本日9話目。
初回は14話更新です。
この風体だ。当然と言えば当然だろう。レンドリック・レイチェル兄妹に素性の質問を受けた。だがそこには悪意や警戒はなく、純粋な興味だけがある。
転生のことを話していいものか迷ったが、リリアサはその点については特に何も言っていなかった。言わなかったということは、隠す必要はないのかもしれない。
そもそもこんな大きなことを隠し続けられる気がしなかった。口下手な自分にそんな器用な真似はできない。
それに彼らには正直に話した方が良い気もした。誠実な人物に見えるし、この二人に話す分には、それほど悪いことにもならないだろう。もしかしたら、この世界での身の振り方も教えてもらえるかもしれない。
「信じてもらえるかわかりませんが……」
そう前置きして、恭之介はここに至るまでに起きたことを包み隠さず話した。
「転生者か」
「まさか自分が会えるなんて思ってもみませんでした」
話している本人からして突拍子もない話だと感じるが、意外にも二人はすんなり信じてくれたようだ。
信じてくれた背景には、他の転生者の存在があった。どうやらこの世界には、これまでも転生者が来たことがあるらしい。そのおかげで、恭之介の話をすんなり信じてくれたのだ。
「この世界には、今二人の転生者がいることが確認できている。恭之介殿で三人目ということだな。まぁ私は会ったことはないが」
これには恭之介も驚いた。まさか今現在、この世界に自分と同じ転生者が存在しているとは思ってもいなかったのだ。
リリアサの話では、世界は数えきれないほどあると言っていたので、同じ時に、しかも二人もいるとはすごい確率ではないのか。
あるいはこの世界は、転生者を送りやすいなどの理由があるのかもしれない。もっともこれ以上は恭之介が考えても仕方のないことである。
「転生者は神々から能力をもらえると聞いているが、恭之介殿の強さはその能力なのか」
ギフトの件も知っているのか。説明が苦手な恭之介にとってこれは助かる。
「いえ、私がもらったのは言語能力だけです。そのおかげでこうやってみなさんと話すことができます」
「そうか。その力も便利なものだが、どうして他の能力をもらえなかったのだ?」
「断ったんです」
「なぜ?」
レンドリックは眉間にしわをよせ、不可解といった表情を浮かべる。
「う~ん、自分の努力なく強い力をいきなり持っても、いいことはないと思いまして。それに過分な力は身を滅ぼします」
「言い分はわかるが、実際に決断できるのが大したものだな。うむ、潔い。恭之介殿と違い、この世界にいる他の転生者たちは、みな強大な力を得て、その力をもって活躍しているそうだ」
「でも、ギフトはもらなかったにせよ、この世界に来ただけで、大きな力を得てしまって、少し困惑しています」
「あぁ、潜在能力の解放、補正というやつか。世界によって力が変わるとは、不思議なものだな」
リリアサから聞いた突拍子もないことを、口下手な恭之介が説明しているため、ますますわけのわからない話になっていると思うが、この兄妹はしっかりと理解を示している。
「まぁ何にせよ、恭之介殿は今日からこちらの世界の住人になったということだな。強者が来てくれて嬉しく思う。これからよろしく頼むぞ」
レンドリックが手を差し伸べてくる。どういうことか。
「恭之介殿の世界では、握手の習慣がなかったのか。同じように手を差し出して握るのだ」
「なるほど」
恭之介は言われた通りにする。
「そうだ。まぁなんというか友情の証のようなものだな」
「これが握手ですね。覚えました」
しばらくするとオーリンが女性と一緒に食事を持ってきてくれた。おそらくこの女性がオーリンの妻なのだろう。
「セニアさん、ありがとうございます」
「足りなかったら言ってください。追加をお持ちします」
レイチェルがなべと器を受け取る。
「恭之介様、おかげさまで、村のみんなに少しずつヘルゲートボアの肉が行き渡りましたよ。ありがとうございました」
オーリンがこちらに頭を下げた。
「そうですか。それは良かったです」
「坊ちゃま、解体は言われた通りにやっておきました。保存庫も多少はうるおいそうです」
「そうか、ご苦労」
そのあと、更にレンドリックからいくつかの指示を受け、オーリン夫妻は帰っていった。
「さぁ、食べようか、恭之介殿」
焼いた肉と汁物とこげ茶の塊が出された。山ごもりをしていた時、猪はよく食べていたが、恭之介の粗野な料理と比べ、ずっとおいしく感じた。こげ茶の塊は、パンという麦からできた食べ物らしい。初めて食べたが、汁に浸して食べるとこれもまたおいしかった。
「口に合うようで良かったです。スープのおかわりはいかがですか」
「いただきます」
「助けていただいた子どもたちが取ってきた野草や木の実が入っているそうです。ぜひ恭之介様に食べていただきたいと」
「そうですか、ありがたく頂戴します」
レイチェルから器をもらう。
子どもたちの顔を少し思い浮かべ、さじを口に運んだ。ややとろみのある食感で、これまで食べてきた汁物とは少し違うものだったが、これはこれで美味しい。
「そうだ、大切なことを忘れるところだった」
レンドリックがおもむろに立ち上がり、他の部屋へ行く。
何事かと見ていると、小さな革袋を持ってきた。
「ヘルゲートボアの代金だ、受け取ってくれ」
中に入っていたのは銀貨だった。
「毛皮も傷つけず、きれいに仕留めてくれたからな。子どもも救ってくれたことだし、色をつけてさせてもらった」
路銀が全くない身からすればありがたい臨時収入だが、恭之介には別の考えが浮かんでいた。
「お金はいりません」
「ん、なぜだ?もしや村の心配をしているのか?金は多少はあると言っただろう」
「いえ、そのかわりと言ってはなんですが、この村にしばらく置いてもらえませんか」
オールビー兄妹は少し驚いた表情を浮かべた。
せっかく新しい世界に来たのだから、いろいろなところを巡ってみたいと思っているが、それはいずれの話だ。
今はこの世界のことを知り、慣れることが先決である。そのためにはどこかしらに腰を据える必要があると恭之介は考えていた。
その点で考えると、この村は雰囲気も良いし、領主であるレンドリックも信頼できそうな人物だった。狩りで役に立つこともできそうなので、しばらく住むにはうってつけと思える
「駄目でしょうか」
「いや、駄目なはずがない。こちらとしては腕の立つ君がここに住んでくれるのは大歓迎だ。むしろ、そうなってくれたら助かると考えていたくらいだ」
そう言いながらも、レンドリックは難しい表情を隠さない。
「しかし、決めるのはこの村の状況を知ってからにした方がいい。いいか、勘違いしないでくれ、君のことは大歓迎だ。だが、これは君のことを思って言っている」
レンドリックの赤い瞳が熱を帯びたように光る。
「このまま住んでもらっては、何も知らない恭之介殿を騙すようで気が引ける。聞いた後、もう一度考えてくれ」
「わかりました。話してください」
やんごとなき事情がありそうだ。
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