天下無双の武士、太平の世に居場所なし  ~剣極まりすぎて時空を斬り、異世界へ~

那斗部ひろ
那斗部ひろ

第20話 小さな勇者

公開日時: 2021年2月16日(火) 14:12
文字数:3,349

 ラテッサがいないことに気づいたのは、高台に避難が終わった直後だった。


 ヤクが気づいたのと、ほとんど同じくらいのタイミングで、ラテッサの両親がラテッサの不在を騒ぎ始めた。避難場所にいると思ったのだろう。


 ヤクは気づいた瞬間に走り出していた。ラテッサはいつも夕刻になると、花におやすみなさいを言うといって、村の花壇を回っていたのを思い出したのだ。


 きっと花壇のそばで動けなくなっているに違いない。


 もちろん、ラテッサも避難の練習はした。しかし、大人に手を引かれてだ。きっと一人でいた時に、いきなり緊急時の鐘が鳴ったことで、怯えて動けなくなってしまったのではないか。


 村に花壇は三つ。どの花壇にいるかはわからないので、向かう順番は賭けになる。


 賊に見つからないよう、物陰に隠れながら花壇へ向かう。賊に見つかったら終わりだ。自分はまだ戦うことはできない。自分の力のなさがもどかしい。


 村の中には、いくつか赤い光が生まれていた。賊が燃やした建築物だろう。


 よくも俺たちの村を。


 怒りのようなものがこみあげてくるが、自分には何もできない。情けないが、やつらを倒すのは自分の師匠である恭之介に託すしかない。


 恭之介は今も村を守るため、駆けずり回っているだろう。恭之介がやられることなど、ヤクは微塵も想像できない。恭之介が賊を倒し、追い出すのは確定された未来だと思っていた。


 だが、村人全員か無事かそうじゃないかで、結末は変わってくる。


 恭之介がラテッサを保護していれば安心だが、恭之介はラテッサが迷子になっているのを知らないはずだ。見つけてくれることを期待できないだろう。それは自分がしなければならない。


 賊のものと思われる声が村中に響いていた。大きな声がすると思わず身をすくめてしまう。こんなことで怯えていてはいけない。自分を叱咤しながら、必死に駆け続ける。


 今までの自分よりも、長く速く走れるようになっていた。わずかだが、鍛錬の成果が出ているのだ。こんな時だというのに、少し嬉しくなる。すでに息は切れているが、足は止めない。


 一つ目の花壇に着いた。小屋などがあるところから少し離れていることもあり、賊の姿はない。そのことに少しホッとする。


 ラテッサはいるだろうか。周囲を見回す。名前を呼びたいが、声を出すわけにはいかない。


 近くの茂みで何かが動いた気がした。そちらへ近づく。


 ラテッサだ。


 目には大量の涙を浮かべ、自分の口を押さえていた。泣き声を上げてはいけないとはわかっていたのだろう。


「ヤクぅ~。う、う、ひっく」


 ヤクを見て安心したのか、ラテッサは泣き声を上げそうになる。


「ラテッサ、声を出さないで。見つかっちゃうから。もう少しがまんできる?」

「うぅ……うん」

「よし」


 ラテッサは再び自分の口を押さえた。


 良かった。一つ目の花壇で見つかったのはラッキーだった。あとは賊に見つからないように戻るだけである。


「これからレンドリック様のおうちまで行くからね。自分で歩ける?」

「うん」


 ラテッサの手を引き、動き始める。


 当然、さっきのようには駆けられない。身を隠しながら、高台へ向かう。


 一人の時より緊張と恐怖が増した。ラテッサの命を預かっているからだろうか。ここで賊に襲われたらなす術もない。ラテッサともども殺されてしまうだろう。


 そんなことにならないよう慎重に歩を進めた。


 しかし、無情にもヤクは聞きたくなかった声を聞くことになる。


「ガキども、どこ行くんだぁ」




=====




 二人はどこにいるのか。


 きっとヤクのことだからラテッサを探しに行ったに違いない。無事に出会えていればいいが。


 恭之介の姿を見つけた賊たちが向かってくる。急いでいるが、やらないわけにもいかない。ほとんど速度を落とさず、駆けながら斬っていく。


「先生っ!」


 微かな叫び声。ヤクだ。


 声の方向を見ると、遠くからヤクがラテッサの手を引き、こちらに向かって走ってくる。


 しかし、安心したのも束の間、二人のすぐ後ろから賊が迫っていた。それを見て、背筋が凍る。


 遠い。必死に駆ける。


 全力などとうに越えていた。足の筋繊維がみしみしと悲鳴を上げるのがわかる。

 

