天下無双の武士、太平の世に居場所なし  ~剣極まりすぎて時空を斬り、異世界へ~

那斗部ひろ
那斗部ひろ

第7話 オールビー兄妹

公開日時: 2021年2月9日(火) 16:49
文字数:3,714

本日8話目。


初回は14話更新です。

「さて、恭之介殿。村へ戻る前に一つ相談があるのだが」

「なんでしょう?」

「このヘルゲートボアを譲ってくれないか。もちろん代金は払う」

「ええ、それは構いませんが」

「そうか、それは助かる。あ、もちろん買い叩いたりせず、相場の額を払わせてもらうから安心してくれ。このオールビー・レンドリック、恩人にそんなけち臭いことはしないぞ」

「はぁ」


 実際のところ、相場がわからないので、正当な額か判断のしようがない。だが、自らそこまで言っているのだから、信じても大丈夫だろう。


「だが、具体的な交渉はあとでもいいか?」

「もちろん、大丈夫です」

「助かる。あまりここに長居はしたくない。それに村を長く空けるわけにはいかないのだ」


 もっともな意見だった。またいつこのような化け物が現れるかわからない。


「オーリン、運ぶ準備を頼む」

「かしこまりました、坊ちゃま」


 オーリンと呼ばれた男がそう言いながら猪の体に触り出した。


 改めて猪を見たが、小屋ほどの大きさだ。今いるこの人数で運べるとは、到底思えないが、それについて異議を唱えるものはいない。


 そのまま作業を見ていると、オーリンの手元が光っているのに気づく。


「何をしているのですか?」

「これですか?軽量化の魔法をかけてるんですよ」

「軽量化?軽くなるということですか」

「えぇ、おっしゃる通りです。魔法をかけなければ、こんな大物この人数で運べませんからね。さ、体は終わりました。次は頭です」


 手慣れた様子で、オーリンは次の作業に移る。


 本当に軽くなっているのか、試しに猪の体を持ち上げてみると、ほとんど重さを感じない。とんでもなく便利ではないか。


「軽量化の魔法を見たことがないのか?」


 レンドリックが少し驚いたように言う。


「はぁ、見たことがないというか何というか」

「珍しいな。軽量化の魔法はわりとどこでも使われていると思ったが。うむ、どんな生き方をしてきたのか、ますます興味がわく」


 どうやら軽量化の魔法は一般的なものらしい。あまり不用意な発言をしていると、不審に思われるだろう。怪しまれる前に、転生してきたことを伝えたほうがいいかもしれない。


 大人たちが手分けして猪を運び出す。大きいので安定させるのに多少手間はあるが、重さがほとんどないので、大した労働ではないのだろう。子どもたちもしっかりと自分の足で歩き、つつがなく村へ到着した。


 村へ入ると、女性がこちらに向かって駆けてきた。どうやらラテッサの母親のようで、叱責と安堵が混じった言葉をかけている。ラテッサは母親に会ったことでまた泣き出した。


 ヤクのところへは誰も来ない。もしかしたらみなし児なのかもしれない。当のヤクは、ラテッサの母親に謝罪している。連れ出したことについてだろうか。幼いながらに気が回る少年だ。


「ヤクはすでに僕が叱ってある。村を思っての行動だ。あまり責めないでやってくれ」

「ヤクがわるいんじゃないよ!ラテッサがじぶんでついていったの」


 レンドリックやラテッサにそう言われ、母親も特にヤクを責めることはしなかった。


「さぁ、それよりもお客人だ。子どもたちの恩人だぞ。とんでもない凄腕の持ち主で、なんと、そこにあるヘルゲートボアの首を一太刀で斬り落とし、子どもたちを救ってくれたのだ」


 レンドリックが芝居がかった動作で、恭之介のことを紹介すると、村人たちは歓声を上げた。


 むやみやたらともてはやされるという、恭之介が苦手な状況下に陥ってしまった。せめて不愛想にならないよう、ちょこんと頭を下げる。


「恭之介殿、僕の家へ行こう。小さい家だが、できる限りのもてなしをさせてくれ」

「お世話になります」

「レイチェル、恭之介殿の案内を頼む。僕は解体と食事の指示をしてから戻る」

「かしこまりました、お兄様」


 レンドリックと同じ髪色の少女が近づいてきて、恭しく頭を下げる。


「はじめまして、恭之介様。オールビー・レンドリックの妹、レイチェルと申します」

「音鳴恭之介です」

「村の子どもたちを救っていただき、ありがとうございました」


 服こそ他の村人と変わらないが、所作一つ一つや、しっかり手入れされた長い金髪に品の良さを感じる。兄と同じく、この周囲の風景にはあまりそぐわないように思える。もっとも、恭之介に女性を語れるような素養はない。


