「勝鬨に俺たちが負ければ、ナナギリを解放しなければならない。その条件だけでは、三十倍以上のポイント差を埋めるハンデとしては不足らしい。ガールズ、なにか提案はあるか?」
「なら、勝鬨の勝利条件と、能力の使用方法についてアタシ達が定めてもいいかなん?」
ハンデの如何をひとつちゃんが訊ね、シカ耳が承認します。
「勝利条件は敵を先に《八つ裂き》にした方が勝ち。加えて、君の《刀》をアタシたちにも貸し出して欲しい。一人一振り、合計三本。そんなところでどうかなー」
「やけに細かなハンデ。さては何か策があるな。まぁいいだろう。それを蹴散らしてこその快楽だ」
不敵に笑うシカ耳は、言うやいなや、抜身の刀を手渡してくれました。太刀未満の小ぶりな刀身と言えども、それでも鋼の塊であるはずなのに。不思議と重さは感じません。
「あははー、どうだろうね。ほんで、これはアタシからの提案なんだけれどー、もしもアタシたちが勝ったら、君らのポイント全部ちょーだい?」
さすが抜け目ないひとつちゃん。
「強欲は身を滅ぼす。せっかく釣り合った条件を、再び崩す愚行だ」
「なら、明日部をくれてやります。僕らが負けたら、僕らの全部、貴方の物だ」
楽しそうなのがこの未来。迷うことなくベッドしますとも。
「ふむ。俺の総ポイントとナナギリの所有権に対し、ガールズ三人の命。天秤は釣り合うか……。いいだろう、ちょうど新たな玩具が欲しかったところだ。その条件をのもう。忠言するようだが、勝鬨を介した交渉は絶対順守。負けてから話を鞍代えしても、無為なことだが」
「いうに及ばず。ウチらに二言はない」
では、勝鬨を始めましょう。
──《勝鬨》可能。開始するためには、《チーム名》と、《勝利時のポイント譲渡数》、《試合形式》。最後に《思いの丈》を述べてください──。
「チーム名《クレマチス》。ポイント譲渡数オールイン。試合形式は、先に戦場の全プレイヤーを八つに分解できた方の勝利。なお、この勝負にクレマチスが敗北した場合、《ナナギリ》をチームから追放する。当方が勝利した場合、《明日部》全員がクレマチスの奴隷となる。最後に述べるはただ一言──、八つ裂かれる叫びを噛んでやろう」
ひとつちゃんの祝詞があがろうとする数舜、僕は思考の海に潜ります。彼女はいったいどのようにして、自他共に認めるななぎり君という《強敵》を、くだそうと言うのでしょうか。
彼らの強さは言うまでもなく、その《明瞭さ》こそにあります。一度の斬撃のみで、人を八つ裂きにすることが可能。避けるにしたって、一つのミスで即ゲームセットに繋がる絶対。これと言った弱点もなく、さらに言えば一華さんの《天敵》でもあるのですから。
シカ耳の生み出した刀は、それが物理なら《どんなものでも切る》ことが可能。ひとつちゃんの視覚情報のみに存在しているカードならいざ知らず。一華さんの虎狐は攻撃を防ぐための物理的な《盾》。虎狐で生み出した太鼓面は、銃弾でさえ防ぐことができましたが、《最強の防御力》を誇っているわけではありません。ならばこそ、奴さんの《絶対》に対抗できず、矛盾は生じず、八つ裂かれてしまうことになるのです。
つまり、一華さんの能力の無力化に等しく。ななぎり君の前では、ただの喧嘩が超強いお姉さんに成り下がってしまうのです。まさしく天敵。
であれば、戦闘開始時の持ち手札に賭ける? あり得ません。明日部は《運ゲー》なんて不確定なことに、命をかけられるほど死んではいません。
無為なギャンブルは思考停止に等しく、それは楽しくないから。机の上で遊ぶからこそ、しょせん運ゲーだと、笑えるのです。
だというのに。ひとつちゃんは試合形式を奴さんの《土俵》に設定した。あまつさえ、先に敵チーム全員を八つ裂きにした方が勝ちだなんて、《不利》を背負った。
明日部が戦うべき敵はななぎり君一人だけ。パズルゲームという性質上、シカ耳は戦場に立てないからです。ならば、実質一対三人という形態になり、明日部が有利にも見えますが。
僕たちがななぎり君を討つのに必要な手数は七回の斬撃。対するななぎり君はたったの《三手》でこと足りるのです。彼はただの一撃で、人一人を切り捨てることができるのですから。
仮に僕たちとななぎり君が同時に刀を振るえたとして。初撃で明日部は彼を三度切れます。が、同時に一人が墜とされ、続く次撃で残るのは二裂。そしてまた一人が墜とされ、最後の一撃。合計の手数は六撃で、あと一手が届かない。
けれども、アスアヴニールのシステムはそれを《良し》としました。勝鬨の開始が認められたのですから、不利なはずのこの条件を《対等》と見なしたのです。
いったいなぜ? ひとつちゃんはどのような作戦を立てた? なにをもって、《勝てる》と思った?
「なーんにも難しいことじゃないんだよなー。こんな《必勝》、小学生だって分かるよん。ナオ君、アタシをななぎり君の目の前におろすんだ」
指示に従い、背負う彼女を地におとします。
「イッチー、試合が始まったら、すかさずななぎり君を、正面から《縦》に両断してね。なお君はそうだねー、《AI》でも使っとけー。以上、作戦終了」
そうした僕の不安を払い除けるかのような、ひとつちゃんの軽やかな声音。だけれどその腑抜けた口調こそが、彼女にとっての、筋金入りのマジだと理解しているからこそ。僕も一華さんも「「了解」」とにべもなく頷けるのです。
それは信頼ではない。信仰なのです。
「チーム名《明日部》。ポイント譲渡数オールイン。試合形式異議ないよん。ではではー、八つ裂く君を舐めてやる」
──以上をもって勝鬨とし、《殺し合い》を開始します──。
すかさず一華さんが縦に裂く。ひとつちゃんが彼を横に切る。僕はAIを行使する。
以上をもちまして、勝鬨の|勝者《ウィナー》は《明日部》となりました。
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