天下無双の武士、太平の世に居場所なし  ~剣極まりすぎて時空を斬り、異世界へ~

那斗部ひろ
那斗部ひろ

第18話 洞穴の激闘

公開日時: 2021年2月14日(日) 15:01
文字数:4,697

 探し始めてから何日経ったか。ようやく見つけた。

 

 結局、初めに向かった方角のすぐ反対に洞穴があった。見つけた瞬間、喜びよりも自分の運の悪さを呪い、つい舌打ちをしてしまった。

 

「やりましたね!坊ちゃま」

 

 レンドリックの気持ちを察してか、盛り上げるようにオーリンが大きな声で喜びを露わにする。

 

「ふん、忌々しい。中に入るぞ。底意地の悪い護り手の顔を拝んでやる」

 

 洞穴自体はそこそこわかりやすいところにあったので、単なる八つ当たりである。原因はレンドリックの探索の仕方と運が悪かったせいだ。

 

 それはわかっているが、都合の悪い点は無視をすることにしているレンドリックである。

 

「一度村に帰らなくて良いので?」

「こうなったらすぐに倒して、さっさと村に帰ろう」

 

 時間は十分にかけた。これ以上時間をかけるわけにはいかない。先日、村にはハイオーガまで現れた。恭之介が何なく倒したので感覚が麻痺しているが、元々村には一角兎程度しか現れなかったことを考えると、異常事態だ。

 

 明らかに洞穴が村を排除に動いている。並みの衛兵しかいない村だったら、ハイオーガ一体の襲来で壊滅していただろう。一刻も早く洞穴を潰してしまいたい。

 

 また万が一レンドリックたちに何かあっても、これまでの探索の経過と今日のルートはすべて地図とともに家に残してある。すぐに洞穴に辿りつけるだろう。

 

 それに少し気になる点もある。村周辺の森に人が歩いた形跡があった。単なる迷い人かもしれないが、動きの痕跡を見る限り、村を探っているようにも見える。

 

 また妙な視線のようなものも感じた。少し探ってみたが、近くに人がいる気配はしない。

 

 気のせいということにしているが、もしかしたら実家の関係かもしれない。もしそうであれば、確実にひと悶着あるはずだ。だが、さすがにこの場所が見つかるには早すぎる。

 

 おそらく別の者なのだろうが、何にせよ意図のわからない人間が村の周囲にいるのは気持ちの良い話ではない。そういった理由もあり、レンドリックは洞穴の攻略を急ぎたかった。

 

 洞穴の周囲には、ハイオーガやヘルゲートボアが何体もうろついている。本来はこんなせまいエリアに密集しない強力な魔物たちだ。自らを生み出した洞穴という母を守っているつもりなのだろう。

 

「一気にいくぞ」

 

 体内の魔力を練り上げる。大した時間はかからない。

 

「穿て!炎鬼の爪」

 

 レンドリックから、巨大な爪状の炎が魔物の数だけ放たれた。爪には意志があるように、魔物たちへ向かう。

 

「ぎゃひぃぃ!」

 

 魔物たちの叫びが響いた。大きな炎の爪が魔物たちをえぐる。

 

「やはり坊ちゃまも異常な強さですよ」

 

 オーリンが呆気に取られたように言う。

 

「だろう?恭之介にも負けてなかろう」

 

 十ほどいた魔物たちは、即死である。

 

「この死体がしばらく魔物除けになるだろう。お前たちは洞穴の外で待機していろ」

 

 魔物にも恐怖の本能はある。

 

「坊ちゃんお一人で行くんですか?」

「お前たちが来てもしょうがないだろう。それに僕は一人のほうが力を出しやすい」

「……それもそうですね。ここで武運を祈っています」

 

 オーリンは若干の難色を示したが、すぐにレンドリックに従う。

 

「お前たちこそ気をつけろよ。おそらく大丈夫だとは思うが、万が一魔物が来たら中へ入ってこい、守りながら戦ってやる」

 

 それだけ言い残し、レンドリックは中へ入っていく。

 

 この大陸で今まで見つかってきた魔物の洞穴は、どれもあまり深くはない。浅い階層に核と護り手が存在している場合がほとんどだった。

 

 ただ普通の洞穴とは少々違う作りになっていることが一点ある。

 

「これが闘技場か」

 

 闘技場とは単なる通称で、実際はただの広いエリアのことである。だが、どの洞穴も奥には広場があり、そこに護り手がいるのだ。

 

 そのままこの場所で戦闘になることがほとんどなので、風景とシチュエーションを合わせて、闘技場と世間では呼ばれていた。

 

