レンドリックはオーリンと村の若い男を三人連れて、森を歩いていた。
魔物の洞穴の探索のためだ。
とりあえず魔物が現れることが多い方角から探しているが、完全に手さぐり状態である。森は深さと広さと比べると洞穴は小さなものだ。
それを見つけなければならないのだから、なんとも骨の折れる仕事である。
うんざりとした気持ちが湧き出てくるのを抑えられないが、なんとしても洞穴を見つけなければならない。何せ、村の存続がかかっているのだ。
「レンドリック様、一角兎です」
魔物が現れるのは歓迎だった。食料にもなるし、魔物が来た方向を辿るという手がとれるからだ。ヘルゲートボアなど大きな魔物であれば、さらに道を辿りやすくなる。
もっともこれくらいしか探索のヒントはない。なんとも気が遠くなる話だ。
少しでも過食部位と使える皮を多くするため、小さな火の弾丸を正確に飛ばし、頭を貫いていく。
四羽の一角兎を倒すのに、そう時間はかからなかったが、面倒は面倒だった。魔物がもたらす肉や情報は歓迎だが、奪われる時間は惜しく感じる。ままならない。
「坊ちゃま、恭之介様がいれば大丈夫ですよ」
「あぁ、そこは心配はしていない」
オーリンが肉をさばきながら言う。レンドリックのいらだちを感じたのだろう。
物心ついた時からレンドリック付きの使用人だったオーリンに隠し事はできない。
オーリンからさばいた肉を一切れもらい、指先から出した火で炙る。肉はすぐに脂をたらし、あたりにはいい香りが漂った。
「先は長い。食べられるうちに食べておこう」
「ありがとうごぜえやす」
炙った肉を他のメンバーに回していく。
音鳴恭之介。異世界から転生してきたという男。尋常ではない剣の遣い手で、初めて剣を振るうのを見たときは、その剣気に体が凍えた。これまで感じたことのないような衝撃だった。
一対一であの男とまともに戦える人間が、この大陸に何人いるのか。負けの味を知らないレンドリックにすら、負けを想像させた。
そのくせ、性格はいたって謙虚で、子どものような純粋さすら感じる。あれほど強い人間が、歪まず真っ直ぐ育つものなのか。
どうやって腕を磨いたのか、どんな生き方をしてきたのか、恭之介に対する興味は尽きない。
折りを見て話を聞いてはいるが、到底理解できるものではなかった。
それにあれだけの腕にも関わらず、普通の人間なら誰もが持っている小さな欲すらない。求めれば、多くのもの手に入れられるだろうに、当の本人はいたって無欲だった。
だが、恭之介に邪気や悪意は一切感じない。間違いなく信用できる男だ。今のレンドリックにはそれだけで十分である。
レンドリックには、何となくではあるが、人の善悪を感じ取る力があった。
ギフトというには大げさだが、偶然というにはそこそこ当たる、そんなあいまいな力である。
だが、そのおかげで兄の手から自分とレイチェルの命を拾えたと思えば、このあいまいな力に感謝もしたくなる。
また村人の取捨選択にも使え、村の運営にも役に立っている。
実際、領民になりたいと希望する人間はもっと多かったのだ。しかし、流人の中には質の悪い人間も多く、過酷な地でゼロから村作りをする際に、彼らは確実に悪影響となるだろうと思えた。
そういう人間にはいろいろ理由をつけ、数日分の食料を持たせて、体よく追い出した。
そうやって追い出した者の中には、なかなか腕の立つ者もおり、村の防備を考えれば、残したほうが良いのではという思いもあった。
しかし厳しい環境に加え、限られた資源と時間の中で一緒に村づくりをしていくには、彼らに信用を置くことはできなかった。
追い出されるとなった者の中には、強い不満や憤りを見せながら去っていった者も多い。時には、半ば実力行使で追い出したこともあった。
だが、衣食住と身の安全の確保ができない中で、きれいごとは言っていられなかった。レンドリックも必死だったのである。
しかし、そうやって村民を選んだおかげで大きな問題もなく、村は着々と発展し、曲がりなりにも生活するに困らない程度の生活を作り上げることができたのだ。
今いる村民たちは、不満一つ漏らさずよく働き、苦しい時は当たり前に互いを助け合う、領主にとっては理想のような民である。
だが、為政者であるならば、清濁あわせ呑んで領地を運営していくべきで、追い出した者の中にもきっと村の発展に役立つ者はいたに違いない。
その点については忸怩たる思いが、レンドリックにはあるのだった。誰にも言っていないが、自身の今後の課題と言える。
この、人の善悪を感じる力で見る限り、恭之介には明確な善性を感じた。彼のような人間性ならば、何の能力がなくても一村民として村に迎え入れただろう。
しかし、その男は尋常じゃな強さを持っていた。それほどの男が窮地に陥っている自分たちの村に来てくれたことは、幸運以外の何物でもない。
