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「…う、うーん……」
小鳥の囀りが聴こえて、ゆっくりと瞼を開けた。白い天井と、水色のパーテーション。窓越しに差し込む日差しが、ヒラヒラと舞うカーテンの隙間からこぼれてくる。…どこだ、ここは?霧がかかったように、視界がぼやけていた。フィルターか何かを通しているみたいだった。ゴシゴシと目を擦り、周囲を見渡す。見覚えがない。ここに来た覚えもないし、なんで寝ているのかも…
…ん?
ベットの脇に、うずくまっている少女がいた。だんだん視界が良くなってきて、何度か瞼を開けたり閉じたりしていた。足元が妙に引っかかるなと思い、視線を移した。そしたら、そこに…
「…爽君…!?目が覚めたの!?」
声をかけようと思ってた。彼女が誰かは知らないし、この場所がどこかもわからない。でも、うずくまってるってことは、何か事情を知ってる人なんじゃないかなって思った。掛け布団越しに足を動かし、そーっと彼女に触れようと思った。ちょうど手の届く距離にはいた。「ん…」という微かな声が漏れ、少女は目を覚ます。俺は伸ばそうとしていた手を止めた。
オーソドックスな長い髪に、キリッとした目元。薄い唇と清楚な顔立ちは、明らかに優等生っぽい気質を伴っていた。童顔といえば童顔で、大人びていると言えば大人びていて。
「…君は?」
「…え?」
彼女は俺を見て驚いていた。ぱっちりと開いた大きな瞳からは、どこか不安げな様子が垣間見える。俺のことを知ってるのか?彼女は制服を着ていた。東京都第3支部高校の校章。『東三』と書かれた漢字の周りに、芙蓉の花のデザイン。同じ学校の子だった。ブラウスを見てそう思った。だけど…
「…ほんとに、記憶がなくなってるんだね」
「はい…?」
彼女はまじまじと俺を見て、そっと頬に触れてきた。白く透き通った綺麗な指は、彼女の清廉な顔立ちに合った優しい優雅さを伴っていた。ほんのりと淡い触感が、皮膚の上に掠めていく。
「なにも覚えてないの?」
…なにも?
彼女の言っていることが、うまく入ってこない。聞きたいことは山ほどあった。だけど、思うように言葉が出てこなかった。
「…誰?」
「誰って、私だよ!サヤ。城ヶ崎サヤ」
サヤ…?
城ヶ崎…サヤ。
…だめだ。全然思い出せない。こんな綺麗な子が知り合いなら、絶対忘れてるはずがない。彼女は透明感に溢れてて、まるで天使のような濁りのない印象を持った子だった。…どうだろう。その透き通った印象を例えるなら、例えば、長閑な町並みに流れる静かな川のせせらぎとか、春に咲く、桜のような——
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