ロイズは、短く整えたあごひげを撫でながら、食堂の隅のテーブルに腰掛けている四人組を見ていた。とんでもない美人二人に利発そうな少年、そして刀を下げた優男の四人だ。
ロイズは行商人である。
正直、あまり儲けていない零細商人だ。今回も何か儲け話がないかと、国の端にある、僻地と言っても良いこの町まで、わざわざやってきたのだった。
立地の良い町や村はすでに他の商人の手が入っている。ロイズのような弱小の商人は、辺鄙な場所に活路を見出すしかないのだ。
もっとも、旅は嫌いじゃなかった。
元々、冒険者だったロイズにとって、旅は人生そのものである。色々なところを旅し、様々な経験をしてきた。
商人になった今も、冒険者時代に培った腕っぷしと度胸のおかげで、何とか商人として立っていられている。他の商人が避けるところにあえて飛び込んできたのだ。
だが、商人としての才覚と要領はなかった。そのため、今日も今日とて僻地まで行商に来ているのだ。
「なぁ女将さん、あの四人はここによく来るのかい?」
給仕をしている、ここの宿の女将に聞く。
「あの人たち?この町の近くにある村の人たちよ。人は入れ替わりだけど、最近たまに来るわね」
「へぇ、この近くの村ねぇ。ボラ村とかノスタ村とか?」
「それが、新しくできた開拓村みたいよ」
「ほぉ、新しい開拓村」
思わず顔がにやけてしまう。
自分の目利きも捨てたもんじゃない。新しくできたばかりの村なら他の商人が入っている可能性は低い。仮に入っていても、まだそこまで深い関係にはなっていないだろう。つけ入る隙はある。
あとは、その村を回るメリットがあるかどうかだったが、それはあまり気にしなかった。わずかでも利が出るならばロイズは行くと決めていた。
旅が嫌いじゃないことに加え、ロイズが来たことで見せる人々の笑顔が好きだからである。僻地の人間ほど、行商人のありがたさを知っている。ロイズもそんな所にこそ、品物を届けたいと思っていた。
もっともそんなことを言っているから、大きく儲けられないのだが。
「なぁ、あんたら良かったら一緒に飲まないか」
ロイズが未来の売り上げを夢想し、にやにやしていると、上機嫌だが少々品のない声が食堂内に響いた。
声がした方向を見てみると、ロイズが注目していた四人組のテーブルに、二人の男が近づいていた。
当の四人組は、ロイズだけでなく、他の人間からも注目を集めていたのだろう。無理もない、こんな辺鄙な場所じゃまずお目にかかれない美女が二人もいるのだ。
しかも、そばで控えているのは子どもと優男である。近づくには絶好のチャンスだろう。
食堂にいた男どもは、いつ声をかけようか互いを牽制していたようだったが、その膠着をやぶったのが、腕っぷしに自信がありそうな、例の二人組の男だった。
それを見て、他の男たちは諦めたように、食卓に目線を落とす。
「金なら気にするな。おごるぜ」
「あぁ、今日オークの集落を一つ潰してきたんだ」
二人でオークの集落を潰したのならなかなかの腕だ。報酬もそれなりに出ただろう。
「あら、ご馳走してくれるの?それはうれしいわ」
栗色の髪の女が、大げさな素振りで手を合わせ、愛想よく応対する。
「あぁ、エールでもワインでも、満足するまでいくらでも飲んでくれ」
男はにやにやとした笑みを浮かべる。酔わせて何をする気か、下心満載だ。
女将もちらちらと見ているが、よくあることなのか、それほど気にしてもいない。女の受け答えに余裕があるからかもしれない。
「でもあいにく、このテーブルは四人掛けだから、一緒には飲めないわねぇ。お金だけを払ってくれるっていうなら大歓迎なんだけど」
「おごるだけって、そりゃねぇよ。まぁほれ、そこの坊ちゃん方には部屋に戻ってもらってだな。何なら部屋で食べる食事を持たせてやるよ」
「う~ん、でも彼らは私たちの護衛だし……」
「護衛なんていらねぇよ。俺らがいれば問題ねぇ。何てったって、Cランク冒険者だからな」
そのくらいだろうなと、ロイズが予想した通りだった。この僻地でCランクならば、でかい顔もできる。
「だそうなんだけど、恭之介君」
話を振られた優男が顔を上げる。この状況下で食事を続けていたのか。
「あ、リリアサさんはこの人たちと飲みたいんですか?じゃあヤクと一緒に席を外しましょうか?」
「お、話がわかるじゃねぇか兄ちゃん」
「きょ、恭之介様!」
「先生……」
金髪の少女は衝撃を受けたような表情を浮かべ、その横にいた少年は呆れたように呟いた。
「あはははは!ちょっとちょっと、恭之介君、かよわい私たちを見捨てるの?」
「見捨てる?……あぁ、なるほど。わかりました」
そう言って、恭之介と呼ばれた優男は食事に戻った。あまりに自然な流れだったが、席を立たないという意志表示なのか。
「おいおい、兄ちゃん。俺たちに席を譲ってくれるんじゃなかったのか」
「いえ、やはりやめておきます」
「なんでだよ。どいた方がいいと思うぜ」
「リリアサさんたちは、あなた方とご一緒するのが嫌なようなので」
「あはは!言い方言い方」
リリアサと呼ばれた女が手を叩きながら笑う。反面、金髪の少女はおそらく真面目な性格なのだろう。同行者たちの恐れを知らぬ言動に、哀れにもおろおろとしている。
