本日11話目。
初回は14話更新です。
翌朝、レイチェルが用意してくれた朝ご飯を食べたあと、村を散策することにした。自分の家ができるまでは、レンドリックの屋敷の一室を借りることになっている。
森に囲まれていることもあり、材木には余裕があるようで、家ができるまでそれほど待たなくても良さそうだった。
村にいる大人には、全員仕事が割り振られる。恭之介の仕事は衛兵、用心棒のようなものだ。前の世界でも、路銀を稼ぐため商家の用心棒をしたことがあったが、その時よりずっと前向きな気持ちである。
いつ現れるかわからない強盗相手ではなく、確実な脅威である魔物の存在がそうさせるのだろうか。それともこの村の空気か。
農業の知識はないが、素人目で見ても畑は肥えている。レンドリックの話では、この地の土壌は、農業をするものなら誰もが望むような豊かな土地らしい。しかし、戦争時にどうなるかわからない国境付近であること、他の町から遠いこと、魔物が多いことなど複合的な理由で、人の定着を拒んでいたとのことである。
国境付近であることと、町から遠いことはどうしようもないが、魔物に関しては、さほど大きな問題だとレンドリックは考えなかったようだ。むしろ何の危険もなく流人が暮らせるような良い土地は、そう簡単に見つからないらしい。だから多少の魔物との共存は覚悟の上だったのだ。
レンドリックとレイチェルの力があれば、時折魔物が現れるくらいはどうということもなく、安全に村の運営ができたはずだ。現にこれまで村にほとんど被害は出ていないそうで、レンドリックの目論見通りに進んでいたのは確かだった。しかし、魔物を生み出す洞穴の存在が唯一で、最大の誤算だったというわけだ。
ただ、洞穴の存在は珍しいものらしいので、そこまで想定する必要はなかったし、想定も及ばなかったそうだ。それにこの広く深い森の中を簡単な探索で見つけられるものではないのだろう。
村人のほぼ全員が農業に携わっていると聞いた。農作業以外に得意なことがある者は、その作業をすることもあるようだが、自給自足をしなければならない状況下から、村民は農作業を中心に動くことが基本らしい。
他には魔物の肉や皮を加工する仕事も忙しそうだった。それだけ魔物が現れるからだろう。もっとも、皮やその他の素材に関しては、町へ売りに行ける状況ではないので、倉庫に山積みになっている。
これだけ見れば、村の財産は順調に増えているとも言える。
森に囲まれた小さな村だが、閉塞感は全く感じない。いきなり現れたよそ者である恭之介に対しても、みんな爽やかなあいさつや会話を向けてくれる。村人たちは、生き生きとした表情で一生懸命働いていて、それを見ているだけでも気分が良かった。
だがそれと同時に、何もせずうろうろとしている自分に、かすかな罪悪感を覚える。だからといって、剣を振る以外に能がない自分に何ができるだろうか。
力仕事くらいならできるが、あいにくそのような仕事はないし、たとえあっても気を使われて手伝わせてもらえなそうだ。
「腕が立つということは、ここではそれだけ尊重させるのだ、恭之介」
畑を見回っていたレンドリックに声をかけられた。
ここに住むと決めたので、レンドリックには呼び捨てにしてもらうことにした。だが、通常の村人と扱いは同じようにはいかなかった。
恭之介としてはレンドリックの一領民という意識でいるが、当のレンドリックは恭之介の腕を買っているため、恭之介を下には扱わず、食客のような扱いをしてくる。
それどころか、レンドリックの方も呼び捨てで構わないと言われたが、それはさすがに難しかった。
「自分の腕にもっと自信を持っていいのだ。だからそんな申し訳なさそうな態度をとるな」
「はぁ」
態度に出ていたようだ。気をつけよう。
「まぁ、のんびりできるときにのんびりしておけ。どうせ魔物は嫌というほどやってくる」
「それもそうですね。ただ、何せ新参者ですから、早く役に立たねばと考えてしまいます」
「もうすでに役に立っている。それこそ気にするな。じゃあな」
そう言うと、忙しそうに足早に立ち去った。
レンドリックは領主という立場にも関わらず、手が空けば、農作業をはじめ様々な仕事をするらしい。
加えて、子どもたちの教育なども積極的に行なっており、短期的なところに目が向かざるを得ないはずのこの状況下で、彼は将来のことも考えているのだ。視野がとても広い。
それにひきかえ、自分は剣のことしか考えてこなかった。年はそれほど変わらないというのに、見ているものに大きな差がある。
せっかく新しい世界に来たのだ、自分も少しは変わらなければならないだろう。
「恭之介様、この村に住むことになったんですね」
見て回るところがなくなり、見張り小屋で待機してると、一人の子どもが話しかけてきた。
あの大きい猪に襲われていたヤクという少年である。その横には幼い女の子もいた。その少女にも見覚えがある。
「はい、あ、うん。え~と、ヤクだっけ?これからよろしくね」
子どもの対応はあまり得意ではない。言葉遣いも、何も考えなければ敬語になりそうだ。しかし、さすがにこのくらいの子に敬語は違和感があるだろう。
「はい、ヤクです。こちらこそ、よろしくお願いします。あ、この子はラテッサです。ほらあいさつをしな」
「……はじめまして。ラテッサ、です」
ラテッサは体半分をヤクに隠し、少し恥ずかしがりながら自己紹介をしてくる。