 この洞穴の闘技場は大体、30m四方といったところか。伸び伸びと戦えそうな場所ではある。

 

 広場の奥に一つ、人影があった。近づいていくと、少しずつ風貌が明らかとなる。古ぼけたローブを身にまとった魔法使い風の男で、年齢は40前後だろうか。

 

 一見、普通の人間に見えるが、顔の白さがこの世の者ではないと示していた。真っ白な肌は死人の肌だ。

 

「僕はオールビー・レンドリック。僕の言葉はわかるか?君はどこのだれだ?」

「ワ、私ハ……」

 

 こちらの言葉がわかるのか。ダメもとで話しかけてみたのだが、驚いた。それに聞きづらくはあるが、相手の言葉もわかる。

 

「火煙ノリーダー、サ、サミル、ダ」

「火煙……リーダーが行方不明になってつぶれたAランクパーティーか」

 

 偶然にも名前を知っている冒険者パーティーだった。それなりに有名なパーティーで、つぶれたときは冒険者界隈では大きな話題になり、レンドリックも号外を見た記憶がある。

 

「君はそこのリーダーだったってのか」

 

 サミルというらしい。名前までは覚えていないが、火煙のリーダーが魔法使いというのは聞いたことがあった。本人も当然Aランクで、いずれSランクにもと言われる逸材だったはずだ。

 

 この情報が本当なら、何とも厄介な護り手に当たったことになる。自分の運の悪さもここまでくると大したものだ。

 

「裏切ラレタ。仲間ニ、裏切ラレタ」

「何があったのだ?」

「アイツラハ、トゥンアンゴ王国ノ、スパイ」

「トゥンアンゴのスパイだと?」

 

 聞き捨てならない言葉を発した。隣国トゥンアンゴ王国関連となると、問題は深そうだ。

 

「詳しく教えてくれないか」

「憎イ、憎イ……後ロカラ斬ラレタ。許サナイ。私ハ悔シイ」

 

 さらに聞き出そうと質問をぶつけるも、ぶつぶつと恨み言を続けるのみになってしまった。

 

「まぁ少し聞けただけでもよしとするか。まさか会話ができるとは思わなんだ」

 

 護り手はその怨みに突き動かされ、洞穴の侵入者に襲い掛かる場合がほとんどと言う。襲われる前に、多少なりとも話すことができたのは大きい。関係者にもこの男の最期を伝えることができる。もっとも、この場を乗り切れたらという条件はつくが。

 

「死ネ」

 

 サミルが両手から炎を放つ。

 

「ファイアキャノン!」

 

 レンドリックは自らの魔法をぶつけて相殺する。薄暗かった広場が一瞬、真っ赤に染まった。

 

「そうだった、パーティーの名前の通り、リーダーは火の遣い手だった。う~ん、これは泥仕合になりそうじゃないか」

 

 Aランクパーティーのリーダーが弱いはずがない。ましてや護り手となり、強さは増しているはずだ。

 

 だが、同じ火の遣い手に負けるわけにはいかない。こいつはどこまでやるのか。

 

「炎鬼の爪!」

 

 正面、左右から複数で仕掛けた。このまま喰らえばよし、後ろに下がるならば尚よし。

 

 サミルが右腕を振るう。腕の軌道で放たれた炎が横薙ぎに爪を飲み込み、さらに爪の後ろで接近を狙っていたレンドリックを襲う。

 

「ちっ、ファイアボム!」

 

 意図的に小規模の爆発を起こして、サミルの魔法を止めながらその勢いで後ろに下がる。

 

 その後も何とか近づこうと策を凝らすが、容易に近づかせてはもらえない。戦い慣れている。

 

 接近戦に持ち込みたいレンドリックと、それを嫌うサミルのせめぎ合いは、今のところサミルに分がある。

 

 更に、先に魔力が尽きるのはレンドリックだろう。Aランク魔法使いが護り手になったのだ、魔力の総量は相当多いに違いない。

 

 そもそもレンドリックは魔力量が特別多いわけじゃない。魔力量ならすでにレイチェルの方がはるかに多い。

 

 レンドリックが魔法で人より長けているのは、瞬間火力だけだ。あとはせいぜい魔力の効率的な運用か。

 

 派手好きなくせに実は倹約家というレンドリックの性格が、赤裸々に魔法にも現れてしまっているのだ。忌々しい。

 

 サミルが放つ魔法を、腕に宿した炎でいなしていく。ダメージは一切ないが、こちらが近づける様子も一切ない。熟練と言って良い、にくいほど落ち着いた戦いぶりだ。

 

