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人を殺した怪物を、あなたは許せますか──。
Uminogi
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アタシが父を殺すまで

公開日時: 2021年3月2日(火) 06:40
文字数:6,606

****『アタシが父を殺すまで』****


 アタシの歴史なんてー、たかだか十数年のー、ちっぽけな。なんだよー。でもさー、それでもさー。アタシの全てだから。アタシの知ってることの全部だから。知ったように語る死すー。


 あのねナオ君。のねのねイッチー。人が狂うのに。人が壊れるのに。《キッカケ》なんて、いらないんだよ。アタシの場合、これといったキッカケはなかったぜ。


 アタシはね。アタシという神様はね。アメノマヒトツはね。始まりから、こうだったんだ。壊れていたんだ。暫定的に。決定的に。人間じゃなかった──。

 

 ひと一人が終わるのに、明確な理由なんて、いらない。


《苛烈なイジメ》。《家族からの惨たらしい虐待》。恰好がつくよね、これらの謳い文句は。


 イジメられたから、悪いことをしでかしても仕方がない。虐待されていたから、少しくらい性格に難があっても仕方がない。仕方がないって言えるから、他人はそれが楽なんだ。


 時たま流れるヤバい人のニュースで、《被告人は幼いころ学校でイジメられ不登に。家族からは虐待を受け》だなんてエピソードが流れたら、そりゃそうなるわって、アタシだって思うもん。


 でも、違うよね。ナオ君なら、イッチーなら、分かってくれるよね。

 アタシ達は、そんな理由で終ってしまったわけではない。断じてない。

 

 原因ではあるけれど、要因ではない。発端にはなりうるけれど、末端ではない。


 積み重ねなんだよ。


《壊れている》から、《終わってしまう》。始まりがまともじゃないから、王道を歩めない。


アタシ達はいつも言うよ。《不幸だ!》って。まるで、そういう星の元に生まれてしまったかの如く。だからこそ、こんな人生になっちゃったんだって、言い訳するみたいに。


 そういうことじゃないんだよなー、悲しいことに。

 

 アタシ達は、《生まれたときから壊れていた》から、《壊れた人生》しか、歩めないんだ。

 不幸なのがアタシ達なんじゃなく。アタシ達が、不幸に寄っているんだよ。寄っていて、酔っているんだ。


 壊れているアタシ達は、まともな人生なんて歩めない。だから不幸にかこつけて、イかれた未鋪装の道を闊歩するんだ。するしかないんだ。


しんどいもんね、普通を演じるの。狂人には、狂人の生き方がある。狂人を演じるのも、また狂人なんだよ。


 イジメられて、虐待を受けたから壊れたわけじゃない。壊れているから、イジメられて、虐待を受けるんだ。順序が逆なんだよ、アタシたちの場合は。


 だからなんだろうね。他の物語とは違って、アタシや、イッチーや、ナオ君が、悲劇のヒロインになりきれないのは。不幸な子じゃなくて。不幸の子だから。意味わからんな、アハハー。


 つまるところ、アタシはこう言いたいわけなのさ。壊れてしまったから、殺したんじゃない。壊れていたから、殺したんだ。


 父をね。やさしい、やさしい、大好きな父を。

 

 その前提を胸においといてね。じゃないと、これからするお話が、《そりゃしかたがないことだ》って、言われることになっちゃうもん。それはダメだ。楽だけど、楽しくない。だから許さない。死んだ父が浮かばれなし。殺した父が沈まない。んじゃ、プロローグお終いっと。

 



アタシのお家はね、ほんの少しだけ、貧しかったの。そうだねー、簡単に言えば、《食べるものにも困るぐらい》には。

 

 車上生活者って言うのかなー。つまりだねー、アタシ、小さい時、車がお家だったの。オンボロのムーブで、父と二人で。

 

 木を隠すのは森の中。車を隠すには廃車置き場。山ばかりの田舎という立地も相まって。スクラップに囲まれた父と二人のバンライフに、余人が介入する余地はなかったよん。だからこそ五年間も、そんな生活を続けられたんだろうしね。


 アタシだって当然、小さい時は足だって動いてた。歩けたし、走れた。


 それなのにねー。皮肉にもねー。小さい時の方が、今よりよほど、地に足がついていなかったの。でもでも安心してね。どが付くほどの貧乏人だったけれど、満ち足りていたのは、間違いないことだから。


