本日1話目。
本日2話更新です。
夕食時の騒がしい食堂にもだいぶ慣れてきた。
酒を飲んだと思われる男たちが、大声で楽しそうに話している。
この宿の料理はなかなか美味い。また材料を持ち込めばそれも調理してくれるので、毎日魔物の肉が手に入る恭之介たちは重宝していた。
今日もジャッカロープの肉を渡して、調理してもらったので、テーブルの上はいささか華やかだ。
何となく定位置になりつつある隅のテーブルに腰掛け、みんなで夕食を食べていた。今日は行商人のロイズも一緒である。
「へぇ、じゃあまだ村に名前はないのかい?」
「はい、お兄様が村に名前をつけるのは、村が安定してからだと言って」
「まぁ開拓したばかりだとそんなもんなのかもな」
「そうだったのね、通りで誰も村の名前を言わないと思ったわ。でも、そういうことならそろそろ名前をつけても良さそうね」
冒険者稼業は順調だった。
今のところ一日に稼ぐ金額が滞在費をはるかに超えているので、出稼ぎとしては成功だろう。
日が暮れるまで魔物を狩り、夜には宿の食堂で一息つく。ここ数日そんな流れで一日を過ごしていた。
先日の一件から、ロイズともよく話すようになり、食堂で見かけると声をかけてくる。
「しかし、このご時世に一から村を開拓とはよくやったもんだ」
ロイズは、初めこそ商人らしい丁寧な口調だったが、我々に慣れてきたのか最近では崩した話し方になっている。どうやらこちらが素のようだ。
話を聞けば、ロイズは元冒険者だそうだ。立派な体格に隙のない身のこなしをを見る限り、今も商人ではなく冒険者に見える。
本人曰く、大した腕じゃなかったとのことだが、先日の騒ぎでCランク冒険者を楽々と投げていた様子から間違いなく腕は立つだろう。
「今、開拓する人は珍しいの?」
「あぁ、いないわけじゃないが、少ないな」
「世の中が乱れてるから?」
「そうだな。今は大陸全体がきな臭い」
ロイズがリリアサのグラスにワインを注ぐ。酒を飲むのは主にこの二人で、恭之介は控え目に飲むくらいである。
「我らがウルダン王国は、政変があって権力図が一遍した。ノアサグト家が王の第一の側近となり、権力を手にしたが、それを面白くないと思っている輩が暗躍しているよ。内乱の芽は方々にある」
恭之介はちらりとレイチェルを窺うが、彼女の表情に特に変化はない。
ノアサグト家というのが、レンドリックとレイチェルの実家というのは前に聞いていた。実家とひと悶着あって、今この村にいるとレンドリックが説明してくれたのだ。
だが、二人の実家がそこまでの大身というのは知らなかった。王の側近ということは、実質この国を動かしているのはノアサグト家ということではないのか。
「隣のトゥンアンゴ王国は、内乱の芽どころか完全に内乱中だ」
「国内で戦をしているんですか?」
「あぁ。ちなみに恭之介さんはトゥンアンゴ王国についてはどのくらい知っている?」
「それがほとんど知りません」
「そうか。まぁ簡単に言うとな、あそこは王国と言いつつも王にほとんど力はない。色々な部族がいて、それぞれが自分の生活を守っている。いわば小さな国の寄り合い所帯みたいなもんかな」
それは少し想像しやすかった。恭之介が前にいた国がそのような体系だったからだ。
「それぞれの部族が、自分の利害でくっついたり戦ったりするから、国として一致団結できない。そのせいで、国の面積自体はでかいんだが、文化や技術は遅れている。いまだに裸で穴倉に暮らしてる部族もいるくらいだ」
「でも今、少し状況が変わってきているんでしょ」
「あぁ、リリアサさんは知ってるんだな」
「少し聞きかじっただけよ。実際にこの大陸を歩き回っている人の話を聞きたいわ」
リリアサは時の魔女だった時に、この世界を見ていたと言っていたので内情を知っているのだろう。
