「まぁ確かに事の発端は、恭之介君が転生の間に来たことよ」
リリアサは、人差し指を立てながら、飄々と話し始めた。
クビになったという悲壮感は微塵も感じない。
「状況だけで言えば、転生の間への不法侵入。もっとも、時空を斬って自力で転生の間に入るなんて、普通はやろうと思ってもできるわけがないんだけど」
「時空を斬るか……恭之介、やはり君は規格外の男だな」
「そう、恭之介君は本当にすごいのよ」
レンドリックとリリアサがこちらを向いて、何故か誇らしげに言う。
「まぁ不法侵入だから、本来なら過去の事例と同じように罰を与えて強制退去させなければならなかったの」
「ちなみに罰とはどんなものだったのですか?」
「聞きたい?ふふ、聞けば今の状況に心底安心するわよ~」
「そんなひどい罰なんですか」
「そうね、能力値リセットされて、凶暴で強力な化け物ばかりいる世界へ転生。その世界で、再生能力だけやたらと高い醜悪な虫になって、何度も何度も化け物に蹂躙される。そんな一生を過ごすのよ」
「うわぁ……」
ドン引きである。完全な地獄ではないか。単に命を絶てば良いと考えていたが、そんな軽い罪ではなかったのだ。
「でも私はそれをしなかった」
「なぜですか?」
「だって、恭之介君、面白そうだったんだもの」
「えぇ……」
「まぁわかる。こんな男が現れたら、僕でもそうするだろうな」
「でしょ?そのままスルーするには惜しすぎる逸材よね」
妙なところで意気投合している二人に少し不安になる。
「恭之介君の話を聞けば、何の悪意もなく、本当に偶然転生の間にたどり着いてしまった。人間性にも思想にも全く問題がない。さすがに過去の例と合わせて、杓子定規に罪を与えるのは可哀想と思ったわけよ」
「そうでしたか。リリアサさんのおかげで救われました。本当にありがとうございます」
恭之介は深々と頭を下げた。
リリアサの気持ち次第では、虫になって無間地獄を味わっていたと思うと、感謝しかない。
「いいのいいの。私がやりたくてやったんだから」
「だがそのせいで、あなたが時の魔女をクビになってしまったのだな」
「う~ん……それはまたちょっと違うのよね」
「他に理由があるのか?」
リリアサはその先を言うかどうか少し迷っているようにも見える。
「まぁいいわ、話しましょう。多分ね、上にちゃんと事情を話して、恭之介君の転生先を操作せず、ランダムに転生させるだけなら、大丈夫だったと思うのよね」
「どういうことだ?」
「要はね、恭之介君をこの世界に送り込んだのは、完全に狙ってやったことなの。ランダムじゃなく、私が意図して、ここに転移させた」
「恭之介がここに現れたのは、君の意志だったのか」
「そうよ。私は恭之介君の力を惜しいと思ったし、彼が抱く願いも何とかしてあげたいと思ったの。そして、ここなら恭之介君の力が役に立つと思ったってわけ」
「なるほど……窮地に陥っていたこの村に、あまりにも良いタイミングで恭之介が現れた。それはやはり、あなたのおかげだったのだな。このオールビー・レンドリック、リリアサ殿に心の底から感謝する」
テーブルに手をつき、レンドリックが深く頭を下げた。
「そんな仰々しいお礼なんていらないわ。たまたまだから」
「それでもおかげでこの村は救われた」
「ですって、恭之介君。あなたの力が役に立って良かったわね」
「はい。でも一番はリリアサさんのおかげです」
「ふふ、そこまで言われると、私も嬉しいわ。やった甲斐があったわね」
リリアサも満更ではなさそうだ。
「だが、そのせいで君がクビになってしまった。できる限りのことはさせて欲しい」
「いいのよいいのよ。クビになった最終的な決め手は、私が勝手にギフトをあげたことだから」
「え?」
「あ」
リリアサが口に手を当てる。
「どういうことですか?」
「ふふふ、こうなったらもう正直に全部話しましょう」
リリアサは開き直ったように満面の笑みを見せる。
「恭之介君の転移先を勝手に決めても、クビにはならなかった。ツーアウトだけど、まぁギリギリセーフってとこね。だけど私、恭之介君に言語能力のギフトあげちゃったでしょ?あれでスリーアウト」
「じゃあやっぱり私のせいじゃないですか……あ、でもあのときリリアサさん、ギフトの取得を私にすごい薦めてきましたよね。自分の身の危険を顧みず、私のためにあそこまでやってくれたんですか。重ね重ね、ありがとうございます」