「てめぇ、おちょくってんだな!」
男の片割れが、恭之介の胸倉を掴む。
「あらら、困ったね」
さすがに女将が少し慌てる。
「警備の人間を呼んだ方がいいかしら」
「いや、女将さん大丈夫だと思うよ。もう少し見てな」
ロイズは女将をなだめる。
「そうかい?」
「あぁ、多分心配いらない。いざとなれば俺が収めるよ」
「あんたそんなに強いのかい?」
「そこそこね」
実は、ロイズがこの四人組に興味を持ったのは、美人がいたからではない。
あの優男の存在だ。
大して強そうに見えないが、わかる者にはわかる。
こんな僻地で、都や大都市でもまず見ないような凄腕を見つければ、興味を持たないわけがない。
「手荒な真似はしたくねぇ、楽しく飲みたいからな。今立ち去れば何にもしねぇよ」
もう一人の男が、恭之介の頭をがさつに撫でる。
「私たちは静かに食事をしたいだけなんですが……どうしましょう、リリアサさん」
「うふふ、どうしましょうかねぇ……レイちゃん」
「わ、わたしですか!う~ん……ヤクさん、どうしましょうか」
「みなさん……先生、先に手を出したのはこの人たちですし、もういいんじゃないんですか」
ヤクと呼ばれた少年が、呆れながら少し面倒そうに言う。
「う~ん、でも荒れ事は嫌だなぁ」
「何ぐずぐず言ってんだ!」
胸倉を掴んでいた男がカッとなり、恭之介を投げ倒した。
身軽に受身を取った恭之介が、反射的に刀の柄に手を置く。
「うっ」
その瞬間、ロイズは思わずうめき声をあげてしまった。
身体が震えた。
あの男はロイズが予想していたよりはるかに強い。
背筋が凍るとはこのことか。腕には鳥肌が立っている。
「あんだぁ?刀に手を置いて。やろうってのか」
馬鹿どもが。
目の前の男の腕に気づかないのか。その程度では、お前らは一生Cランクから上がれまい。
ロイズは気持ちを落ち着かせるためにエールを飲もうとジョッキに手を伸ばすが、その手先は震えていた。
自分のことながら信じられない。これほどの恐怖を感じたことなど、冒険者時代までさかのぼっても記憶にない。
「いえ、刀を抜く気はありません。反射的に手をやってしまっただけです」
「あぁ、今更怖気づいたってのか」
ロイズは大きく息を吐く。気持ちを切り替えるためだ。
優男の腕を見てみたい気もするが、もう十分だろう。自分のやるべきことをやらなければならない。彼らと顔を繋ぐ絶好のチャンスだ。
「おいおい、あんたたち、やめとけ。Cランクの冒険者がみっともないぞ」
「なんだてめぇ」
ロイズは二組のいざこざに割って入る。
「こんなんじゃ、このお嬢さん方も今日はあんたらと楽しく飲めないだろう。諦めろ」
「そうよそうよ」
リリアサが笑みを浮かべながら手を叩く。あまり煽らないで欲しいのだが。
「あんだと!」
「おっと」
案の定、男の一人がロイズにつかみかかってきた。
それを軽くいなし、床に投げ転がす。
「てめぇ!」
もう一人もこちらに向かってきたが、同じように床に転がす。
「まだやるかい?」
何度か投げてやると、二人はさすがにロイズとの力量差がわかったようで、もう向かって来ようとはしなかった。
二人が武器を抜かなかったのは懸命だ。抜いていたらこの程度では済まない。
「オークの集団と戦ってきて気が高ぶってるのはわかるが、嫌がる女に手を出すな。娼館にでも行ってこい」
ロイズは銀貨をいくらか投げてやる。
もっとも、この二人の美人を見た後に、場末の娼館で満足できるとは思えないが、ガス抜きにはなるだろう。
「あ、あぁ」
「す、すまねぇな」
男たちは罰が悪そうにへこへこと頭を下げながら、食堂から出ていった。
二人が出ていくと、食堂中からロイズに向かって拍手が飛んできた。ここまで目立つ気はなかったので、少し恥ずかしい。
「みんな騒いですまなかったな。お詫びにここにいる全員にエールを一杯おごらせてくれ」
拍手喝采は更に大きくなる。ここまで来たら思い切り目立ってしまおう。
「ありがとう。助かったわ、強いのね。それにまとめるのが上手」
リリアサが微笑みながらお礼を言ってくる。
その妖艶な笑みには、五十歳近くなり半ば枯れているロイズでも、思わずくらりときてしまう。
「いえ、勝手に手助けしただけですよ。俺が手を貸さなくても何とかなっていたでしょう」
マイペースに食事を続けている恭之介を見る。
「あら、わかった?」
「えぇ、彼はすごいですね」
「そう、そうなの。でもまぁすごいんだけど、ちょっとね、鈍いのよ」
そう言いながらも、リリアサはどこか誇らしそうに笑う。
「ありがとうございました。助かりました」
当の恭之介は鈍いと言われたことを全く気にしていないように見える。こうして見ると、のんびりとした優しそうな青年だ。
しかし、柄に手を置いた瞬間の衝撃は忘れられない。向き合ったことでまた震えそうになるが、腹に力を入れ、何とか耐える。
「俺は行商人のロイズと言います。どうぞお見知りおきを」
こちらが差し出した手を恭之介が気軽に握る。
必要以上に目立ってしまったが、この連中とお近づきになれたことは、大きな収穫だった。
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