「うーん……相変わらず美味しいわね」
色とりどりの果物や山盛りに盛られた料理を囲みながらシロ達は朝食をとっていた。
シロ達の家になった宿の食堂にはいくつものテーブルが並んでいるが、今ではシロ達しか使うものはいない。
アリスは料理を口に頬張りながらウタに視線を向ける。
「ふふん。そうでしょ?でもアリスの為に作ってるんじゃないからね」
「そんなん分かってるわよ」
「でも、本当に美味しいよ。ありがとう。ウタ」
「当然!まあ私は完璧だからね」
白いエプロンを付け、黒髪を一つに結んでいるウタは満足げな表情を見せる。
ケントルムでの生活が始まって既に2ヶ月が経過しようとしていた。
皆と一緒に暮らし始めてから料理は毎日ウタが作ってくれている。ウタ曰く、旦那の栄養管理は妻の務めということらしい。
ウタは自身を完璧と称するだけあって料理の腕もかなりのものだ。
最初はシロの分しか食事を作ってくれなかったのだが、今では皆の分も普通に作ってくれるようになっていた。
「それにしてももう2ヶ月も経ったのよね」
「うん、本当に早いよね」
ラウドの訓練は第二段階の終わりに差し掛かっていた。
とは言っても第二段階は、ラウドの教えてくれた型を同調した状態で行うというものであった。なので、ラウドには初めて会ったのを入れて二度しか会っていない。
もっと色々と話を聞いてみたいのだが、忙しいのだろう。全く機会に恵まれなかった。
シロ達は最初は同調をしながら動きを合わせるという感覚が掴めなくて苦労したが、今ではラウドの言っていた一緒に戦うという意味が分かったような気がしていた。
「でももうそろそろ第二段階も終わるから、次は実戦なんじゃないか?」
エヴィエスがナイフとフォークを器用に使いながら切り分けた料理を口に入れる。
流石元王族。育ちの良さが現れている。
「確かに最近はずっと訓練だし……実戦もいいかもしれないわね。シロはどう思う?」
「んー、でも僕はこの街に来てからずっと訓練だったから、ゆっくりみんなと街を見てみたいな」
「そんな話してんじゃないわよ」
アリスが眉間にシワを寄せながら呆れた表情を見せる。
「でも、約束だってあるじゃない?」
ケントルムに来た初日の夜、アリスとリリス2人それぞれと街へ出かける約束をしていたのだが、それを未だに果たせていないのが気がかりだったのだ。
「シロさん……覚えていてくれたんですね」
明らかに感激した様子のリリスが両手を胸の前に組みながらシロに視線を向ける。
「まあ、確かにそうね……今度考えましょうか」
「それ……何の話?ダーリン?」
「アリスとリリス、1人ずつと街に出かける約束をしたんだけどずっと行けてないって話だよ」
「あっ……シロ……」
アリスの制止も虚しく、シロは約束の事をウタに伝えると、みるみるうちにウタの表情が変わる。
「私もダーリンとデートしたい!」
大きな瞳を爛々と輝かせながらウタはシロにグイッと身体を寄せる。
「わわっ!ウタくっつきすぎだから!」
「えー、いいじゃない。私達夫婦なんだから」
ウタは甘い声を出しながらシロの腕に自分の腕を絡み付ける。
シロは自身から伝わるウタの柔らかい感覚によっと顔が熱くなるのを感じていた。
シロはウタと出会ってから彼女の執拗なボディタッチに赤面する日が続いていた。
しかも、最近ではシロが困る様子を楽しんでいる節すらあるのだ。
「まあ、いいけど……リリス。私。アンタの順番だからね」
赤面するシロに冷ややかな視線を向けるアリスはウタにピッと手に持ったナイフを向ける。
「いやいやいやいや。あり得ないわ。ダーリンとのデートは私が最初。アンタ達下々は私の後に決まってるじゃない」
「はぁ?何考えてんのよ。私達が先に約束してたんだから当然でしょ!」
ウタの物言いにイラッとした様子のアリスは机を叩いて立ち上がりウタを睨みつける。
ウタもすかさず立ち上がってアリスを睨み返し、穏やかな朝食の食卓が一瞬にして修羅場の様相を呈する。
