****『クエスト』****
「はっくしょん!」
くしゃみを一つ。
「風でも引いたのか?」
「んやー、《誰彼噂》のリスクがやってきたんでしょ」
つまり僕は、だれかに噂話をされたのですか……。容疑者、アンしかいないじゃん。
そんな僕たちは、日暮れた夜に落ちる、暖かな焚火を囲い、晩御飯にありついています。
場所は先と同じく砂浜。アンと別れたのち、彼女の話してくれた《森の先》に行ってみようかという話も上がったのですが。寝床と食料、そして安全性の確保を一番に考えた場合、早朝から行動を開始するべきだという判断に落ち着いたのです。
「それにしてもイッチーはさすがだねぇ。まさか素潜りの才能があっただなんて」
「出来ることと才能のあるなしは関係ない。ウチのはただの経験則。小さいころ、修行の一環で、よく父に無人島へ武者修行に連れていかれていたんだ」
次元が違いますね。
一華さんの父は、格闘技の造詣が浅い僕でさえ、名前を聞いたことがあるほどの有名格闘家なのです。それゆえに、子への教育は熾烈を極めていたということなのでしょう。火を起こしてくれたのも、海の幸を多量に獲って来てくれたのも、一華さん。
「魚の方はさすがに無理だったけれど。ここの近海、貝類が沢山生息していて助かった」
アワビなのか、サザエなのか、素人の僕には分かりかねますが。二枚貝や巻貝などの、多種多様な貝が炎で炙り踊っています。食べられないのが残念で仕方ありません。なにせ《腹鼓》のリスクで、二日はご飯が喉を通らないのですから。なかなかにきついリスクでしたね……。
「イッチーは《幽体同離脱》のリスクでしばらくの間、寝ることが出来ないから、夜中の見張りはまかせたよん」
「まかされた」
ひとつちゃんの異能、リスクは大まかに分別するとおよそ二種類。一つは、《イッチーのバチバチ》や、《起死回死》、《お手》のような、《使用と同時》に背負うリスク。つまり、《勝鬨内のみに作用するリスク》です。
そして二つ目が、《誰彼噂》、《腹鼓》、《糸車》のような、《勝鬨外に作用するリスク》。後者は、リスクが戦闘に対して不利に働くことはありません。一見優秀そうだなと捉えることも出来ますが、その反面、癖の強いリスクが多いのが特徴です。《糸車》の、《手作りのマフラーをプレゼントしなければならない》とかその特徴が顕著に表れています。死ぬほど面倒くさいですね。
アンの二つ名を考えるのと並立して、作っていくしかないでしょう。
「それにしてもさー、つくづくこの世界って、《ゲーム》なんだねー」
一華さんに膝枕させているひとつちゃんが、《視界に映し出されたモニター》を、指で操作しながら、そんな感慨を呟きました。
僕と一華さんも、コマンドで視覚情報を彼女と共有し、同一のモニター画面を見ています。
「『《始まりの浜辺》。新規プレイヤーが召喚される場所の一つ。危険性の少ない海と隣接しており、拠点を築くことや、食料を調達するのが容易』、だってさー。もう完全に、ゲームの《設定》じゃん。面白そうじゃーん」
コマンド《地図》を使用し、ひとつちゃんが眼前にアスアヴニールの簡易マップを表示しているのです。地図はまさしくゲームの様に、僕達の周辺のみを図示しており。森の先や、アンの話てくれた《街》はアンノウンの文字に隠されています。
おそらく、僕達自身が散策した場所にしか、地図は反映してくれないのでしょう。自分自身の目で探れ。そう促しているのです。
「『《試練の森》。広大かつ複雑な立地を形成しており、プレイヤーの方向感覚を狂わす。低ポイントプレイヤーたちの温床となっており、この森を抜けられるかどうかが、初心者脱出の鍵となっている』だってさー。あれれ? 《街に行く》って、結構難易度高そう?」
眼前に見えている森は、試練の森という名前なのですか。いかにもゲームっぽいですね。
「僕のレベル、アンとの戦闘でかなり上がりました。今は《10》です。未開へのアタックは十全かと」
【なおかず あそびにん レベル10】
レベル間の比率としては、普段の僕が1。運動神経が抜群の中一が5。そして超中学生級のアスリートの卵が10ぐらいですかね。
かなりの飛躍、躍進です。見ている景色がガラリと変わり、心なしか肉体も筋肉質になっています。唐突な身体能力の向上に戸惑う気持ちもありますが。全能感がドバドバとの脳髄を舐めているので、気にはなりません。
「本当は、もうちょっとローペースでレベルアップしていくんだろうけれど。アンが初めての敵ってこともあっただろうし。なおかつ《遊び人》の特徴が大きいんだろうね」
レベルアップしやすくなるのが、僕の職業の特徴なのです。
「なら、ウチとのスパーにも耐えられそうだな」
「マスにしてくださいせめて」
「明日からみっちりトレーニングしていこう」
「……お手柔らかに」
強くなるためにはやぶさかではありません。痛いのは嫌ですが、一華さんに殴られるのは悪くありませんし。
「この貝うま! はむはむ。んー♪ 最高! バターが欲しい所だけれど、海水が効いていてこれはこれで。それでいて皆よ。そろそろ真面目な話をするけれど、いいかな?」
「どうぞです」
「《街》を目指して、森を西征するのは間違いないにしても、ひとまずは《方針》をまとめるべきだとおもうんだなー。方針とはつまり、この世界、アスアヴニールにおける、《ゲーム》の楽しみ方さ」
