ラウドに課せられた訓練を一通り終え、シロ達が広場に戻った時にはもう陽が傾き始めていた。
「あー、腰が痛いわ……」
アリスは腰に手を当てながら背筋を思いっきり逸らし、夕陽に照らされた彼女の金髪がキラキラと光を反射する。
「うん、思った以上にキツかったね」
「あんなのを1ヵ月も続けて意味なんてあるのかしら……」
「でも、姉さん。ラウドさんが嘘吐く筈ないし、とりあえず続けてみようよ」
「そうねぇ……」
懐疑的な見方をするアリスに対してリリスはかなり熱心に取り組んでいたように見える。
彼女なりに何か思うところがあるのだろう。
「僕も頑張ってみるよ」
シロにもまだこの訓練を続けてどんな効果が出るのか想像できない。
ただ、努力で英雄とまで呼ばれるようになったラウドの言葉には力があった。それを信じてみようと思う。
「俺も続けてみる。強くなるためだったら何でやるさ」
「私もエヴィ様がやるなら頑張る!」
エヴィエスとナイもシロの意見に同意する。
「そっか、じゃあ……私も頑張ろうかしら」
「うん!一緒に頑張ろう!」
「ねぇ、盛り上がってるところ悪いけど、ご飯食べ行かない?私お腹すいたわ」
シロ達の訓練を黙ってずっと眺めていたウタが久しぶりに口を開く。
「へー、アンタ久しぶりに喋ったと思ったらまともな事も言えるんじゃない」
「誰にもの言ってんの?私はいつだってまともですけど?」
ウタは聞き捨てならないと言った表情でアリスに言い返す。
「いやいや、待ち伏せしたりいきなり嫁ヅラしたりアンタがまともな訳ないじゃない」
「はぁー?ちょっとダーリンに早く出会ったからって調子に乗るんじゃないわよ!女としての魅力なら私が上だから!」
「はぁ?私だってアンタに負けたなんてこれっぽっちも思ってないわよ!」
「えー、そんな貧相な胸で私の完璧な身体に張り合おうとしてるのかしら?」
ウタはアリスに見せつけるように自分の胸を弄る。
痛いところ突かれたアリスはみるみるうちに顔が赤くなる。
「ぐっ……胸だけが女の価値じゃないわ!そうでしょシロ!」
「あらぁ?胸は大きい方がいいわよね?ねぇダーリン?」
「えっと……あっ!泊まってる宿の隣に美味しそうなお店あったよね!?席取ってくるね!」
2人の刺すような視線からシロは逃げるように立ち去った。
「逃げたわね……」
「ええ……」
「はぁ、あいつも大変だな……」
アリスとウタの後ろでエヴィエスはため息を吐きながら友の背中を見送る。
「でも、小さいよりは大きい方がいいんじゃない?じゃあ、リリスちゃんが1番だね!」
「えっ!?」
「……」
ナイの無邪気な発言にリリスはビクッと反応し、アリスとウタはそれに無言で答えるのだった。
◆◆◆◆◆◆
それから5人はシロが確保した店で食卓を囲んだ。
懸念していた胸の話は何故か蒸し返されることなく、賑やかで穏やかな時間が流れた。
「美味しかったね!」
「ええ、やっぱりケントルムの店は違うわね」
ナイとアリスが満足げに店から出て行く。
その後に続いてシロも店から出ると、すっかり日が暮れ、所々に設置された街灯が石の歩道を疎らに照らしていた。
あれだけ人通りの多かった道も今ではほとんど居ない。
「僕らは隣の宿に泊まるけど、ウタはどうするの?」
「私はダーリンの部屋に泊まるわ」
「え!?」
「そんな事許される訳ないでしょ!」
「えー」
当然のように答えたウタにアリスが即座にツッコミを入れる。
この2人、意外に相性が良いのかもしれない。
「うん、流石にそれはちょっと……」
「ちぇっ残念……でもまあ、ダーリンならそう言うと思ってたわ。じゃあ、仕方ないけど今日は私も自分の家に帰ろうかしら」
そう言いながらウタはシロが泊まる宿の中に入って行く。
「え?ウタの家はここじゃないでしょ?」
「ふふんダーリン……私を誰だと思ってるの?」
ウタは意味深な笑みを浮かべる。
「この宿は私が買い取ったのよ!!」
「えーー!?」
「だから、この宿は私の家。今日から一つ屋根の下よろしくね。ダーリン」
ウタはシロに顔を近づけながらウインクした。
「あっ、そうそう……アンタ達はダーリンと私の愛の巣の居候だからね。エヴィエスとナイ。まあ、リリスもこの家に住むのを許してあげるわ」