その張り詰めた空気にシロとリリスはただただ戸惑う事しか出来ない。
シロはエヴィエスに助けてもらおうと視線を送るが、彼は我関せずという様子で料理を堪能していた。
「はーい。2人とも喧嘩しなーい。私に提案があるんだけどいいかな?」
その様子を普段と変わらないニコニコした表情で見ていたナイが力の入らない声色で手を挙げる。
「ナイ……言ってみなさい」
ウタはアリスから視線を逸らさずに静かに答えた。
「シロ君とのデートなんだから、シロ君に行きたい順番を決めてもらえればいいんじゃないかな?」
「ナイ……」
我関せずを貫いていたエヴィエスはナイの提案にため息まじりで俯く。
「そうね……いい提案だわ」
「分かったわ」
2人は静かにシロに目線を向ける。
シロはその視線にゾクッと鳥肌が立つのを感じていた。
「ねぇ。ダーリン……」
「はっはい!」
「当然私よね。だって私達夫婦なんだから」
シロはウタと夫婦になったつもりはない。
しかし、ウタの光を失った漆黒の瞳には殺気にに似たものが込められており、もし断ったら何が起こるか分からない危うさを感じていた。
「殺されるかもしれない……」
「シロ……」
「はい!」
「当然私達よね?そんな何処の馬の骨かも分からない女なんかより私達の方が大切よね?私達との絆ってそんな物だったの?」
眉を釣り上げ真っ赤になったアリスの青い瞳にはやや涙が浮かんでいる。
「えっと……」
本当に困った。
アリスを悲しませるわけにはいかない。そうしたらウタがどうなるか分からない。
どちらを選んでも彼女達を傷つけてしまう。
どう答えていいか分からないシロはただただ冷や汗を流す事しか出来ない。
「ねぇダーリン。何黙ってるの?私でしょ?」
「シロ。当然私達よね?」
「あ、いや……えっと……」
この場から逃げ出したい。
シロは仮面のテラーと対峙した時よりプレッシャーを感じる。
「あー、分かった分かった。ウタもアリスも嫁とパートナーなんだったらあんまりシロを困らせるなよ」
エヴィエスが呆れた様子でパンパンっと手を叩く。
「じゃあ、アンタは案があるって言うの?」
「ある!」
そう言いながらエヴィエスは机の上に拳を差し出す。その手には、細く切られた紙が握られている。
「この3本の紙をお前らに引いてもらう。引いた紙が長かった順にデートをする。それでいいだろ?」
「エヴィ……」
助け舟を出してくれた友にシロは心の中で最大限の感謝の気持ちを伝えた。
「へぇ、くじ引きね。まあ、私が負ける訳ないからそれでもいいわよ」
「はぁ?くじでそんな事言えるアンタが信じられないわよ。リリス!引くわよ!」
「うっうん」
3人はそれぞれエヴィエスの握った紙を手に取り勢いよく引いた。
結果。
紙の長さはアリス。ウタ。リリスの順番であった。
「そんな!?完璧な私が負けるなんて……」
負けることなど頭の片隅にもなかったウタは驚愕の表情を浮かべる。
「はーはっは!!アンタの完璧なんてその程度なのよ!」
一方、勝者のアリスは高笑いをしながら満足げな表情でウタを見下す。
「くっ……くぅ……」
その高笑いにプライドを気付けられたウタは涙を浮かべながら小刻みに身を震わせながら崩れ落ちる。
「はーい。お取り込み中のところいいかしら?」
食卓の出口の方がら声が響き、そちらに顔を向けると、カーミラが穏やか表情でシロ達を見ていた。
「どうしたんですか?カーミラさん」
「今日はラウドからシロ君達に仕事の依頼があって来たの」
そう言いながらカーミラは空いている椅子に腰掛ける。
「仕事ですか?」
「ええ、ちょっとお願いがあるから、この後一緒にギルドに来てもらっていいかしら?」
「分かりました」
「ところで、この子は何してるの?」
カーミラは自信を失い地面に転がっているウタを不思議そうに見つめていた。
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