「二人は兄妹?」
二人が兄妹ではないことは薄々わかっていたが、話のきっかけのつもりで聞く。
「いえ、違います。家が近いので、よくいっしょにいるんです」
「ヤクはね、ラテッサのお兄ちゃんなの」
「え~と、どっち?」
「兄みたいなものです。こいつは一人っ子なので、俺をそう思っているんです」
「なるほど」
だが、この狭い村の中では、本当に兄妹のようなものなのだろう。
「あ、そうだ。改めて、この前は助けてくれてありがとうございました」
「うん、けががなくて良かったよ。でもあんな魔物が現れる森だし、これからは勝手に入らないようにね」
「はい、すみませんでした」
ヤクが少ししゅんとしたようにうつむく。
説教をしたつもりはなかったのだが、思いのほか反省しているようだ。彼にも思うことがあったのだろう。
「ヤクは村のやくにたちたいのよね」
「役に立ちたい?」
少し気まずくなった空気をラテッサが混ぜ返してくれる。言い方も相まって、言葉遊びのようにも聞こえた。
「そうよ、レンドリックさまやレイチェルさまが、まいにちがんばってるでしょ?村の人たちもがんばってるでしょ?だからヤクは森に行ったの」
「……なるほど」
ここでわからないとは言ってはいけないのだろう。子どもの扱いに慣れていない恭之介にもなんとなくわかる。
「この村はいい村ですから、俺も何か村のためになりたいんですよ。だから少しでも足しになればって、食料を探しに森へ行ったんです」
少し苦笑いをしながらヤクが通訳してくれる。
「なるほどね。でもそう思う気持ちはわかる気がする。ここはいい村だ」
「はい、みんないい人ばかりです。それに働き者が多いです」
「そうだね、みんないい顔で一生懸命働いている」
「ラテッサのお父さんがつくるやさいはおいしいのよ。きょうのすけさまも、ぜひたべてね」
やや鼻息荒く、誇らしげな様子で言う。それにしても恭之介に慣れるまでが早い。さすが子どもである。
「ありがとう、今度いただくね」
「レンドリック様の人を見る目がいいんだと思います。レンドリック様がこの村に住んでいいかどうかを決めますから」
「住む人を選別するの?」
「はい。最初に村を作ったときからそうです。村人になりたいって人全員と話して、村に住まわせるか、食料を持たせて他の町に行くように言うか、どちらかです」
「人を選んでるってことかな。よく私を受け入れてくれたなぁ」
「恭之介様は大丈夫だと判断したんですよ。俺も恭之介様はいい人だと思います」
「ラテッサも!」
なんとなく、豪快で困っている人間は助けずにはいられないような男だと思っていたが、現実的な一面もあるのかもしれない。
村の様子を見る限り、人の選定は何となく成功しているように見えるが、どういう基準で選んでいるのだろう。
「だから今いる村人たちは、みんないい人たちです。まだ二年たっていないくらいなのに、ほとんど何もなかったここが村らしくなりました」
「そうか。すごいね」
二年という期間にしてはよく発展している。ぎすぎすした雰囲気もない。無理やりやらされているのでは、こうもいかないだろう。
「こんな良い村、ありません。でもここ最近、魔物が増えてきたので、村がどうなるか心配でした。レンドリック様はすごく強いですが、お一人でしたから。俺も何か役に立ちたいと思ったけど、何もできません」
ヤクは口を強く結び、悔しそうな表情を浮かべる。
まだ十歳くらいだろうに、しっかりとした子どもだ。考え方も言葉遣いも大人びている。
自分がこのくらいの年齢の時は、何も考えていなかった。ただひたすら強くならねばと、無心に剣を振っていた。獣のようなものだっただろう。
「だから俺、恭之介様がここに住むことにしてくれてうれしいです。恭之介様は強いですから」
「うん、まぁ強いはともかく、歓迎してくれるのはうれしいな」
肯定するでも否定するでもない、あいまいな返事をしてしまった。
強いと人から言われると素直に受け取れない。自分の未熟な点が頭によぎるし、強さとは何かなど小難しいことを考えてしまうからである。
「見て!きょうのすけさま」
ラテッサが少し離れたところを指さしながら呼ぶ。
「お花。ここのはきいろいのが多いの。きれいでしょう」
「うん、きれいだね」
「あっちにはあかいお花、あっちにはあおいお花をうえてるのよ。こんど見せてあげる」
ラテッサが村の方々を指しながら、一生懸命説明をする。
「そうかい、じゃあ今度見せてね」
「うん!あ、きょうすけさま、ラテッサのお花もまものからまもってね」
「ラテッサ、無理を言うんじゃない」
ヤクがたしなめるように言う。
「でもぉ」
「わかった。私にできる限りがんばって守るよ」
「ホント?ありがとぉ!」
ラテッサが手を叩いて笑顔を浮かべた。
「あ、そろそろ干し肉作りの手伝いに行かなきゃ。じゃあ俺たちは行きます。恭之介様、また話に来てもいいですか」
「うん、いつでもおいで」
「ありがとうございます」
「またね、きょうのすけさま」
ヤクとラテッサは笑顔で手を振りながら駆け去っていく。この村では子どもも大人の手伝いで忙しい。
静かになった見張り小屋で、ぼんやりと魔物を待つ自分にまた少し罪悪感を覚えるが、それよりもしっかりと自分の仕事を務めようと心を引き締めた。
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