寒さは厳しいが、よく晴れた良い天気だ。澄んだ空気が気持ち良い。
「冒険者にはEランクからSランクまであって、みんなはじめはEランクからスタートするんだよ」
今日から冒険者として依頼を受ける。そのため朝から冒険者ギルドに来て、説明を受けていた。他の面々は知っていることらしいので、主に恭之介のための時間だ。
「ランクが上がれば、受けられる依頼の質が上がる。その分難易度も上がるけど、報酬も上がるよ」
いつも受付にいる中年の女性、メアが慣れた様子で説明をする。
彼女曰く、ここは辺境のギルドなので人員も少なく、受付は基本彼女が担当しているらしい。メア以外の受付を見たことがないのはそのせいか。
「まぁまずはDランクを目指してがんばりな。今あんたたちが受けられる依頼はこれくらいだよ」
「あまり依頼がないんですね」
「冬だから採取系の依頼がほとんどないんだよ。討伐系もEランクだと少ないからね」
「メアさん、例えば討伐依頼を受けてない状態で、その該当の魔物を倒した場合はどうなるの?」
リリアサがメアの出した表ではなく、掲示板を見ながら問いかける。
「その場合、ちゃんと確認できれば事後承諾って形で依頼達成になるよ」
「上のランクのモンスターでも?」
「あぁ、実際に倒したならちゃんと報酬は出るよ」
「そうなんだ」
リリアサは何かを企むようにほほ笑む。
「だからって、無理に上のランクのモンスターを狙うんじゃないよ。それで死んでいく冒険者も多いんだ。そのためのランクシステムだってのに、まったく」
メアがぶつぶつと文句を続ける。
「とりあえず、影狐討伐の依頼は受けときな。誰が使えるのかわからないけど、探知の能力があるんだろ?探知の力がある冒険者にとっては影狐はご馳走だよ。ほらじゃんじゃん狩ってきな」
きっとギルドの意向もあるのだろう。この前から影狐の要望が強い気がする。
「どうする、恭之介君。いくつか手ごろなものを受けておく?」
「そうですね、私はよくわからないので、リリアサさんにお任せしますよ」
「そう?じゃあこれとこれと……」
リリアサが手早く選んでいく。
その間に恭之介がギルド内を眺めていると、見知った顔があった。
「あ、またお会いしましたね。え~と、ビアトルクさん」
「おう、恭之介って言ったっけか?今日は依頼を受けるのか」
「はい。今日から正式に冒険者として働きます」
「そうか、まぁお前さんの腕じゃ低ランクの内は退屈だろうが、どうせ少しの我慢だ。高ランクの魔物を狙って狩れば、すぐにランクは上がるよ」
「ちょっと、ビアトルク!変なこと教えるんじゃないよ」
メアの怒声が飛ぶ。
「おっとっと、いけね」
「ビアトルクさんのランクは何なんですか?」
「俺か?俺はBランクよ」
上から三番目のランクということか。
「Bランクですか、すごいんですねぇ」
「まぁ自分で言うのも何だが、一応Bランクから一流に片足突っ込むって感じかな。CとBで一つ大きな壁がある」
「壁ですか」
「あぁ、Cまでは依頼をこなしていけば上がれるが、Bから上は完全に実力主義だ。ランクアップに基準みたいなもんがあるのよ」
「試練みたいなものがあるんですか?」
「試練ってほど大げさじゃないけどな。例えば、ヘルゲートボア級の魔物を倒せればBランクに相当とか」
「じゃあ先生は余裕ですね」
「そうなんか、あんたやっぱすげぇ強いんだな」
ビアトルクが驚いたように恭之介を見る。
「でも私はランクを上げたいわけじゃなくて、お金を稼ぎたいだけですから」
「まぁ、ランクが上がると実入りも良くなるが、その分しがらみも増えるからな。気楽にやりたいならあんまり目立ちすぎないことだ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「こっちこそ、あんたの手を借りることがあるかもしれないからな。まぁよろしく頼むよ」
ビアトルクに別れを告げ、外へ出る。
