようですね。

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