「……恭之介君は本当にいい子ね」
目を細めて、菩薩のような表情でこちらを見てくる。
「え、違うんですか?」
「退屈だったのよ」
「はい?」
「私もね、一度転生者にギフトを授けてみたかったの。『あなたに新たな力を与えましょう』なんて、神様みたいで素敵じゃない。でも普通の転生じゃ、そのチャンスすらない。ギフトを与えるクリエイターが別にちゃんといるからね。でも恭之介君はイレギュラー。私にギフトを授けるチャンスがとうとう巡ってきたのよ」
「はぁ」
「にも関わらず、恭之介君は謙虚だからギフトいらないって言うし……結局、言語能力のギフトだけは押し付けたけど、本当はもっと強力なギフトをあげたかったわ。そしてギフトを使う度に私のことを思い出して、感謝をしてもらいたかったぁ~」
不満げな様子でこちらを指さす。
「え~と……なんかすみません」
「なんてね、冗談よ」
「自業自得じゃないか」
舌を出すリリアサを見ながら、レンドリックがあきれたように言う。
「そうね。でもいいの、時の魔女の仕事には飽きてたし。今回の件でお小言もらって続けるくらいなら、クビになって新しい人生を歩もうって思ってわけ」
「新しい人生ですか。まぁリリアサさんが良いなら私はいいですが……」
「でも本当に懐かしいわ~、私ね、元々この世界の人間なのよ」
「え?」
驚きの声がレンドリックと重なった。
「そうよ、時の魔女になる前、この世界で生きていたの。昔々だけどね。あ、年齢は考えちゃだめよ」
リリアサはいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「だから、時の魔女になってからも気になって、ちょくちょくこの世界のことは見ていたし、転生者も気持ち多めに送り込んでたのよ。まぁやっぱ勝手知ったる世界の方が、転生者にも薦めやすいでしょう?」
前に、今現在この世界には自分を含め三人の転生者がいると聞いた。
内情を知らないので何とも言えないが、リリアサから数多くの世界があると聞いていたので、同時期に三人は多いのではないかと思っていた。この世界に転生者が集中しているような若干の違和感を感じたが、そういう理由があったのか。
「あ、そういえば、転生って一方通行って言ってましたよね。確か、元の世界に戻るには姿が変わるって聞きましたが、リリアサさんは変わらないんですか?それとも変わって、その姿なんですか?」
「あら、よく覚えていたわね、えらいえらい」
リリアサが頭をなでるように宙を撫でる。
「まぁ簡単に言えば、一回、時の魔女を挟んでるから完全にそのままじゃないって寸法ね。この世界で生きていたリリアサとしてじゃなく、元時の魔女として、この世界に転移って扱いになっているのよ」
「……なるほど」
自分から質問したものの、あまりよくわからない。まぁ大きな問題はないのだろう。
「しかし、リリアサ殿はクビになったのに、よくこの世界を選んで来ることができたな」
「これでも長く務めてきたからね、退職金代わりにその権利をいただいてきたわ」
「たくましいな」
「だてに長く時の魔女はやってないもの」
「ということは、君はもう神ではないのだな」
「神だったことはないんだけどね、まぁ時の魔女っていう特別な存在じゃない。あなたたちと同じ人間よ。寿命で死ぬ普通の人間」
リリアサはそのことを嬉しそうに言う。
あの部屋に長い時間、一人でいたのだ。恭之介では想像できない思いも抱いていたのだろう。
クビになったと聞いた時は驚いたが、今のリリアサを見るかぎり、そのことを悲観している様子もなく、楽しそうに見えた。その点については、恭之介も安心したし、嬉しく思う。
「時の魔女の権能は、全部返しちゃったから使えないけど、元々は回復魔法と補助魔法の遣い手だったから、この二つはそれなりに得意よ。だからまあまあ役に立つと思うんだけど……私をこの村に置いてくれないかしら」
リリアサはわずかに顔を傾け、レンドリックに尋ねる。
「むしろこちらからお願いしたい。リリアサ殿は、恭之介を送り込む形でこの村を救ってくれた恩人だ。何もない村だが、我々は君を歓迎する」
「ありがとう」
リリアサは嬉しそうな笑みを浮かべ、こちらを見る。
「恭之介君、改めてよろしくね」
この村にまた一人、新たな住人が増えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!