だが、彼女はいつも、実地に勝るものはないと言っている。
「まぁ俺も聞きかじったようなもんだが」
そう前置きをして、ロイズは話し出す。
「トゥンアンゴにとって内乱ってのは日常茶飯事なんだが、今回の内乱はちょっと違う。国を統一する動きがあるんだ」
「統一、ですか。部族の自治を無くす動きということですか、ロイズ様」
「あぁ、レイチェルさんの言う通りだ。部族間の独立心が強いせいで国がまとまらず、財政も文化も貧しいことを憂いた奴がいるのよ。そいつが国を統一しようとしている、というか、もうほぼ統一しかけてるな」
「それが噂の彼ね」
「英雄エンナボ。そいつが何百年もまとまらなかったトゥンアンゴを統一しつつある。とんでもねぇ男だよ」
ロイズが腕を大きく開き、少し興奮したように言う。
「まず名字が無い。ただのエンナボ。要は名字を持っていない平民の出だ。元々は狩人って言ったかな、そいつが弱小だった自分の部族を率いることから始まって、今じゃ大国をまとめようって話だ。スケールがちげぇ」
「すごい人なんですねぇ」
「あんまり好きな言葉じゃねぇが、こいつには使いたくなる。まさに天才だ。戦も強い、統治能力も高い、懐も深い。不世出の英雄よ……ってちょっと脱線しちまったな」
自らを落ち着かせるように、ロイズはワインで口を湿らす。
「そんな感じで隣のトゥンアンゴも争いが絶えない。大陸が乱れているときは、魔物の動きも活発になる。各地で魔物の洞穴の発見報告も増えているしな。だから今、村を開拓するってのはすげぇって話になるわけだ」
「人の怨み苦しみが、大気中の魔素を濃くするっていうからねぇ」
「あぁ、そう言うな。だから魔物も増えるし強くなる。物騒な世の中よ」
「魔素は魔物にも関係があるんですか」
魔素というのは、魔法を使う時に使う大気中の物質らしい。体内の魔力と大気中の魔素を練り合わせることで、魔法が使えるようになるとのことだ。
魔法を使えない恭之介にとってはあまり関係のないものだと思っていたが、魔物が関係しているとなると少し気になる。
「魔物はね、魔素が好きなのよ。普通魔素はね、秘境や僻地みたいな人があまりいないところに濃く発生するの。この星がそうしているのね。だから強い魔物ほどそういう極地にいるわ。だけど、それ以外に人の恨みや苦しみといった負の感情が魔素を増やすっていうのもあるの。まぁ理由は諸説あるけど、とりあえず今わかっているのは、魔素が濃いことで、魔物は増えるし個体の能力も強くなるってことね」
争いは当たり前のように負の感情を生む。
「だから最近は、人里にも強い魔物が出たりするな。俺たち行商人にとっても、これまで以上に危険が増えている。だが、そんな時だからこそ、行商人の価値が上がるってもんだ」
力強く言い、グラスに入ったワインをすべて呷る。
「村に戻る時は、一緒に行くからな。置いて行かないでくれよ」
「もちろんです、こちらとしてもロイズ様は大歓迎ですから。お兄様もきっと喜びます」
「そう言ってくれると嬉しいねぇ。やっぱ商売も冒険が大事なんだ。誰も行かないところへあえて飛び込むことで活路を見出す。俺はそうやってきた」
村に行商人を呼びたいとは、レンドリックが常々言っていたことだ。だがそれと同時に、辺境の地にある村へ来るような物好きはいないだろうとも言っていたが、幸いなことに物好きな行商人が見つかった。腕も立つので、更に好都合だ。
その後も上機嫌に色々と語るロイズの話を聞いていると、町中に大きな鐘の音が響いた。
「……なんかあったな」
今まで大量の酒を飲んでいたとは思えないほど、ロイズの目が鋭くなった。
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