天下無双の武士、太平の世に居場所なし  ~剣極まりすぎて時空を斬り、異世界へ~

那斗部ひろ
那斗部ひろ

第27話 冬の出稼ぎ

公開日時: 2021年2月23日(火) 15:05
文字数:4,132

 冬が来た。

 

 恭之介は小屋の外に出ると、手をこすりながら、息を吹きかけた

 

 この地方の寒さはなかなかに厳しく、恭之介は影狐の毛皮で作った襟巻を重宝していた。 

 

 冬になると当然農作業はできないので、村人たちはみな家の中でできる仕事をしている。レンドリックが、町で様々な素材を買ってきたので、室内でする作業に困ることはない。よく考えているものだ。

 

 冬は基本的に、備蓄を食いつぶしていくことになるが、幸い食料の備蓄は十分にあり、それほどひもじい思いをしなくてもいい冬になりそうだ。

 

 しかし、この村を作って最初の冬は相当大変だったようで、その時と比べれば今は雲泥の差だとレンドリックが嬉しそうに言っていた。

 

 村の中はしっかりと雪かきをしているので、移動に困ることはない。不器用な恭之介でも、雪かきならば何の問題もない。雪が降れば率先して雪かきをするようにしていた。

 

 雪はそれほど頻繁に降るわけではないが、一度降るとなかなか溶けない。辺りには先日降った雪がまだまだ残っている。

 

「先生、おはようございます」

「おはよう」

 

 いつも通り、ヤクが小屋の前を掃除しており、はきはきと朝のあいさつをしてきた。

 

 ヤクは外の掃除を終えると小屋に入り、室内の掃除と朝食の準備をする。冬になっても変わらない日課だ。

 

 おかげで毎朝、恭之介は自分の鍛錬に集中することができた。

 

 恭之介が朝の鍛錬を終え小屋に戻ると、リリアサがいた。

 

「おはよう、恭之介君」

「おはようございます」

 

 リリアサは、恭之介の小屋の近くに自分の小屋を作ってもらった。そのため、よく食事をともにする。

 

「先生。リリアサ様からパンをいただきましたよ」

「いつもありがとうございます」

「いいのいいの。私、朝はそんな食べないから。その代わりヤク君の作ったスープをもらうわね。朝はこれが一番いいわぁ」

 

 すっかりリリアサ専用となっている器にヤクがスープをよそう。

 

「どうぞ」

「ありがと…………はぁ、おいしい」

 

 満足げに笑みを浮かべる。

 

「ヤク君は料理も上手だし、礼儀正しいし、本当にいいお弟子さんね」

「いえ、ありがとうございます」

 

 スープをすすりながら、ヤクが恥ずかしそうに頭を下げる。

 

「ところで恭之介君。これから一週間ぐらいの間で何か予定はある?」

「え?そうですね……ヤクや村の人たちの指導をするくらいでしょうか」

 

 予定など皆無と言ってよかった。冬はとにかくやれることが少ない。

 

 室内でできる手先を使う作業などは、誠に遺憾ながら戦力外に近かった。

 

 レイチェルはいつまでも根気強く教えてくれるが、その期待に応えられていない。なんと無様なことか。

 

 せいぜい満足にできるのは縄を編むくらいである。

 

 だが、縄はもういらない。それしかできないので、張り切って作りすぎてしまったのだ。

 

 縄はもう結構ですと心底申し訳なさそうに伝えてきたレイチェルの顔が忘れられない。

 

「何かお手伝いすることがありますか?」

「あら、何だか嬉しそうね?」

「いえ、そんな」

「そうね~、お手伝いというか、恭之介君が主力なんだけどね」

「なんでしょうか」

「町へ行って出稼ぎしない?」

「出稼ぎですか?」

「そう。冒険者ギルドでいくつか仕事を請け負うのよ。冬だし多分、植物採取系の依頼はほとんどないでしょうけど、恭之介君がお得意とする討伐系の依頼は冬もあるはずよ」

 

 いい提案のように思えた。ヤクの指導は町でもできる。だが、村の人たちへの指導はどうすべきか。

 

「実はね、もうレンドリック君には許可をもらっているのよ。村の人たちに教えるのも、宿題を出しておけば、レンドリック君が代わりに見てくれるって」

「そうですか。でもいいのでしょうか」

「平気よ。むしろここで恭之介君が時間を潰している方がもったいないわ。稼いだお金を村のために使えると思えば有意義じゃない」

 

 確かにその通りだった。下手くそな作品を生み出すくらいなら、魔物を狩って金を稼ぐ方がずっといいだろう。

 

「リリアサさんも一緒に行くんですか?」

「えぇ、村の人たちの健康診断も一段落したし、大きな病の人もいないから村から少しくらい離れるのは大丈夫。久しぶりに町も見たいしね」

 

 リリアサは、回復魔法を使えることに加え、薬や医術にも造詣が深かった。聞けば、この世界にあるポーションという回復薬を開発したのはリリアサだそうだ。

 

 ならば医療に詳しいのも当然だろう。そのままリリアサは村の医者ような立場となり、村人の健康管理の仕事をしていた。

 

 その医者の仕事も一段落したということで、リリアサも町へ行く気になったのだろう。

 

 そうと決まれば、みな行動は早く、出発は翌朝ということになった。

 

 

 出発の前に、レンドリックの下へ村を離れる挨拶へ行った。

 

「おう、行ってこい行ってこい。しっかり稼いできてくれよ。あと帰ってくる時に、これを買ってきてくれ。そんなにかさばるものじゃない」

 

 購入物品が書かれた紙を渡される。さすがレンドリック、抜け目がない。

 

