本日6話目。
初回は14話更新です。
「では恭之介君。これからの話をしましょうか」
リリアサが屈託のない笑顔で言った。
「はい、お願いします」
「残念ながら、ここに来てしまったあなたは、元に戻ることはできない。ここは『転生の間』だから」
「そうですか」
すでに無事に帰れるとは思っていないので、大した驚きはない。
「そうね、元の世界に帰りたいなら、違う生き物になる必要がある。そのままのあなたでいたいなら、違う世界に行かなければならない。その場合は転移だけど、まぁこの際、言い方はどちらでも構わないわ」
「転生の間だからですか?」
「そう、転生は常に一方通行。同じ道は通れないのよ」
「はぁ」
理屈はわからないが、一応うなずいておく。
「だからあなたは選ばなければならない。違う生き物になって元の世界に戻るか、そのままのあなたで違う世界に行くか」
「それだけですか?」
「え、どういうこと?」
「何か罰のようなものはないんですか?」
「……ないわ。私はそう判断しました」
「そうですか」
「むしろ、元通りにしてあげられなくてごめんなさい。この部屋と私にその権限はないの」
「謝らないでください」
命を捨てる覚悟だった恭之介からすれば、破格の条件である。
「では、違う世界に行きます」
「さすが、決断が早いわね。でも私もそれがいいと思うわ」
リリアサが嬉しそうに笑う。
「ちなみにその世界に行っても、本当にこのままですか」
「う~ん、実は完全にそのままというわけにはいかないの。でも悪いことじゃないと思うわ。あなたはね、新しい世界に行ったら更に強くなる」
「え?その世界に行くだけですか?」
「そう。あなたを送ろうと思っている場所は、これまであなたが生きていた世界線より、生き物全般の能力がずっと高いの。潜在能力が解放されている状態ね。だからあなたもその補正がかかる。多分これまでよりもずっと速く動けるし、力も強くなるし、新しい必殺技なんかも覚えちゃうかもしれない」
「必殺技?」
「アーツっていうんだけどね、例えば……斬撃が飛んだり、爆発したり、大人数を一度に斬り伏せたりとか。魔法……妖術みたいなものね、そういうのも使えるようになるかも。まぁこればっかりは適性があればだけど」
「すごいですね。強い人もたくさんいそうです」
「ええ、びっくりするぐらいね。あと、あなたのいた世界みたいに平和じゃないわ。魔物って言われる、動物を強く凶暴にしたような生き物もいるし、人間同士の争いも多いし」
「そうですか。それはそれは」
楽しみですね、とはさすがに言えなかった。
争いがあって良いことなどないのに。やはりどこかで闘うことを望んでいるのだろうか。自戒しなければならない。
だが、これは思いがけない幸運かもしれない。どんな世界かわからないが、元々旅が長かった恭之介からすれば、見知らぬ新しい町に行くのとさほど変わりない。そして争いのあるところならば、自分の力が人の助けになることもあるだろう。
「あと、新しい世界へ行く私から贈り物」
「え?そんな、いただけません」
「まぁ話を聞くだけでも聞いて」
「わかりました」
リリアサは指を立て、少し誇らしげだ。
「私は恭之介君に特別な力か特別な道具を一つだけ渡すことができます。神々やそれに準ずる立場の者の加護みたいなものかしら。一応、私も時の魔女ってそれなり役職だからね、加護を与えられるってわけ。与えられた力はみんな『ギフト』って呼ぶわ。とてもすばらしいのよ~。例えばどんな攻撃も跳ね返す絶対防御、敵の技をすべて完璧に模倣できる能力、あらゆるものを燃やし尽くす火の魔法、人の心を読む読心術、様々な物を生み出す創造の力。道具なら、この世に斬れないものなどない最強の刀、何ものも通さない最硬の盾などなど……さぁどんなものが望みかしら」
「ギフト、ですか?それをもらうと、いきなり強くなれるんですか」
「まぁ平たく言えば、そうかしらね」
「ではいりません」
「え?」
リリアサの目が大きく見開く。何やら衝撃を受けたようだ。
「貰いものでいきなり強くなっても、持て余してしまいそうですし、そもそも強さは自ら鍛えて得るものかと」
「……武器、ほら、最強の刀は?」
「刀もこの暮霞があります。使い慣れていますし、折れてもいないのに別の刀にする気はありません」
「本当に何もいらないの?後悔しない?」
「はい」
「……ホント変わった人ね。まぁそんな人じゃなきゃ、時空なんて斬れないのかもね」
リリアサは口ではそう言いながらも、大きく落胆しているように見える。
「でもこれだけはもらっていって。言語能力。新しい世界でも普通にしゃべれる力。新しい言語を一から覚えていたら時間がもったいないでしょ?」
言葉のことは考えてもいなかった。確かに元の世界でも異国の人間とは話すことができなかった。言葉を覚えるまで人と全く話せないのは不安ではある。
「言語能力は、転生のときにみんなもらうのが当たり前?まぁ普通はもらうし?断るとかありえないし?みたいになっているから。恭之介君だけもらわないっていうのはねぇ……ほら言葉が通じなかったら不便よぉ~」
どうやらリリアサは、どうしても言語能力を与えたいらしい。
こうなるとあまり断るのも失礼かもしれない。言葉が話せるのは確かに便利だし、ありがたくいただくほうが良いだろう。
「わかりました。ではお言葉に甘えさせてもらいます」
「ええ!ぜひ甘えてちょうだい」
リリアサの満面の笑み。それを見れただけでも承諾して良かったかもしれない。
「ありがたくちょうだいします」
「どうぞどうぞ」
リリアサが恭之介の顔の前に手をかざし、何やらつぶやく。
「はい、これで完了。もうあなたは言葉に困らないわ」
「え、本当ですか?」
「ええ、新しい世界に行けばわかるわ。普通に話せるはずよ」
「そうですか、すごいですね。ありがとうございます」
「じゃ、名残惜しいけど、そろそろお別れね。これから新しい世界への門を開くわ」
リリアサは机に触れ、何やら操作し始めた。
しばらくすると、恭之介が入ってきた穴とは別のところに、しっかりとした門が現れた。
「これが正規の時空門。ちゃんとしているでしょ。さ、この門を通ればあなたは新しい世界へ行けるわ」
恭之介は門の取っ手を引く。門は簡単に開き、中には漆黒の闇があった。ここに来るときに入った裂け目の闇と同じに見える。
「さ、あなたの新しい人生に幸あることを祈っているわ」
リリアサは腕を組んで、恭之介を真っ直ぐ見つめてくる。
「いろいろとありがとうございました」
「こちらこそ、本当に刺激的な時間だったわ。時間を忘れるくらい」
そこで彼女はくすりと笑った。
「最後にもう一つ質問してもいいですか?」
「……最後と言わず、いくつでもどうぞ」
リリアサは笑顔で小さくうなずく。少し寂しそうにも見えた。
「いえ、一つだけで大丈夫です」
「そう。何かしら?」
「私の力は新しい世界では、人の役に立つでしょうか」
「そうね……普段はまず使わない言葉なんだけど、今日は言ってもいいかもね」
リリアサは口元を上げ、小さくうなずいた。
「絶対」
力強い発声とともに、髪と同じきれいな栗色の瞳を真っ直ぐ恭之介に向ける。
「あなたの力は人のためになるわ。安心して」
「勇気が出ました。ありがとうございます」
「良かったわ。それじゃ、気をつけていってらっしゃい」
手を振る彼女を背に、恭之介は門をくぐった。
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