 時たま日雇いのバイトに出かけては、コンビニ産の食料を買って帰ってくる父と、よく菓子パしていたし。お風呂だって、近所の銭湯で、週に三日は入れてた。 


 偉い人が言うには、人生に必要なのは勇気と想像力、そしてほんの少しのお金だけらしいよ。


 父が持っていたのは、本当に少しだけのお金。想像力と勇気だって、持っていたと思う。


 たとえば、娘を《誘拐》できてしまうくらいには。勇気もあったし、想像する力もあった。


 よくある話。娘に対する虐待が露見して、接見禁止命令が下された。このままでは娘と離れ離れになってしまうため、娘を誘拐。警察から逃げるために、住む場所や銀行口座を手放さなければいけなくて。足がつくことを恐れて、アングラなバイトしかできなくなった。


 ここで一つ訂正。虐待と言っても、父は別に、アタシに乱暴することはなかったよ。ただ単純に、家を数日留守にしたり、こども園に行かせなかったり。そういうことがたびたびあっただけ。俗に言うネグレクトってやつ。《何もしない虐待》。


 それで一回死にかけて、父がアタシを抱えて病院に連れてって、そのままはいお縄ーってなかんじ。

 

 サイテーなのは変わらないか。でも、父は若かったから。若すぎたから、子育ての仕方が分からなかったんだよ。なにせアタシが十歳の時、父はまだ二十四歳だったんだもの。


 今のアタシと同じ歳で、アタシを作った。子供が子供を、孕ませたんだ。


 父は子育ての仕方がわからなかっただけ。愛する方法を知らなかっただけ。アタシのことが、嫌いだったわけじゃない。だからこそ、離れ行く娘の手を、彼は掴みとれたんだ。


 我が父ながらかっこいいよ。ほんとうに。


 どうしてサイテーな父を必死にフォローしているのって? 当然じゃん。だって今でも、大好きなんだもん。ファザコンってやつ。


 父とのバンライフは五年間続いた。と言うことは、《五年目で終わった》。千切れかけの吊り橋を渡るような生活、そう長くは続かないものさ。ストックホルムの女神様も、流石に見限る。


 終わりとは往々にして呆気ないもの。父がいつものように廃車置き場に帰ってくると、アタシの姿が見当たらない。あれれー、どこだどこだー、と見渡してみれば、そこにはいた──。


 《野良猫を踏み殺している》アタシがね。


 いやぁとちったなー、あの時は。だって彼、その日に限って早番してきちゃうんだもん。いつもなら父が帰ってくるまでに、《後片付け》出来ていたはずなのにー。


 後で知った話だけれど、どうやらその日、アタシの誕生日だったみたいで。あの人、似合わないショートケーキなんて買ってきたりしちゃって。


 イチゴが潰れるのと、猫の頭が潰れるのが重なって、何が何やら。


 芋づる式に今まで殺してきた動物の死体置き場も見つかっちゃって。アタシってば、その日初めて、父に怒られちゃったよ。こっぴどく、怒鳴り散らされちゃったよ。


 ごめんなさいと涙するアタシの頭を撫でつけて、父は言った。『ひとつがこうなったのは、自分に責任がある』って。

 娯楽の少ない空間に閉じ込めて。まともな教育も施せなくて。だからこそ、心ない所業をアタシはしでかしてしまったんだって。またしても父は、娘をネグレクトしていたんだって。

 そして父はこうも言った。《このままではいけない》。《このままではいつか人を殺してしまう》と。至らない自分のせいで。娘が殺人鬼になってしまうと。

 だからちがうっちゅーねん。


 アタシが動物を殺すのに、父の教育方針は関係ない。たとえ貴族の生まれだったとしても、アタシはアタシだった。そう断言できるのに。

 

