倉庫まで駆ける途中、賊には一人も会わなかった。倉庫を見つけ、そこに集まっているのかもしれない。
倉庫は村の中心から少し外れた、木々に囲まれ土壌のしっかりとした土地にある。そこには案の定、賊が集まっており、頭目の姿も見えた。すでに荷車に荷物を積みはじめていた。
「それは村のものですよ」
恭之介の声に頭目が反応する。
「もう俺たちのものだ」
「私がそれを許すとでも?」
「この人数を見て、何も思わないのか?」
「思いません」
全部で四十人ほどか。さすがに今まで、これほどの人数を一度に相手にしたことはない。しかし、やってやれないことはないだろう。
「ファイア!」
左右から火が襲い掛かってくる。魔法だ。広範囲の火だが、なんとか反応し、範囲外へよける。
そうだ、単なる集団戦ではないのだ。魔法とアーツがある。厄介だがそれを念頭に置けば問題ないだろう。
少々乱暴だが、集団の中に躍り込む。味方の中に入ってしまえば、魔法は使わないと見込んでだ。
そして、魔法使いと思われる者から優先で斬っていく。魔法に疎い恭之介が、想像もしないことをやってきそうだからである。
「ひぃぃ!」
「こ、こいつ、つ、つええ!」
時折手練れがいるが、剣を交えるほどではない。相手の攻撃はすべてわずかな見切りでかわし、ほとんど一太刀で仕留めていく。
自分は怒っているのかもしれない。
いつもより少し剣が荒い。自制しなければ。
うまく気を落ち着かせながら、一人、また一人と斬っていく。
恭之介が動くたびに、血が飛び、人が倒れる。
四十人ほどいた賊も、すでに数えるばかりだ。
「こ、こいつも化けもんじゃねぇか!おい、モラン兄弟!」
慌てた声を上げた頭目の前に、槍を持った二人の男が立つ。顔がそっくりだ。
「双槍!」
槍をかわしたところにもう一人の槍が来る。
いい連携だ。これで相当の戦を乗り越えてきたのだろう。
お互いの動きを補い合う形で、幾重にも槍を繰り出してくる。
だが、恭之介には通用するものではなかった。
恭之介は一歩後ろに飛びながら、刀を振るう。
「なっ!」
兄弟の声が揃う。双子らしい共鳴である。
恭之介は、二人の槍の穂先を同時に斬り落とした。
一瞬の出来事に驚く二人をそのまま斬り伏せる。
「お、おいおい。そりゃねぇよ」
「あとはあなただけです」
すでに生き残った賊は逃げ始めていた。恭之介は、賊の頭目に一歩ずつ近づく。
「せっかく、あの炎使いの化けもんがいない隙を狙ったってのに、その代わりにまた違う化けもんってそりゃねぇよ」
「構えないんですか」
「あぁ?構えるよ、構えるがな……」
腕の差を感じているのだろう。頭目の顔には恐怖と諦めの表情が入り混じっている。
「来ないなら私から行きますよ」
「う、ま、まて。うぅ、うわぁ」
暮霞を振るう。ほとんど手ごたえを感じなかった。
恐怖にひきつった首が、地面に落ちる。
終わった。
賊の頭目を倒し、手下もほとんど斬った。多少は逃げたが、仕方ないだろう。
生き残りがいないかと、辺りを見回すと地面に座り込んでいる男を見つけた。
「ゆ、許してくれ!」
剣など振ったことがなさそうな細い身体の男は、地面に頭を押し付ける。
「お、俺は金で雇われていただけなんだ!それも腕っぷしを買われたわけじゃない!ギフトだ!俺は遠くを見ることができるんだ。それでこの村を探ったり、領主の動向を探ったりして、少し手伝っただけ!まさか村を襲うなんて知らなかった。知ってたら断ってたよ。そもそも俺は殺しどころか、人を傷つけたことも今まで一度もねぇ。頼む、命だけは助けてくれ」
男は地面にひれ伏し、ひたすら謝罪の言葉を続ける。
何となく斬る気にならなかった。言っていることが本当ならば斬るまでもないだろう。
とりあえず縄で縛り、レンドリックの判断に任せることとする。
隠れている賊がいないか、村を一周する。ついでに死体も片付けようかと思ったが、あまりに数が多いので、これは村人に手伝ってもらうしかないだろう。
ふと思い出し、いくつかの箇所を見て回る。
花壇がある場所だ。賊の襲撃など露知らずといった様子で、どの花壇も綺麗な花を咲かせている。恭之介は小さく安堵の息を吐いた。
高台のレンドリックの屋敷へ戻ってきた。
「恭之介様!ご無事でしたか」
「はい、傷一つありませんよ」
「良かった」
レイチェルが胸に手をおきながら、大きく息をつく。
「村を一周見てきましたが、賊はもういません。もう結界を解いてもらって大丈夫ですよ」
「わかりました」
結界を解くと、レイチェルは村人たちを集めた。
