本日12話目。
初回は14話更新です。
結局、魔物は初日から、午前午後合わせて三回現れた。一日三回の襲撃というのは平均的な回数のようだ。不謹慎かもしれないが、おかげで罪悪感が薄れたのは内緒である。
魔豹に加え、今日はジャッカロープという鹿のような兎のような新しい魔物を見ることができた。どちらも大した強さではなく、それほど時間もかからず倒すことができた。
「ジャッカロープはおいしいのよ。今日の夕飯で出してあげるわ」
オーリンの妻、セニアがふくよかな腕を素早く動かし、見事に肉をさばいていく。
さばくのを手伝おうとしたが、恭之介の不器用さを見たセニアにやんわりと断られた。
「本来、お肉なんてね、ぜいたく品なのよ。でもここじゃ定期的に食べることができるから、ありがたい話よ」
「私の国でも、獣の肉を食べる人は少なかったですね」
「やっぱり高級品だから?」
「いえ、宗教上の理由でしょうか。でも隠れて食べていた人も結構いましたし、私にいたっては、山で修行することも多かったので、関係なくよく食べていましたよ」
「そうなのね、肉を食べない人は何を食べていたの?」
「米とか野菜とか、あとは魚とかでしょうか」
「お米ね、ここじゃ作ってないけど、それなりの町に行けば食べられるわよ。」
「そうなんですね、それは良かった」
「お米好きなの?」
食べ物など腹がふくらめば何でも良いと考えているが、うまいにこしたことはない。パンもうまいと感じるが、やはり食べ慣れた米も食べたいと思ってしまう。
「町に行けるようになったら、買ってきてもらうようにお願いしてあげるわよ。私も食べたいし」
「そんなことできるんですか」
「レンドリック様なら聞いてくれるわよ。もちろん、日頃の働き具合でしょうけど、恭之介さんなら大丈夫でしょ」
「そうですか、ならもっとがんばらないといけませんね」
「ええ、がんばってちょうだい」
恭之介の肩をたたくと、再び小刀を上手に動かし、肉をさばいていく。
陽が沈むと同時に、恭之介の衛兵としての仕事は終わる。もちろん、夜も魔物は現れるが、別の方法で魔物の侵入を防いでいるらしい。
どういう方法が知りたいと伝えると、レイチェルが案内を買って出てくれた。
「こちらです」
レイチェルが指したのは、村の真ん中にある祠のようなものだった。祠の中には青いきれいな岩が納められていた。大きさは人の頭ほどである。
「この水晶は、魔力を集めることができます」
「どうやって集めるんですか」
「口で説明するより、見た方が早いと思います。少し待ってくださいね」
レイチェルの言う通り、そのまま待っていると村人たちが集まってきた。
「みなさん、今日もよろしくおねがいします」
「こちらこそだよ、レイチェル様」
一人の農夫が、水晶に手を置く。すると、水晶が淡く光った。
「手を置き、自分の体から水晶に魔力を流すことで、この水晶に魔力がたまります」
「魔力はみなさん持っているものなんですか?」
「そうですね、魔力の多い少ないは個人差がありますが、基本的にこの世界に生きている人で、魔力がない人はいないと思います」
「魔力を使って、人も魔物も魔法を使うのですか」
「はい。お兄様のように火を操る魔法もあれば、オーリンさんのように物質を軽くする魔法もあります。また魔豹のように、魔力を身体能力を上げるために使う方法もあります。魔法の種類は多種多様です」
恭之介が説明を受けている間にも、村人たちが次々と水晶に手を置いていく。
「村人のみなさんは、この水晶に魔力を吸い取られてるわけですよね?」
「そうですね」
「なくなった魔力はどうやって元に戻るんですか?」
「体の疲労と似ているところがあるので、寝て起きれば普通は回復します」
体力みたいなものだろうか。
魔法に慣れていない恭之介にとっては、いまいち理解が難しいが、この世界の人々にとって、魔力は身近な存在のようだ。