常日頃、不運に何かと縁のあるレンドリックにとっては、珍しいことだった。
正直、恭之介が来るまで村は詰みかけていた。日々増え続ける魔物に対抗するために、レンドリックが村から離れられなくなってしまったのだ。
実際、レンドリックは今の村を捨て、村民を引き連れ、新たな場所へ移ることすら考えていた。悔やんでも悔やみきれないが、それだけ魔物の洞穴の存在は誤算だった。
だが恭之介のおかげで、レンドリックが村を離れることができるようになった。
近くの町へ行って溜まった魔物の素材を売り、その金で村に必要な物を買ったり、村の発展に役立つような新たな人材を探すなど、レンドリックが今したいことはたくさんある。
しかし、今最優先にすべきは、洞穴を壊すことだ。
魔物の洞穴はどうやってできるのか。王国の研究機関によると、洞穴を作るのは強い怨みを抱きながら死んだ人間だそうだ。
その人間の強い怨念が魔物を生み出す洞穴を作り出す。さらには自らも魔物化し、洞穴の核を守る魔物、通称「護り手」になるらしい。
魔物化すれば生前より強くなるので、怨みを持って死んだ者が実力者の場合、相当手ごわい護り手となる。
過去には、護り手一人倒すために、三ヶ国が手を組んでようやく倒せたという事例もある。
はたして、ここの洞穴の護り手はどんな者か。できれば一般人あがりの護り手であって欲しい。そうならば楽に討伐できる。これまでのケースで言えば一番多い事例であり、十分にあり得る話だ。
(だが、僕は運が悪いからなぁ)
これまでの人生、ここぞという時に限って、何かと運に見放された。それゆえ、こんな辺境の地で村を作ることになっているのだ。そう考えると、ここで楽な護り手に当たるなど、正直考えにくい。
だが、あまり悲観はしていなかった。相当な腕の護り手でも、勝つ自信はある。これは過信ではなく、冷静な自己分析だった。これまでの人生で、勝てるかどうかわからないと感じた相手は、ほとんどいない。
そんな自分と同等以上の能力を持つ人間が、強い怨みを抱いて死に、護り手になってしまうなど、どれほど低い確率か。
(そんなものを引いてしまったら……まぁその時は恭之介の手を借りるとしよう)
あの男でも無理なら、潔く今の村を捨てて、新しい場所へ移ればいい。そう考えれば、気持ちも重くならない。無理せず、できる範囲でうまくやっていけばいい。
こんな時は自分の楽観的な性格に感謝である。ひいては母親に感謝だ。
自分やレイチェルの楽観的な性格は、間違いなく母親ゆずりだった。異腹の兄もこういう性格だったら、きっと今も自分とレイチェルは実家で、のんびりと暮らしていただろう。
そんな未来を微かに想像し、自嘲する。
「レンドリック様、予定していた場所まで来やしたよ」
連れていた男が声をかけてくる。狩人のこの男は距離や方角を測るのが上手い。
「そうか、じゃあこのまま東回りに歩きながら調べていこう。洞穴を早く見つけたいのは山々だが、見落としがないよう焦らずにじっくり行こう。それから地形ばかりに注意しすぎて、魔物を見過ごすことがないようにな」
「わかりました」
「では等間隔に広がるぞ。何かあったら叫べ。僕がすぐさま助けに行ってやる」
魔物が現れても、すぐに駆けつけられる程度まで離れ、探索を続ける。
実家をレイチェルとともに逃げ出し、流人を集めて村を作って今に至るまで、一歩間違えば、命を落とすような綱渡りをずっとしてきている。
だが、レンドリックは充実していた。ゼロから作った村が少しずつ大きくなり、不安の表情しかなかった者たちが、今では笑顔を浮かべている。
魔物の存在など、問題は多々あるが、解決できないものではない。力を尽くせば、自分の手で様々なことを成し遂げられるのだ。実家でのほほんと暮らしていては決してできない経験である。自分は生きている、そう感じられるのだ。こんな幸せなことはない。
「レ、レンドリック様!タイラントベアですっ!」
一番奥に位置取っていた男の悲鳴に近い叫びが響く。
すぐさま駆け付けると、レンドリックの三倍はあろうかという大きな熊が、悠然とこちらを見下ろしていた。
タイラントベアは、人があまり足を踏み入れない森の奥や山深いエリアでしか遭遇しない魔物である。
並みの冒険者では、出会った途端、死を覚悟する、それほど厄介な魔物だ。
「よし、さくっと倒してやろうではないか!」
しかし、そんな魔物に出会ったというのに、レンドリックは思わず笑みをこぼした。
今は困難や障害すら楽しい。それを越えた先に新しいものが待っているように感じるからだ。
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