ただ闇雲にプレイするのではなく。明日部として、どう楽しむのか。
「僕はとりあえず、三人で楽しいことができれば、それでいいです」
「ウチも……、人を殺。殴れるのなら」
「アタシも異議なしよん。つまり、《アスアヴニールからの脱出》は視野から外していいってわけだ」
基本的に僕のスタンスは揺るぎません。明日部と一緒にいられるのなら、場所は関係ないのです。一方一華さんは、《元の世界》で生きることが不可能になってしまった。そのせいで自殺までしたのですから、アスアヴニール内でしか、現時点では生存を許されていない。なら、この世界に留まり続けるのは道理。帰る方法なんて知らなくていいです。
「だとすると、アタシたちはアスアヴニールのことを、もっと深く知らなければいけないよね」
いまだ明日部は、この世界についての一端にしか触れていないのだから。
「第一に、なぜ《アス島に来てしまったのか》。死後の世界なのか、異世界転生なのかは分からないけれど、とにかくアタシ達は死んで、この世界に来てしまった。その理屈がいまだに分からない。第二に、《悪魔の目的は何か》。プレイヤーに異能を与え、殺し合わせている目的は? ゲームを行っている意義は? それが分からないままでは、腑が落ちないよ」
「ウチはほかにも、《プレイヤー》の選出基準も気になるところ。アンと明日部の共通点は、子供であることと、まともな倫理観が欠如していることがあげられるけれど。なら、他のプレイヤーはどうなるのか。悪魔は何をもって、ウチらを選んだのか」
殺し合いを演じた後に、友好を約束できる倫理が、まともなものでないのは僕でもわかります。ではなぜ、そんな僕達が選出されたのか。
「細かいことですが、最初の所持ポイント数にも疑問符です。一華さんが87。ひとつちゃんが88。僕が86。数字が近いため、違和感はありませんでしたが。統一されていないのは不自然ですよね。年齢を表しているのなら、数字が大きすぎる気もしますし」
「公平、公平って謳っておきながら、かなーり不平等気味なのも気になるよね。だってこのゲーム、先駆者有利なのは間違いないもん。そんなことはどのゲームにも言えることだから、文句は言わないけれど。どうしてプレイヤーの参戦期間にズレが生じているのかは気がかりだぜ」
異能力は他者と同じものにできない。つまり早い者勝ち。僕らはすんなり申請が通ったから良かったですが、初期段階で引っかかってしまう人は多そうです。それに、始める時間が違うということは、イコールで、成長するために得られる時間が違うということに繋がるのです。
「ゲームにしてはかなり不親切な作りですよね、この世界。僕達は、たまたまチュートリアルコマンドを発動できたから、あまり困惑することはありませんでしたけれど。あんなの、一生かかっても発見できない人がいたって、なんらおかしくないですよ。ゲーム性以前の問題、ゲームがそもそも始まらないのは大問題です。炎上不可避です。中古屋にソフトが並びます」
アンがいたからこそ異能も決められましたし、ケモミミのコマンドも、不自由なく扱えているのが現状なのです。スタートラインに立つまでの難易度調整が崩壊していますよね。ここまで《楽しそう》なゲームを作った運営が、そうした不親切な仕様にするとは考えられません。
「妄想みたいなものだけれど、その《不親切》には、なんらかの意味があるのかもねー」
「話が本筋から外れてきているぞ。たしかにそれらも気になるけれど。一番は、どういう原理で、《異能》だなんて超常が可能になっているのか。どういう理屈でリスポーンが可能になっているのか。アスアヴニールとは、つまりいったい何なのか、だろ」
「んじゃー、明日部の第一目標は、それらの《謎》を紐解いてくってことにしようかなん」
「了解です」
「承知した」
「そしてそのためには、多量のポイントが必要になっちゃうんだなー、これが。なにせ、アタシたちの抱えている謎は、《ギフト》で得られる可能性が、非常に高いから」
今になってオールインを悔やむことはありませんが、相当な出遅れであることは自明の理。
ポイント獲得数に応じて得られるというギフトが、異能力の向上でないとするのなら。不親切なほどにひた隠しにされている、この世界の《謎》の開示であると考察することができるのです。アス島は言っているのです。《知りたければ勝て》と。《楽しみたければ殺せ》と。
【クエスト1 アスアヴニールの謎を解明しろ】。
『なぜアスアヴニールに来られたのか』
『なぜ悪魔はデスゲームを執り行っているのか』
『なぜ明日部がプレイヤーに選ばれたのか。他のプレイヤーとの共通点は何か』
『なぜプレイヤーの初期ポイント数が微妙に違うのか』
『なぜゲームの開始期間が、プレイヤー同士でまちまちなのか』
『なぜシステムがゲームとしてはかなり破綻しているのか』
『なぜ、生き返ったり、異能力が使えたり、ケモミミが生えていたり、謎の文字が見えていたりするのか』
『アスアヴニールとは何なのか』
【クエスト2 試練の森を突破し、街にたどり着け】
【クエスト3 *重要 アンの二つ名を考え、手作りのマフラーを完成させろ】
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