「この水晶は貴重なものですか」
「いえ、それほど貴重なものではありません。たいていの魔道具屋で売ってますよ。あ、魔道具というのは、魔法の力で、いろいろ便利な機能がついた道具と言えばいいでしょうか」
「まどうぐ……なるほど」
そうは言ったものの、いまいちよくわからない。いずれ他の物も見る機会があるだろうか。
村人が全員、魔力を水晶に注いだようだ。
ここで一つ、新たな事実がわかった。恭之介には魔力が一切なかったのだ。
恭之介も試しに水晶に手を置いてみたところ、何の反応もなかった。それは魔力が一切ないという証拠らしい。
これまで魔法など当然使えなかったのだから、そんなものだろうと特に何も思わなかったが、レイチェルの反応を見るとかなり珍しい事例らしい。
「気にしないでくださいね。恭之介様には剣の腕がありますからね。大丈夫ですよ、えぇ、大丈夫です。全く問題ありません。」
彼女が慌てたように一生懸命励ましてくるのを見る限り、この世で魔力がないのは相当のことらしい。
だが、恭之介自身はむしろ半端な魔法に惑わされず、剣だけで戦えることに安心していたぐらいなので、彼女の気遣いを申し訳なく思う。
「この水晶にたまった魔力を使って、村に結界を張ります。夜はこの結界の力で、魔物から村を守るんです」
「昼間はどうして結界を張らないんですか」
「魔力を夜の結界に集中することで、より強い結界にしているんです。昼間はお兄様が対応し、その代わり、夜は村人が不安を感じないほどしっかりとした結界を張るようにと」
「あぁ、それはいい考えですね」
昼間は人が対応し、夜は強い結界で確実に防ぐと、レンドリックが考えたらしい。
魔物が近くにいるという暮らしの中で、毎晩不安もなく、しっかりと休めるのは大きい。
夜も魔物の影に怯えていては、身も心も休まらない。中途半端な手を取らず、より確実な方法を取っているのだろう。
「ところでだれが結界を張るんですか」
「私です」
レイチェルが少し恥ずかしそうに言う。
「へぇ、すごいですね。これから結界を張るんですよね?見ていてもいいですか」
「はい。特に面白いものではないと思いますが……」
恥ずかしそうな表情を浮かべていたのは一瞬で、水晶の前に座るとすぐさま集中した。
レイチェルは、体の前で手を合わせ、何やら言葉をつぶやく。呪文のようなものだろうか。
周囲の空気が張りつめ、少し肌寒く感じる。
だが、寒さを感じたのは束の間で、今は清浄な空気に包まれているような心地よい感覚を覚えた。
「終わりました」
レイチェルが少し疲れたように息を吐く。
「特に見た目の変化とかはないんですよ。でもしっかり結界が張られているので安心してください」
「この結界はどのくらい強度があるんですか」
「そうですね、数値化するのは難しいですが……例えば、ヘルゲートボアぐらいの魔物であれば何頭現れても壊すことはできないと思います」
魔物の侵攻について、まだしばらく大丈夫と言った理由がわかった気がする。
「それはすごい」
「いえ、村のみなさんの協力のおかげもあります。それに私は結界魔法しか満足に使えなくて……。他の魔法も使えれば、もっとお役に立つことができるのですが」
十分すぎるほど役に立っていると思うが、レイチェルは申し訳なさそうにするだけである。謙虚な女性だ。
「いえ、とても大きな役割をしていますよ。夜にしっかりと休めるというのは、とても大切なことです。特にこんな状況下ならば、普通は精神がどんどんすり減っていきますが、村の人たちを見る限り、そうは感じません。この結界のおかけでしょう」
「そのように言っていただけるとうれしいです」
レイチェルが少し頬を赤くしてはにかむ。
「さぁ、そろそろ晩ご飯の時間ですね。うちへ帰りましょう」
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