「いえ、成り行きです」


 レンドリックへの返答と同じものになってしまう。我ながら気の利いたことが言えない。


「それでもお救いいただいたことは事実です。さ、こちらへどうぞ」


 レイチェルが優雅に手でいざなう。


 はきはきと指示を出すレンドリックの声を背に、彼の家へ向かって歩きだす。村の高台にあるのがレンドリックの家のようだ。 


 村の高台に登ったところで、歩みを止め周囲を見渡す。村は深い森に囲まれているが、人の手が入っているところはしっかりと丁寧に開拓されている。


 近くには小さいが川も流れており、水がそれなりに豊富なためか農地の実りは豊かに見える。小さな村ではあるが、隅々まで手入れが行き届いているように感じた。


「どうですか、私たちの村は?」

「農業について素人の私でも、みなさんがしっかりと畑の手入れをしているのがわかります。いい村ですね」

「そうですか。そう言っていただけるとうれしいです」


 レイチェルは慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。


 レンドリックの家は、他の家と比べたら多少は大きかったが、領主の家とは到底呼べないほど質素なものだった。


 家の中でもっとも大きいと思われる部屋に通される。大きな机と椅子が並んでいた。前に異国の椅子を見たことはあったが、実際に使うのは初めてである。


 家具や調度品を見る限り、昔、旅の途中で出会った異国の物品を取り扱う商人の店で見たものに近かった。


「粗末な家で申し訳ありません」

「いえ、とんでもない」

「お茶を用意しますので、座ってお待ちください」


 言われた通り椅子に座る。正直、椅子はあまり落ち着かないが、じきに慣れるだろう。そもそも修行の中でしてきた山暮らしと比べれば、大抵のものは快適なのだ。


「どうぞ」


 しばらくして、レイチェルがお茶を持って戻ってきた。素焼きの碗に、薄い色のついたお茶が入っている。


「いただきます」


 素朴な味で、どこか懐かしさを感じるお茶だった。


「おいしいお茶ですね」

「それは良かったです。その辺りによく生えている野草のお茶なのですが、村に茶葉を作るのが上手な方がいて。野草のお茶とは思えませんよね、私も大好きなんです」


 のどが渇いていたので、すぐに飲み干してしまう。レイチェルが嬉しそうにおかわりをついでくれた。


「ちゃんと作ればこんなにおいしいんですね。以前、お茶になると教えてもらった野草を自分で煎じて飲んでみたのですが、苦くてとても飲めたものではありませんでした」

「あら」


 レイチェルは口元を押さえ、楽しそうに笑った。大人びた様子だったが、笑うと年相応に見える。十代の半ばくらいだろうか。


「おぉ、楽しそうだな」


 入り口からレンドリックの声がした。


「お兄様、おかえりなさい」

「待たせたな、恭之介殿」


 向かいの席に座り、レイチェルが出したお茶を飲みながら言う。


「食事はオーリンの家に頼んできた。できあがったら持ってきてくれる。レイは飲み物の準備だけ頼む」

「飲み物ですか?」

「あぁ、ワインがあっただろう。あれを出そう」

「……わかりました」


 レイチェルが一瞬驚いたような表情を浮かべた。


「恭之介殿は、酒は飲まれるか?」

「たしなむ程度ですが」

「そうか、それはよかった。うまいワインがあるのだ。ぜひ一緒に飲みたくてな」


 ワインというのは果実酒のことらしい。リリアサがくれた言語能力は便利なものだ。


「大切なワインだったのでは?」

「ん?あぁ、レイの反応か。いや、気にさせてすまんな。だが、大したものではないよ。ただこんな辺鄙なところだと多少手に入れにくいものだからな。まぁいずれまた飲めるようになるさ」


 レイチェルが瓶と一緒に透明の器を持ってきた。


「すごい。硝子ですか?美しい造形ですね」

「あぁ、このワイングラスか。いい造りだろう。一流の仕事だ。かさばる物はほとんど置いてきたのだが、これは気に入っていたのでな、肌身離さず持ってきたのだ」


 そのワイングラスとやらに紫紺の液体がつがれた。明らかな高級品を使って飲むのに、異常な緊張を覚える。


 乾杯と言って、グラスを鳴らした時は、生きた心地がしなかった。ワインを味わう余裕が出てきたのはしばらくたってからである。ワインは米の酒とは全く違うが、恭之介の口に合った。


「さて、僕は音鳴恭之介という男に非常に興味を覚えた。なぜこんなに強いのか、なぜあそこにいたのか。差支えなければ、君のことを教えてもらえないだろうか。どうやって鍛えた?師はいるのか?そもそも、どこの生まれなのだ?なぜこのような辺鄙なところに来たのだ?まさか流民ではないよな?」


 レンドリックが言葉をまくしたて、机に体を乗り出す。


「お兄様、そんなに矢継ぎ早に質問しては失礼ですよ」


 そう言いながら、レイチェルもこちらをちらちらとうかがっている。


 一見尋問のようにも思えたが、二人の好奇心に満ちた表情がそれを否定していた。尋問などという無粋なものではなく、純粋な興味の視線だった。

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