「みなさん、この村始まって以来の危機は、みなさんの協力もあり、何とか乗り越えることができました。人的被害も物的被害も極めて軽微です。その一番の立役者は、もちろんこの方です」
レイチェルが恭之介に手の平を向ける。みなが口々に賞賛を投げかけてくるが、恥ずかしさが先に立つ。なんとも居心地が悪い。
「一息つきたいところですが、まずは後片付けをしましょう。男性は重い物を片づける仕事を、それから女性と子どもは清掃と食事の準備を分担してお願いします。全部終ったら今日はみなさんで、少しおいしい物を食べましょうね」
歓声のような返事のあと、村人たちはそれぞれ色々な場所へ散っていった。
「恭之介様、本当にありがとうござました」
みんながいなくなったあと、レイチェルが深々と頭を下げ、お礼を言ってきた。
「いえ、とにかく無事で良かったです」
「焼けてしまった家は、すぐに建て直すようにしますね」
「あ、そうでしたね。お願いします」
物的な被害で一番大きいのは、小屋が数軒焼けたことだろう。その中に恭之介の小屋も入っていた。もっとも家には大した物がないので、自身の被害は極めて小さい。
「あ、そうだ。賊の仲間を一人捕まえています。なんかお金で雇われただけで、何も知らなかったと言っていました。嘘をついているようには見えなかったので、とりあえず縄で縛っていますが……」
「そうですか。ではお兄様に裁可をしていただきましょうね」
「お願いします」
村人全員が精力的に働いたおかげで、後片付けは思ったよりも早く終わった。それと合わせるかのように食事もちょうどできあがり、そのまま村の中央広場で宴会となった。
スープにパンと肉、いつもとそれほど変わらないが、肉の量が多く、パンも少し良いものらしい。
みな、賊を退けた安心と豪華な食事で表情も明るい。酒こそないが、宴会は大きく盛り上がっている。
少し離れたところで、ラテッサが大きな身振り手振りで他の子どもたちに何かを話していた。その近くにいるヤクも、この時ばかりは子どもらしい表情で、楽しそうにはしゃいでいた。
「みんな!何かあったのか!?」
夜もだいぶ深くなった頃、よく通る聞き慣れた声が広場に響いた。
「お兄様」
「レンドリック様!」
レイチェルをはじめ、村人の数人がレンドリックに駆け寄る。恭之介もそちらに向かった。
近くで見ると、レンドリックは服が汚れ、ところどころ怪我をしているように見えた。洞穴で護り手と戦ったのだろうか。だとしたら、彼のことだ。勝って帰ってきたのだろう。
事の顛末を終始難しい顔でレンドリックは聞いていた。だが、誰も死ななかったことを聞き、安心したようだ。
「みな、よく耐えたな。大変な時に村を外していてすまなかった」
「そんな!謝らないでくだせぇ」
「そうです、レンドリック様のせいじゃないです」
「私たちは大丈夫ですよ。みんな無事に生きていますから」
「そうか、そうだな。被害がなかったのは本当に良かった。恭之介」
自分の名前を呼び、こちらを向く。
「助かった。本当に助かった。君のおかげで村は守られた」
「何とか役目を果たせて安心しました」
レンドリックが差し出してきた手を握る。力強い握手だ。
「レンドリックさんも、みんなに報告することがあるのでは」
「おぉ、そうだった、みんな!聞いてくれ」
村人たちが一心に、レンドリックに集中する。
「魔物の発生源であった洞穴は、この僕がつぶしてきた!これでおそらく魔物の数は減るだろう」
大きな歓声が響く。
「みなには本当に苦労をかけた。これからはもう少し安全な環境で暮らせると思う。また、近々町との交易も再開する」
歓声は更に大きくなった。町との交流が途絶えていたのも相当不安だったのだろう。
「欲しい物や町に用事があるものは、明日から受け付けるので申し出てくれ」
村人たちは早速、町での用件を色々と話し合っている。
「話は以上だ。さ、宴会に戻ろう。僕も混ぜてくれ。しかし、この宴会は最高のタイミングだな」
レンドリックが怪我の治療もそこそこに、村人たちの輪に加わる。
しかし、あのレンドリックがあそこまでぼろぼろになるとは、護り手は相当手強かったのだろう。だが、それをきっちり倒してくるのはさすがである。どんな様子だったのか、ぜひ話を聞いてみたいところだ。
とにかく村は、大きな山場を一つ越えたと言えるだろう。きっとこれまで滞っていたことも好転していくに違いない。そのことを想像し、恭之介は思わず笑みを浮かべた。
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