「ちょっ!何で私が入っていないのよ!」
「えー、アリスはどうしようかしら?私にお願いします。女としての魅力全てに劣る可哀想な私をどうかここに置いてくださいって言えば考えてやって良いかしら」
「ぐっ……何でアンタにそんな事言わなきゃなんないの……」
アリスは歯をギリギリさせながら、ウタを睨みつける。
「あら?そんな態度していいのかしら?じゃあ、今から出て行ってもらうしかないわぇ……」
「ぐっ……」
「まあまあウタ。僕はみんなと一緒に住みたいんだ。だから、そんな意地悪なこと言わないでよ」
「そう?ダーリンがそう言うなら許してあげるわ。アリス!ダーリンの優しさに感謝するのね」
「うん、ありがとうウタ」
「いいのよ!じゃあ、ダーリンの部屋に一緒に行きましょう!」
「ちょっ!部屋は別だからね!」
満面の笑みを浮かべたウタはシロの腕を引っ張りながら階段を登っていった。
「なんだか今日は本当に疲れたわ……」
アリスはボソリと呟くのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
街が寝静まり静寂に包まれる中、リリスは今ではウタの家になった宿の屋上で1人型の練習をしていた。
月明かりに照らされた汗が頬を伝い、ポトリポトリと石床を濡らす。
「そんなに根詰めてやっても良くないわよ」
「あっお姉ちゃん」
「はい」
アリスは汗を拭うための布をリリスに投げて渡す。
「ありがとう……お姉ちゃん。私……シロさんの足手纏いになりなくないの」
「ええ……分かってるわ」
アリスはリリスの横に置かれている木の椅子に腰掛ける。
「私が弱いとシロさんが力を発揮できないなんて知らなかった。私は弱いし鈍臭いから、誰よりも練習しないといけないんだ……」
「そうね……またあのテラーと戦うことだってあるのよね」
「うん、出来ることは全部して今度は私がシロさんを支えてあげたいの」
そう語るリリスの瞳には強い信念が宿っていた。
「分かったわ。シロが答えを見つけるまでずっと隣に居るって約束したんだもんね。私もこれから付き合うわ」
「ありがとう!お姉ちゃん!」
それから、双子姉妹の練習は毎日深夜まで続いた。
ーー翌朝ーー
窓から降り注ぐ爽やかな光でシロは目を覚ました。
外からは小鳥達の囀りが僅かに聞こえる。
シロはまだぼんやりとした意識で寝返りをうつと、鼻が触れるほどの近さにもう一つ顔があった。
その顔は女神のような穏やか表情で寝息を立てている。
「綺麗だな……」
シロはその寝顔をいつまでも見たい気に駆られるが、徐々に意識が覚醒し、異変に気がつく。
「ぎゃーー!!!」
その瞬間、シロはベットから転がり落ちていた。
「もう……ダーリンどうしたの?そんな大声を出して」
一糸纏わぬ姿のウタは目蓋を擦りながら、ベットの下に落ちたシロを見つめる。
「ウ……ウタ!!!」
昨日ちゃんと部屋の鍵もした筈なのにどうして。
シロは明らかに混乱していた。
「えー。だって、ダーリンが昨日、今夜俺の部屋に来いって言ったんじゃない。あの時のダーリン男らしかったわ」
ウタは頬を赤らめながら身をクネクネとよじらせた。
「いやいやいやいや、言ってない!言ってないから!それに服着て服!」
シロは手を大きく振り、顔が自分でも真っ赤になっていることが分かる。あられもない姿のウタを直視することが出来ない。
「あら?私な完璧な身体に魅了されちゃった?なんならこれから好きにしてもらっても構わないのよ?」
「シロー!大声が聞こえたけどどうしたの……」
ガチャっと音が響き、アリスとリリスがシロの部屋を開けた。
「あ……」
唖然とする2人の顔を見て、シロは全身の血の気が引くのを感じていた。
こうしてケントルムでの日常が幕を開けた。
ここで過ごした日々は、シロの人生にとって最も穏やかで充実したひと時だった。
もしこの頃に戻れるのであればどんな犠牲を払っても構わない。
しかし、時は後戻りすることなく着実にあの日に近づいていた。
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