 しかし、遠い。間に合うのか。


「邪魔だ!」


 目の前に現れた二人の賊を一息で斬り倒す。


 だが、今はその一瞬が命取りだ。


 ラテッサが転んだ。ヤクが必死になって抱き起こそうとするが、賊はすでに二人の目と鼻の先だ。


 間に合わない。


 怒りと焦りで身体が熱くなるのを感じた。


 目の前で子どもが殺される。


 自分は何をやっているのだ。何のための力なのか。こんな時のための力ではないのか。


 だが、間に合わない。なんという無能。



 賊が剣を振り上げる。


 ヤクがラテッサの前に身体を投げ出した。


 ラテッサの叫び声。


 一つ一つの動きが憎らしいほど鈍重に流れる。


 間に合わない。しかし、なんとしても助けなければ。



 その時、一つの閃き。



 恭之介はその場に立ち止まった。


 諦めたからではない。


「はっ!」


 恭之介は閃きに従うまま、鋭く息を吐き、暮霞を振るった。


 賊の首。


 今まさに剣を振り下ろそうとしていた賊の首が、すっぱりと飛んだ。


 飛ぶ斬撃。


 リリアサが必殺技と言っていたのを思い出す。新しいアーツ。



 暮霞を下げたまま、恭之介は二人の下へ駆け付けた。


「大丈夫か!」

「はい、大丈夫です!先生、ありがとうございます!」


 ヤクは返り血で染まっているが、大して動じた様子もない。袖で顔を拭ってやる。


「きょ、きょうのすけさまぁ!」


 ラテッサが泣き声を上げながら、恭之介の足に抱きつく。ひどく震えていた。無理もない。


「良かったよ。本当に、良かった」


 恭之介はラテッサを抱き上げる。


 ラテッサの体温が、恭之介自身をも救ったように感じさせた。


 それを見たヤクもほっとしたように大きくため息をついた。


「先生、新しいアーツですか?」


 賊を倒した一撃のことを言っているのだろう。


 恭之介と出会ったからか、ヤクはすでに落ち着きを取り戻していた。


「あぁ、寸前に閃いたんだ」

「斬撃を飛ばしましたよね」

「うん、威力はあまり高くないけど、便利そうだ」

「威力も十分ですよ」

「遠斬りって名づけようかな」

「えぇ……そんな、また簡単な名前を。せっかくのアーツなのに」

「いいさ。さ、こんなことを話している場合じゃない。とにかくレイチェルさんのところへ急ごう。ラテッサ、自分で歩ける?」

「うん」

「よし、ここからは私が一緒だから、絶対に大丈夫だ」

「……うん!」


 ラテッサが口を強く結びながらうなずく。


「先生、みんなは無事ですか」

「あぁ、ヤクとラテッサで最後だ」

「そうですか、良かった」


 ヤクが安心したようにため息をつく。しかし、何かに気づいたように言葉を続けた。


「倉庫は?倉庫はどうなっていますか?みんなが集めた食料は?素材は?」

「わからない。有事の時、優先するのは人とレンドリックさんと決めていたから」

「そうですよね。でも」

「言いたいことはわかる。二人を送ったらすぐに見に行くよ」

「俺も何かできれば……」

「十分やっているよ。ラテッサを見つけて、守ったじゃないか。ヤクが動かなければ、きっとラテッサはまだ一人で怯えていたはずだ」

「……ありがとうございます!」


 ヤクは納得したように数度うなずいた。


「ラテッサ!」

「ママ!パパ!」


 レンドリックの家まで連れていくと、ラテッサが両親の下に駆け寄る。


「ヤクが最後までラテッサを守っていましたよ」

「いえ、俺は、何も」

「ありがとうね!ヤク」


 ラテッサの母親が、お礼を言いながらヤクを抱きしめる。ヤクは恥ずかしそうにするも満更ではなさそうだ。 


「レイチェルさん、倉庫を見てきます」

「みなさんの命さえあれば、なんとでもなります。物資を持って行きたければ持って行かせても」

「いえ、あれも村人の命のようなものです」

「……そうでしたね。すみません、恭之介様」

「いえ、これも私がやるべきことです」

「お気をつけて。みなさんの命の中に、恭之介様の命も入っているのですよ」

「そうよ、恭之介さん!死んじゃ駄目よ」

「無理すんなよ!」


 村人たちが各々声をかけてくる。


 誰かにここまで命の心配をされたことがあっただろうか。常に死と隣り合わせで生きてきた自分には、何とも不思議な感覚だ。


 だが、悪いものではない。


「いってきます」


 恭之介は村人たちを安心させるため、力強く声を発した。


 そして、うまく笑えただろうか。

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