まもなく冬ということもあり、恭之介は狩りに精を出していた。
冬になれば獲物も減り、雪が降り始めれば森の中の移動も困難になる。少しでも冬の備蓄になればと思い、今日も森に来ていた。
「恭之介さん、あっちにタイラントベアがいますよ」
バンが東を指さす。
賊が村を襲ってきた時に、その仲間として捕らえた男だった。初めは賊の仲間だと思い捕らえたが、実際は騙されて、賊の良いように使われていたのだ。
彼のギフトである遠くを見る能力を、村やレンドリックの動向を見張るという形で利用されていた。
人柄は悪いものではなかった。バン自身が言っていた通り、人を傷つけられるようなタイプには思えない。金につられる形で賊の仕事をしたのも、老いた母親のためだった。
遠くを見る力を使えばもっと金を稼げたと思うが、素朴で不器用な男のようで、うまく金儲けにつなげることができなかったようだ。
レンドリックはバンと話をした結果、母親ともども村へ迎え入れることに決めた。その決断は恭之介も良い決断だったと思う。
とにかくバンのギフトは狩りに役に立つ。彼自身はあまり運動能力がないため、これまで狩りに活かすことはできなかったそうが、恭之介たちのような狩りの腕がある人間と組むことで大きな働きを見せた。
また見張りにも大きな力を発揮した。遠くが見えることで、より早く異常を察知することができる。彼が来たことは、村にとっても大きな利点があった。
「でも本当にタイラントベアを倒すんですかい?」
「えぇ、今日はオーリンさんもいますし、運ぶのも簡単ですから」
「いえ、そういうことを言ってるんじゃなくてですね、危険じゃないのかって。もちろん、恭之介さんがべらぼうに強いのは知っていますが……」
「そうか、バンさんはまだ大物の狩りには参加してませんでしたな。恭之介様がいれば問題ないですよ」
オーリンが数度うなずく。
今日は冬前最後の遠征として、かなり奥まで入ってきていた。いつもの村周辺で行う狩りとは獲物の質が違った。
もっとも洞穴があったときは、この付近に出る魔物が村まで来ていたので、恭之介的にはさほど目新しいものではない。
「あ、そろそろ射程圏内ですね」
30mくらいの距離。タイラントベアもこちらを見ているが、まだ距離があるためか、警戒はあまり強くない。
恭之介は暮霞を抜く。そのまま振り上げ、無造作に振り下ろした。
「ひぇっ」
バンの息を引く声。離れたところにいたタイラントベアの首が飛んだ。
この前の戦いで身につけた新しいアーツは、狩りでも大きく役に立つ。これを覚えたことで、以前よりはるかに簡単に獲物を仕留めることができるようになった。
「オーリンさん、お願いします」
「かしこまりました」
タイラントベアの肉は少し癖があるが、なかなかうまかった。毛皮も使い道が多く、また臓器の一部が薬になるので、さまざまな用途から重宝される良い獲物だ。
「こんな簡単に仕留められる魔物じゃないですよぉ」
バンはまだ驚きが収まらないようだ。
「先生の力はこんなものじゃないですよ」
「いや、恭之介さんの力は間近で見ましたから十分わかっていたつもりなんですけど、全然わかってませんでしたわ。ヤク君もとんでもない先生のお弟子になったねぇ」
「はい、本当にラッキーです」
ヤクが、恭之介の強さについてバンに何やら話し始める。止めるのも大人げないと思ったので、そのままにしてしまった。
長い時間更に森の奥へ歩き、今まで入ってきたことがない場所まで来た。いつもの森とは少し景色が違う。
恭之介もここまで奥に来るのは初めてだった。森の先に、高く切り立つ一つの山が見える。
「オーリンさん、こんなところに山があるんですね」
「えぇ、魔物も多く、頂上付近は万年雪で過酷な場所です」
「ここから見ると綺麗な山ですね」
「はい、その綺麗な外見から通称、魅惑の銀嶺と言われています。もっとも外見だけではなく、山の中身も魅力的なんですがね」
「中身?」
「あ、少し聞いたことがあります!ミスリルや高価な宝石など、貴重な鉱石がたくさんあるんですよね」
ヤクが手を上げながら言う。
「えぇ、その通り」
「ミスリルとは何ですか?」
「希少価値の高い金属ですよ。武器や防具に使えば、上質なものが作れますし、また魔力も込めやすいので、質の高い魔道具にもよく使われます。需要と供給が合っていないので、市場は常に枯渇気味ですね」
「じゃあ商人の皆さんにとっては、まさしく宝の山ですね」
「まぁミスリルを無事に手に入れることができるならばですね」
「え?駄目なんですか?」
「はい」
オーリンの口元が上がる。何やら楽しそうだ。恭之介が思い通りに話に食いついているからかもしれない。
「あの山にはドラゴンがいるんですよ」
「どらごん」
「えぇ、トカゲを大型にしたようなものと言えば身も蓋もないですが、見た目はそんな感じです。ですが、ドラゴンは高い知性を持ち、人とも話すことができます。魔物とも一線を画す、どちらかと言えば神に近い存在ですね」
「神に近いとはすごいですね。そんな怪物がミスリルを守っているんですか」
「まぁドラゴンがミスリルに興味があるとは思えないので、実際守っているのは縄張りなのでしょうが、結果としては同じですね」
「ひぃぃぃぃ!」
バンがいきなり地面に腰を落とす。
「どうしたんですか?」
「い、いた!本当にドラゴンがいた!」
「あ、ギフトで見たんですね。どんな感じでしたか」
「ま、真っ白いドラゴンです。大きな屋敷ぐらいあって、め、めちゃめちゃでかい。ってか、明らかに目があったような気がして、そ、それ以上は見続けられなかった」
「あり得るかもしれませんね。視線を感じたのでしょう。そうですか、白い大きなドラゴンですか」
オーリンも興味深げにバンの話を聞いている。
「こ、この距離ですよ!?ちょっと考えられないっすよ」
「力がある者ならば、気配を察知する力も高いですからね」
「うぁぁ、そんなの聞いたらもう見られねぇですよ」
「でも、こんなに近くにお宝があるのにもったいないですねぇ」
恭之介自身は金に興味はないが、ミスリルや宝石が少しでも手に入れば村は潤うだろう。
洞穴があった頃と違い、希少な魔物の素材は手に入りにくくなっていた。まだ素材の備蓄はあるが、いずれはなくなってしまうだろう。
村内で自給自足をするにしても、それだけでは不安はある。天候不順で凶作の年だってあるだろう。
恭之介がギルドで依頼を受けて、その報酬を村に落とそうかと考えたことはあるが、それが長く続くのは、村の運営上あまり健全ではないようにも思えるし、レンドリックがいつまでも素直に受け取り続けるとも思えない。
この山が、村の稼ぐ道のようになれば良いかと思ったが、そんなに甘い話はないのだろう。
「えぇ、私もそう思います。まぁ坊ちゃまは何か考えているようですが……もしかしたら恭之介様にもそのうち話がいくかもしれませんね」
少し気になる言葉を残して、オーリンはタイラントベアを荷車に載せ始めた。
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