本日13話目。
初回は14話更新です。
村へ来てから十日ほどが経った。
恭之介の住み家となる小屋も出来上がった。レンドリックは、それなりの大きさのものを用意しようとしてくれていたが、それは断り、小さく簡素なものにしてもらった。
部屋の真ん中に囲炉裏があるだけで、机や椅子などの調度品はない。床に座る方が楽だからである。
恭之介の要求が、あまりに質素な要求だったため、気をつかっていると思われ、レンドリックにそれを否定するのに時間がかかった。
新しい木の香りが心地よい。やはりしっかりとした寝て起きる場所があるのは嬉しいものだ。自分の家をもらったことで、ますますこの村に住むのだという気持ちは強くなった。
もっとも、夜の食事は引き続き、レンドリックたちの家でいっしょに食べることになっていた。
そこまでしてもらうわけにはいかないとやんわり断ってみたが、レンドリックの強い薦めと、レイチェルの二人分も三人分も作る手間は変わらないという言葉に、あっさり流されてしまった。
レンドリック家では、領主の食事ということもあり、他の村人より時折わずかだが良い物が出る。それゆえ、料理を作ってもらうということもあいまって、さらに申し訳ない気持ちが強い。
「恭之介ほどの腕ならば、他の都市に行けば超一流の扱いをされるのだ。その上、命を張って村を守ってくれているのだから、このくらい気にするな」
レンドリックがそう言うので、無理やり納得することにした。
昼の見張りは、村人たちが手分けして行っているので、恭之介自身が見張りをする必要はない。
そのため、恭之介は魔物が現れるまで手持ち無沙汰である。そわそわしている恭之介を見かねてか、レンドリックから村の男衆に剣を教えてくれと頼まれた。
仕事をもらえるのはありがたいことだが、人に剣を教えるという点には、全く自信がなかった。これまで自分を磨くのに必死で、人に教えるようなことはしてこなかったのだ。
しかも、多くの村人が剣など持ったことがない素人で、何から教えれば良いかと途方にくれたが、やらないわけにはいかない。とりあえず、剣の持ち方など基本的なことと、人と組んでの動き方を徹底させることにした。
だが、数日だけでもやってみると多少変わるもので、それなりの動きができるようになった。複数人での動き方を覚えれば、戦術も広がる。弱い魔物に対抗できるようになるだけでも大きいだろう。
「恭之介様、今日もお願いします」
そんな大人たちの鍛錬を見て、ヤクが空き時間に剣を習いにくるようになった。
村の子どもは、大人に付いて村の作業を手伝っている。しかしそれだけではかわいそうだと、レンドリックは、わずかな時間ではあるが、子どもたちが遊べる時間を作ってやっていた。
その自由時間にヤクが剣を習いにくるようになって一週間がたった。ヤク以外の子どももたまに習いにくるが、ヤクほどの熱はないようだ。
多少話すようになってわかったが、やはりヤクは孤児だった。
恭之介が彼を魔物から助け、村にもどってきたとき、ヤクにはだれも駆けよってこなかった。そのことから孤児ではないかと思っていたが、その予想は当たりだった。
ヤクの父親は、ある村の衛兵だったようだ。衛兵になる前は城に務めていたこともあり、それなりの学や礼儀も持ち合わせていたそうなので、その子どもであるヤクの礼儀正しさや大人びたところも納得ができる。
両親は領地の争いに巻き込まれる形で殺されたそうだ。争いの結果、ヤクの住んでいた村は離散することとなり、ヤクも孤児の身分で、更には流人となった。
それでも何とか大人たちについてきて、この村にたどり着いたのは運が良かっただろう。少なくともここでは野垂れ死にすることはない。
そんな運も心も強いヤクだが、彼自身を見ていると何か焦っているようにも見えた。どうやら一刻も早く村の役に立てる人間になりたいという気持ちが強いようだ。
「じゃあ、今日も素振りからね」
「はい、わかりました!」
森で拾ってきた手ごろな棒を渡し、素振りをさせる。
「振りが雑になっているよ」
「はい」
鍛錬といっても、素振りや走り込みくらいしかさせない。大人たちに教えるのとは違い、子どもたちには基礎を徹底してやらせていた。
最後に少し立ち合うこともあるが、ほとんど恭之介に叩かれるだけで終わる。はっきり言って面白いものではない。恭之介自身もそう思う。それゆえ、ヤク以外の子どもたちは積極的に習いにこないのだろう。
しかし、当のヤクは飽きる様子を見せることもなく、一生懸命取り組んでいた。性根も筋も悪くないので、このまま続ければ、きっと成果は出てくるだろう。恭之介もこうやって父にしごかれ、腕を上げたのだ。
「ありがとうございました」
疲労困憊といった様子だが、頭を下げるのは忘れない。
「疲れてくると右肩が下がってくるね。それから……」
気づいたところをいくつか指摘していく。疲れているはずなのに、ヤクは一つ一つうなずき、真剣な様子で話を聞いていた。
「おう、毎日毎日、精の出ることだな」
終わったのを見計らったように、レンドリックが現れた。
「ヤク、今日はうちで晩ご飯を食べるといい」
「え、いいんですか?」
「毎日恭之介に叩かれてかわいそうだからな」
レンドリックが意地の悪そうな顔で言う。
「そんな!恭之介様は悪くないです。これは鍛錬ですから。それに俺が望んでいることです」
「はっはっは!冗談だ。そんな必死になるな。それにしても最近、ずいぶんと熱心に恭之介に剣を習っているな」
「はい……剣を習うのはだめでしょうか」
ヤクが不安げな表情を浮かべる。
「だめなものか。やりたいことがあるのはいいことだ。注意するために聞いたのではない。私は恭之介の鍛錬がどんなものか知りたいのだ。まぁ飯を食べながらでも教えてくれ」
もしかしたら村人から何か言われたのかもしれない。確かに、鍛錬と言いつつ、ほとんど素振りと走り込みしかさせず、たまに立ち合ったら一方的に叩くだけというのは、見方によっては虐待と思われるだろう。
「それは構いませんが……」
察しの良いヤクのことだ。同じことを思ったのか、ちらりとこちらをうかがってくる。
「ん?何だお前らそんな顔して。何も心配することなどないぞ。あぁ、さっきの言葉か。だから冗談だと言っただろう。まったくまじめな奴らだ。恭之介がヤクをいじめているなど、微塵も思ってないぞ」
レンドリックはあきれたように言う。
「まぁ多少心配している者はいたが、私からちゃんと説明しておいた」
「あ、やっぱりやりすぎって声はあったんですね」
「やりすぎとまではいかないが、まぁ武芸から遠い人間から見ればな、心配にはなるだろう。だがやっていることに間違いはない。私が保証する」
ヤクが明らかに安心したような表情を浮かべた。
「ヤクも気にすることはない。このまま恭之介についていけば問題はなかろう。きっと凄腕の剣士になれるぞ」
「はい!」
「そうでしょうか。私はあまり自信はありませんが」
「謙虚なのはいいことだが、教える側があまり不安を見せるものじゃないぞ。まぁ今日は説教などする気はないのだ。気楽に一緒に飯を食おう」
川で汗を流した後、レンドリックの家へ向かった。
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