「しつこいな」

「コチラノセリフダ」

 

 じりじりとした熱さが肌をなめ、額には汗が浮かぶ。炎で熱さを感じたことなど、ついぞ記憶にない。

 

「死シテ私ハ、更ニ強クナッタ。火ヲ使ウヤツニ、負ケルワケニハ、イカナイ」

「考えることは同じのようだな」

 

 話している最中にも、広範囲の炎風に加え、炎の槍が幾重にもレンドリックに向かってくる。

 

 魔力量はレンドリックの予想以上かもしれない。怒涛の攻撃だ。

 

「ぅぐっ」

 

 ついに火の槍が身体をかすめた。当たった箇所に、文字通り焼けるような痛みが走る。

 

「ぐぅぅぅ、痛い痛い痛い!くそっ、こんな思いをするなら恭之介に任せれば良かった!」

「チョコマカト、コ、コザカシイ。シカシ、コ、コレデ終ワリダ…………いくぞ!」

「っ!まずいっ!」

 

 錯覚か、急に生気がみなぎったように見える。サミルが大きく息を吸い込み、短い呪文を唱える。

 

「塵すら残さず爆ぜよ!エクスプロージョン!」

 

 これまでのたどたどしくざらついた声ではない、はっきりとした発音だ。

 

 人間の理性と意志。

 

 爆発が広場を揺らす。

 

「はぁはぁはぁ」 

 

 耳鳴りで自分の吐息すら聞こえない。ぎりぎりのところで炎牢が間に合った。

 

 しかし、レンドリックが使う魔法障壁で最も堅い炎牢が、同じ火属性にぼろぼろにされた。

 

 頭に浮かぶのは、屈辱の二文字。

 

「身体よりプライドのほうが傷ついたな。こんな思いをするなら、効率など考えるのではなかった。いかんな、手を抜くのが癖になっている。あぁ、だめだめだ。まったく、何をしているのだ。くそっ、馬鹿めが!」

 

 羽織っていたローブを床に投げ捨てる。ローブは焼けてぼろぼろだ。

 

「……シブトイ」

「サミル、感謝する。怠けた身体を目覚めさせてくれた。お礼に君の最期をしかとみなに伝えてやろう。そして、君を裏切った仲間たちの罪を白日の下に晒してやる」

「何ヲ言ッテイル。オ前ハココデ死、ナッッ!」

 

 慌ててサミルがレンドリックから距離を取り、急いで障壁を張り始める。

 

「久しい感覚だ。こんこんと魔力が身体を巡るのがよくわかる。やはり力を出すのは気持ちがいい。あとでどっと疲れるのがたまに傷だがな」

「コ、コンナ魔力ガ……」

 

 レンドリックの魔力に共鳴するかのように、洞穴全体が揺れる。

 

「瞬間火力で僕に叶う炎使いなどいない。そうショックを受けなくても良い」

「オ、オノレ」

 

 サミルは更に障壁を重ねて張る。一つ一つがかなり強力なものだ。

 

「生半可な障壁など無駄だよ。さらばだ、サミル」

 

 サミルに向き合い、腕を組む。この魔法に構えなどない。

 

「いいか!覚えておけ、僕がオールビー・レンドリックだっ!星底の焔ぁぁぁ!」

 

 ただの叫びのような詠唱とともに、凄まじい炎波がサミルを障壁ごと飲み込んだ。

 

 周囲の岩壁も飴細工のようにどろどろと溶けだす。

 

 辺りを包んでいた蒸気が少しずつ晴れてきた。

 

 人影。

 

 蒸発はしなかったようだ。姿を確認してすぐ、サミルに飛び掛かり、純粋な体術でとどめをさそうとする。

 

 しかし、とどめは必要なかった。障壁のおかげで身体は残ったが、サミルはすでにこと切れており、そのまま地面に伏す。

 

「しまった、よく考えたら遺品のことを考えていなかったな……何かあればいいが」

 

 サミルの遺体を探ると、指輪とペンダントが出てきた。どちらも防御アクセサリーのため、かろうじて原形が残っている。

 

「ふむ、久しぶりに魔力がほぼすっからかんの状態だ。しかし、ここまで戦うとやはり心地よい」

 

 護り手が死に、核も燃え尽きたため、この洞穴はまもなく崩壊を始めるだろう。

 

 だるさを感じる身体をひきずりながら、レンドリックは入口へ向かう。

 

「これでようやく村に安穏とした日々がくる」

 

 早く報告してやらなければなるまい。村人達の笑顔が脳裏に浮かんだ。

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