 なんて言うのかなー、アタシはねー、人を《支配》したいなーって欲望が、人一倍強くて。常軌をほんの大きく、逸していたの。産声を上げた、その時、その瞬間から。


 え? 知ってた? あははー。


 支配したい。周囲のもの全部を、隷属したい。底も見通せないほどの支配欲は、アタシを昂らせた。文字通りの、アタシにとっての性欲、性癖だったのさ。


 でも、アタシは子供だったから。支配できる対象は、小動物ぐらいで。餌付けできるほどの食料はなかったから、殺すしか欲望を満たす方法がなくて。 


アタシの猟奇に、父の不出来は関係なかったのさ。それにねー、父はその対象がいつか《人》に向くことを危惧していたみたいだけれど。 


 馬鹿だよねー。アタシはとっくの昔に、人間の支配権を手にしていたというのに。


 もうおわかり? そうさアタシは、《父》を支配していたのさ。

 アタシは言ったよね、『父はアタシの手を掴み取った』と。つまりだ。アタシは父に、《手を差し伸ばした》ことになる。


 今でも鮮明に覚えているよん。接見禁止命令が下され、絶望一色に染まった父の、死人のような表情を。子供ながらに、娘ながらに、可哀そうだと同情したものさ。


 そしてアタシはこうも思った。ここで救いの手を指し示せば、父は必ず掴み取る。アタシを誘拐することをほのめかせば、抗えるはずがないと。もしそうなれば、父はその後の人生すべてを尽くして、《アタシのため》に生きてくれるだろうってね。


アタシは父の心を、《支配》できるだろうと、そう踏んだのさ。


 結果は話した通り。上首尾に父はアタシの支配下にくだった。アタシのために生きる奴隷になった。だからこそ、主人であるアタシは、父を手放したくなかった。


 それなのに──。


 父の決意は固かった。彼はアタシに、まともな教育を受けさせようとしたの。バンライフに見切りをつけて、今からでも学校に通わせようとしたの。アタシがどれほど説得しても、父は意見を曲げてくれなかった。ぬるま湯のような幸せを放棄する道を、父は選んだの。娘のために。


 たとえ自分が逮捕されることになったとしても。『それでもいい』と、悲しそうに笑ってた。


 いやぁー泣いたね。悲しかったね。《アタシのことを何も理解していない》父に、腹が立ったね。


 父は若すぎた。アタシと言う《化け物》を相手取るための、あらゆる全てが足りていなかった。心が通じ合わない。ネグレクトが加速する──。


アタシと共に眠ると言うことの危険性を、父はまったくもって分かっていなかった。

 アタシは父との生活を守るために、あらゆる手を尽くして、父を拘束した。


 ロープや衣服で手足を縛り、金具で全身を固定し、父の自由を《支配》した。食事と排泄を管理し、自慰を掌握し、父の権利を《支配》した。


 そんな生活は冬で終わった。理由は単純、冬に《採れる食べ物》がなかったから。山は枯れ、動物は眠り、町へ降りる道も知らなくて、食べ物を買うお金もない。貧乏人は冬を越せない。


 身動きの取れない父と、食べ物が獲れないアタシは飢えるしかなく。車の中で餓死寸前。


 辛かったなー。苦しかったなー。いろんな死に様があるけれど、餓死だけはごめんだよ。気が朦朧もうろうとして、イライラが止まらなくなって、窓ガラスに何度も何度も頭を打ちつけて。


 バン、バン、バンって。んー、この話は面白くないから、やめとこ。 


 そしてアタシは気づくの。このままでは死んでしまうと。いいや、それだけじゃー言葉が足りないね。《このままでは、父より先にアタシが死ぬ》ということに、アタシは気づいたの。


 父の方が、脂肪が多いから、体の小さなアタシが先に死ぬ。学のなかったアタシでも、そのことだけはわかった。


 それはいけない。死ぬのは百歩譲って認めても、父より先に死ぬのはいけない。だってそれじゃー、父の支配を手放すことになるんだもん。そんなの、アタシの《怪物》が許すはずない。


 なのに。どう足掻いたって、死の運命からは逃れられない。腹が減っては死ぬ。動物でなくても知ってる摂理せつり


 ピッコーン! 


 そこでアタシは閃いちゃったのさ。とってもナイスなアイデアをね。父の支配を手放さないまま、アタシが父より長く生き永らえる方法。今まで動物にしていたことの焼き直し。


《父を殺せば、父より長く生きられる》──。


 なーんて嘘嘘。ドン引かないでよー。さすがにそこまで、アタシは堕ちていないよん。まー結果的に見れば、アタシは父を殺したことになるんだろうけれどね。


 アタシはね、《食べ物》を見つけたの。近場に。身近に。身内のね。


 ナオ君鈍感ー。まーだ気づかないの? ここドン引きポイントだよー?