「あと、レイチェルのことも頼んだぞ。冒険者の仕事をするのは、レイチェルにとっても良い経験になるだろう」

「足手まといにならないようにしますので、どうぞよろしくお願いします」

 

 すでにしっかりと旅支度をしたレイチェルが頭を下げる。

 

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 町へ行くのは、恭之介とヤクとレイチェルとリリアサの四人だけだ。

 

 戦闘については、恭之介が中心となるが、生活面などその他、恭之介に欠けている常識的な部分は、他の三人が請け負う。良いバランスのパーティとも言える。

 

 

 

 町へ行く道はところどころ雪が深く、歩くのに難儀したがその都度、リリアサが火の魔法を使い、行く手を阻む雪を溶かしてくれた。

 

「リリアサさんも攻撃の魔法が使えるんですね」

 

 てっきり回復や補助の魔法しか使えないと思っていた。

 

「まぁ自分の身を守る程度の簡単なものだけどね」

「私も使えるようになるでしょうか」

 

 レイチェルが興味津々といった様子でリリアサに尋ねる。

 

「一緒に練習してみましょうか。私も最初は回復と補助しか使えなかったけど、練習している内に使えるようになったから」

「本当ですか?ぜひお願いします」

 

 レイチェルが胸の前で指を組み、うれしそうに身体を揺らした。

 

「えぇ、町に着いたらやりましょう。レイちゃんの魔力量ならきっと大丈夫よ」

「リリアサ様、俺も魔法を使えるようになるでしょうか」

 

 ヤクが少し遠慮がちに尋ねる。

 

「そうね、ヤク君も簡単な魔法から練習してみましょうか。自分の身体能力を上げる魔法もあるから、それにもチャレンジしてみたら?剣士ならそっちの方が役に立つわよ」

「はい!俺、がんばります」

「二人ともやる気があってよろしい」

 

 リリアサは意欲的な二人を見て、にっこりとほほ笑む。

 

「それにしても、恭之介君は魔法が使えなくて残念だったわね」

「いえ、私は刀だけで十分ですよ」

「でも不思議なものね。恭之介君がこの世界に来て、能力の補正を受けたのは剣術に関することだけ。魔力もそうだけど、耐性とか防御の面も前の世界とほとんど代わりないし。超攻撃特化型なのね」

 

 魔力がなかったこともそうだが、どうやらこの世界の人間と比べると防御力も低いらしい。

 

 これはリリアサがこの世界に来てわかったことだ。それに気づいた時のリリアサは、いつもの飄々とした様子ではなく、心配と不安を隠さなかった。

 

 もっとも、斬られれば死ぬ、火や毒で死ぬというのは当たり前のことで、恭之介にとっては違和感も不満もなかった。これまでもそうやって命を賭けてきたのだ。

 

「それを聞いてびっくりしましたよ。先生、本当に気をつけてくださいね」

「えぇ、恭之介様がいくらお強いといっても心配です。ご無理をなさらないように」

 

 レイチェルとヤクも不安げな表情を向けてくる。

 

「斬られれば死ぬ。私が前にいた世界では当たり前のことです」

「恭之介君の言うことはわかるけど……とにかく、これからは何とか致命傷だけは避けてね。そうすれば回復魔法が間に合うかもしれないから」

 

 そもそも回復魔法というものが、恭之介からすれば大きな反則のようにも思えた。医者の治療をはるかに超えた能力である。

 

 素早く血を止めたり、骨折などの治りも早くなる。場合によっては、斬れた手足もつながるらしい。そのため、戦う者たちも回復魔法に頼った思い切った戦いができるのだろう。

 

 だが、防御力が高く、更には回復魔法があるせいで、極限での命のやり取りに甘さが出そうにも感じる。その点から言えば、恭之介にも利があるように思えた。

 

 

 雪によって少々時間はかかったが、大きく遅れることもなく無事に町へ着くことができた。

 

 道中で三匹ほど影狐を見つけ、すべて狩っておいた。高く換金できると聞いていたからだ。

 

「そんなに簡単に影狐を狩れるなら、恭之介君、すぐにお金持ちになれるわよ」

 

 影狐を狩るのは難しいと聞いているが、気配を察知する力と遠斬りがあれば、さほど難しくはない。恭之介からすればおいしい獲物である。

 

 まずは、村から背負ってきた魔物の素材を売って金を作る。今回は荷車ではなく、背負ってきたものだけなので量は多くはなかった。

 

 しかし、影狐の換金も含めるとそれなりの金額になったので、滞在費には困らなそうだった。

 

「ちょっとあんた、影狐狩るの上手いなら、もう少し狩ってきておくれよ。都で毛皮の受注が増えてるんだ。色付けるからさ」

「わかりました。見つけたら狩っておきます」

「よろしく頼むよ」

 

 冒険者ギルドの受付の女性が、カウンターから身を乗り出しながら言う。

 

「良かった。結構依頼があるわね」

 

 ギルド内の依頼掲示板を見ていたリリアサがこちらに来る。

 

「それにしても私が生きた時代に比べると、ギルドってずいぶんとしっかりとした組織になったわね。システムも何もかも便利でわかりやすいわ」

「そうですね、現在では冒険者の存在は、国の経済の一翼を担っていますから。リリアサ様の時代は違ったのですか?」

「えぇ、何もかもが粗雑で荒々しかったわね。依頼内容も支払い条件もあやふやだったし、半分もぐりの日陰者の組織よ」

「そうなのですか、今ではちょっと想像できませんね」

 

 レイチェルが興味深そうに聞いている。

 

「さ、正式に依頼を受注するのは明日にして、宿に向かいましょう」

 

 恭之介たちは、以前滞在した宿に向かった。

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