「あの方がおっしゃっていた通り、BランクとCランクで差がありそうですね」
「どうしてですか」
「昨日の夕食の時に声をかけてきたCランクのお二人は、恭之介様の力がわかっていないようでした。ですがビアトルク様は、はじめから恭之介様の強さがわかっていたようですから」
「なるほど」
レイチェルの言う通り、昨日の二人組は最後まで恭之介の腕を見抜けなかった。
相手の腕を測る能力は、戦いに身を置く者にとって重要な力だ。恭之介がその気なら、あの二人は力の差に気づかない内に、死んでいただろう。
「あ、昨日のことで思い出しましたが、私はみなさんの護衛でもあるんですから、ちゃんとしないといけませんね。すみませんでした」
「いいのよいいのよ。滅法強いのに力を振るわない恭之介君がすてきなんだから」
「リリアサ様のおっしゃる通りです。本当に強い方はあれで良いのだと思います」
「う~ん、加減が難しいですね」
そう考えると、行商人のロイズという男の裁きは見事だった。ああいう所に世間慣れしていない自分が出てしまう。
「恭之介君は見た目だけだと強そうに見えないからね。きっとこれからも似たようなことがあるでしょうから、少しずつ学んでいけばいいわ」
「そうですね、そうします」
刀に任せたやり方ではなく、器用に人を守る術も覚えていかなければならない。
早速、依頼をこなすため、町の外へ出る。辺境の町とはいいながらも、町全体を壁で囲んでおり、一応の防御は備えているようだ。こういうのを城郭都市と言うらしい。
レイチェルの話では、この世界の町は基本的に同じような構造とのことだ。戦争も多く、魔物の襲撃があるからだろうか。
町の周囲は草原と畑に囲まれており、のどかな風景である。しかし、草原にも魔物はいるので、見た目のようにはいかない。
「さ、一角兎を探しましょう」
角の納品依頼である。それに加えて、今日はヤクとレイチェルの鍛錬も兼ねるつもりだった。
リリアサの教え方がいいのか、レイチェルの筋がいいのか、レイチェルはすでに簡単な風の魔法を使えるようになっていたし、ヤクにも真剣で魔物を斬らせる経験をさせた方が良いと考えたのだ。
恭之介は生き物の気配を探りながら歩く。リリアサも何やら探知の魔法を使っているようだ。
そんなことをしながら草原をうろうろとしていると、三匹の一角兎が見つかった。
「じゃ、レイちゃんどうぞ」
「はい…………エアブレイド!」
レイチェルが両手を前に出し、魔法を唱えた。
一角兎の周囲に風が巻き起こり、白い毛皮が少しずつ赤く染まっていく。この魔法は風の刃ということか。
三匹いた一角兎がなす術もなく倒れていく。だが、その内の一匹はまだ少し力が残っているようで、逃げようとこちらに背を向けた。
「はっ!」
そこにすかさずヤクが突きかかった。得物は恭之介の脇差である。
狙いは悪くなく、一角兎の首元を貫いた。
「うん、二人ともお見事」
リリアサがほほ笑みながら二人の肩を叩いた。レイチェルは落ち着いているが、ヤクは少し息が荒い。自らの手で魔物を殺すということが初めてだからだろう。
恭之介は一角兎に近づき、生死を確認すると、三匹とも絶命していた。初めて戦いとしては見事な手際と言って良いだろう。
「あ、先生。解体しちゃいましょうか」
少し息が落ち着いたヤクが小刀を手に近づいてくる。
残念ながら毛皮は使いものにならないだろう。だが肉は食べられる。
「そうだね。角と食べられる部位だけ切り分けて、あとは捨ててしまおう」
「わかりました」
一角兎は中型の犬くらいの大きさはあるので、この人数で三匹運ぶのは少し面倒だ。それにもう少し探索をするので、荷物は少ない方がいい。
ヤクが手際よくさばいていく。相変わらず器用だ。
解体が終わったところで、また一角兎を探すために草原を歩き始めた。
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