《アタシは、父を食べた》。そうすることで、飢餓うえを抜け出すことができるから。それに、大好きな人を食べるって、想像しうる支配の中で、もっともお熱なものだとは思わない?


 って、へーきな顔して話しているけれど、もう一度人の肉を食べろって言われたら、ちょっち抵抗あるよねー、さすがに。


 あの時は、飢餓状態だったってこともあって、そうとうイってたんだと思うよん。アンやイッチーの暴走モードみたいに。ウガーッて。


結論を速めるね。アタシは、《父の喉笛》を噛みちぎった。ムシャムシャ。


 チビのアタシは動脈が人体の弱点だなんて知らなかったから。一番皮膚が薄そうな首に喰らい付いたわけだけれど。いやー、最悪のチョイスじゃんね。


 アタシのアギトは、父の動脈すらも、どうやら噛み切ってしまったようで。殺すつもりなんて、ことさらなかったのに。血が止まらなくて。止まらなくて。止まらなくて。ドバ、ドババ、ドババババって。狭い車内に、むせるほどの血の匂いが充満して。


 そしてようやく、アタシは気づくの。


《父が死ぬ》ということに。これまで殺してきた動物たちと同じように、死んでしまうんだって。アタシ、何を思ったのかなー。その時、父の拘束を解いてしまったの。


 ひょっとしたら、最後にもう一度だけ、父に抱きしめてほしかったのかもしれないね。


 でも、そんなの叶うわけがないよね。父からすれば、アタシは自分を数か月もの間拘束して。しまいには致命傷を与えてきた張本人なわけで。


 父はパニックになって。アタシを殴って、蹴って、殴って。


 そこからのことは、よく覚えてない。


 なんとか車から逃げ出して。必死に駆け出して。


 怖いよーと、恐ろしいよーと。

 死にたくないーって。父に嫌われたくないーって。


 アタシはその時、恐怖に《支配》されていたんだと思うんだ。皮肉がすぎるよ、さすがにね。あ、べつに父の皮の肉とはかけていないよん。奥歯に詰まっていただけ。


 父は最後の抵抗に、ムーブをムーブさせた。

 アハハー、しょうもなー。


 父はこれまで暮らしてきた我が家で。車で。アタシを跳ね飛ばしたんだ。後ろから、バンと。


 アタシは今でも父のことが大好きだけれど。たぶん、父と娘の関係は、その時終わったんだ。だからアタシも、父のことを、二度とパパって呼ばない。呼べない。


 そしてごらんのとおり、下半身麻痺の出来上がりー。レシピだそうか?


 父の車は暴走し、猛スピードで谷底へ突っ込んで、ドカンと爆発四散。

 アタシとしては車動かせたんかい! ってツッコみたかったところだけれど。

 轢かれて死にかけて、それどころじゃなくて。爆発音を聞きつけた近所の人に発見されて、今に至るというわけさ。


 父は誘拐と殺人未遂の汚名を被せられて。アタシはしかるべき機関へ隷属された。


 適度にイジメられて、適度に地獄を見た。現実逃避のために、手札の全てを支配できる、TCGにのめり込んだりしたね。対戦相手なんていやしないのに。あははー、馬鹿だー。


 これが、アタシの全てだよ。どうだい? 面白いだろ。面白くて、滑稽こっけいで、みじめだろ。


 アタシは、育った環境のせいでアタシになったわけじゃない。初めから化け物だったから、怪物じみた生き方しか、できなかったんだ。王者が王道を行くように。邪悪は邪道を歩むまで!


これがアタシという化け物の前日談さ。


 エピローグはほんの少しだけ。アタシは、ナオ君と、イッチーと出会うことで、今では《支配欲》を満たせているぜ。


 昔のような絶対的支配はさすがにもうこりごり。今はゆるーく、《狂依存的支配》を謳歌しているさ。


 ナオ君も、イッチーも、アタシのこと好きすぎるんだもん。別にアタシが何かしなくても、性欲はつつがなく満たされて、アタシとっても気持ちいいよん。


 そんなアタシの将来の夢はー、一つの世界を、支配すること! 野望は大きく持たなくちゃね。それでは、お終いお終いなのさー。


 んー。オチがないなー。しまらないなー。それではここいらでひとつ、面白いことでも言って、お後をよろしくしておこうかなん♪ 


 アタシねー、今ねー、とってもとても──。




 お腹がすいているぜ!


「「笑えねえよ」」

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