出来損ないの人器使い

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20話「ある人器使いの終わり」

公開日時: 2021年1月27日(水) 10:41
文字数:3,583

 翌朝、シロは双子姉妹と共にルウムの家に向かっていた。

 意外にもルウムはあの戦いでの傷は腕が折れた程度で済んだらしい。


 あれだけの存在と対峙して、その程度の怪我で済んだのは奇跡といえるだろう。


 ルウムの家は街の外れにある少し大きめな一軒家だ。

 あの豪快な性格の割に木造で他の人達とほとんど変わらない家にシロは少し驚きながらも扉をノックする。


「ルウムさん!!」


「少年かな?いいよ入ってきて」


 戸の向こうから声が聞こえてきたので、シロは家の中に入り奥の部屋へと進む。

 ルウムは家の奥にある寝室のベットで横になっていた。


「よっ!少年」


 髪が少しボサボサになっているが、表情はいつも通りだ。

 右手を上げて挨拶をする彼女のベットの横にはいくつもの酒瓶が転がっている。


 床に瓶が転がってるあたり彼女らしいと思いながらシロは彼女の顔を見て安心していた。


「いやー。目が覚めたみたいで良かったよ少年」


「ルウムさんこそ……」


 彼女に会うまで、色々な事を話したいと思っていた。

 しかし、実際に顔を合わせた途端シロは言葉に詰まる。

 ルウムの最も大切な人だったケンプはもうこの世にいないのだ。


「まあ、仕方ないよ……いつかはって覚悟していたから」


 ルウムは今までに見せたことがないような優しい表情を見せる。

 今まで放っていた覇気が失われ、まるで普通の女の人みたいだ。

 その顔を見た時、気が付いてしまった。

 シロは言いようのない感情に襲われ、思わず顔を伏せる。


 もう軽やかなステップで曲刀を振るう彼女は、あれだけ強く頼りになり、美しかった彼女はもういない。

 人器使いルウムは死んだのだ。


「少年。覚えておきなさい。私達が戦う為にはお互いの絆が大切なの。でもそれを失ったら……もう……戦えない」


 ルウムの瞳から一筋の涙が流れる。


「あれ?もう涙は枯れたと思ってたんだけどな……なんでだろう?」


 ルウムは気恥ずかしそうに涙を指で拭う。


「……」


 言葉が出てこない

 両脇のアリスとリリスも同じように涙を流していた。


「あー、メソメソするのは終わり!少年。アリスとリリスを大切にしなさい。死ぬ気で守りなさい!それが私からの最後の教えよ」


「….…はい!」


 シロは涙を堪えながら精一杯返事をした。

 その言葉を心に刻むように。


「よろしい!貴方達は後悔しないように今を精一杯生きなさい。そして、困ったらまたいつでも来なさい。だって……私達の最初で最後の弟子なんだから」


 そう言って微笑んだルウムは今まで見たどんな彼女より美しく、そして切なかった。


 ◆◆◆◆◆◆


「強いねルウムさん……」


「ええ、同じ女として憧れるわ」


「私達もあの人みたいに強くなれるかな?」


「分からない……でもそうなりたいわね」


 ルウムと別れた後、3人はギルドへ向かっていた。

 ルウムから旅に出る前にカーミラに会えと言われていたからだ。


 シロは見事にシンクロした2人の歩き方を後ろから眺めながらケンプのことを考えていた。

 彼は何があっても彼女を守ると言っていた。

 彼女の怪我が軽症で済んだのは、ケンプが守ったからじゃないのかと。

 自分が消える瞬間でもそれを果たしたのだ。

 やはり、自分の師匠はすごい男だ。


「……シロ……シロ聞いてる?」


「え?」


 ふと我に帰るとアリスが腰に手を当てて怪訝な顔で見つめている。


「ごめん、聞いてなかったよ」


「もう……ちゃんとしてよね。それで、旅に出るっていっても行くあてはあるの?」


「ああ、それなら気になっていることがあって、カーミラさんに聞いてみたいことがあるんだ」


 仮面のテラーの言っていたあの子。

 シロはどうしてもそれが引っかかっていた。

 首都から来たギルド職員の彼女なら何か知っているかもしれないと考えていたのだ。


「それと……シロさん。私達あまりお金がないんですけど大丈夫ですかね?」


「お金か……それが一番問題だよね……」


 この街に来て約2ヶ月、訓練も農作業も無報酬だった。

 しかし、それでは食べていけないということでカーミラからささやかな報酬が支払われていただけだった。

 つまり、3人は旅に出る為に必要となる食糧も道具も買うことができない。

 1人で旅に出ようと思っていた時はそれでも良かったのだが、3人で旅に出るのだからそうはいかない。


「んー、仕方ないわね。もう少し街に留まって資金を貯めてからにしましょうか……」


「うーん。仕方ないかな……」


 シロは3人でする旅の現実に悩まされながらギルドの扉を開けた。


 ギルドの中はいつもどおり閑散としており、奥のカウンターにカーミラが暇そうに座っている。


「シロ君!」


 カーミラは入ってきた3人に気付くやいなやシロに駆け寄り手を握る。

 花のような甘い香りがシロの鼻腔をくすぐる。


「良かった!目が覚めたのね」


「はい、すいません。心配をかけて」


「もう、ほんとよ。君はほんと無茶ばっかりするんだから……でも、本当に良かった……」


 彼女はシロの手を額に当て、ほっとした顔をする。

 アリスやリリスだけではない、彼女も本当に自分を大切に思ってくれているのだ。

 シロはそれを感じ取り胸が熱くなる。


「それで……カーミラさん今日は相談があってきました」


「分かったわ。じゃあ、そこのテーブルで話しましょう」


 カーミラに促され、ホールの隅に置かれているテーブルを皆で囲う。


 そこでシロは彼女に旅に出ること。

 仮面のテラーとのこと。

 そして、あの子の事を伝えた。


 彼女は真剣な表情でシロの話に耳を傾け、少し黙り込んだあと、ゆっくり口を開く。


「あの子……ね。私には見当も付かないわ。でも……分かるかもしれない人に心当たりはあるわ」


「え!?それって誰ですか?」


 シロは机を叩きながら思わず立ち上がる。

 急に立ち上がったシロを3人が驚いた表情で見上げる。


「すっ、すいません」


 驚かせてしまったのを謝り、シロはすごすごと椅子に座り直す。

 今ので自分自身が、あの子にどれだけこだわっているか気付いてしまった。

 だが、その理由がどうしても分からない。

 すぐ答えが出そうだけど、どうしても出ない。そんなモヤモヤがシロの心の中に渦巻いているのだ。


「その人はギルドの長。ラウドよ」


「ラウド?独立戦争の英雄じゃない?そんな人が何で……?」


「まあ、ギルドの長なんだから、入ってくる情報も当然多いわ。彼は救世主と会ったこともあるしね」


「そうなんですか……」


「そう。だから知っていそうな人に聞くのが一番手っ取り早いわ。彼は首都ケントルムに居るから、まず首都に行ってみるたらどうかしら」


「……分かりました。行ってみようと思います。いいかな?」


 一番知っていそうな人に聞く。

 カーミラの意見は理にかなっていた。

 シロはアリスとリリス交互に視線を送り、同意を求める。


「当然よ」


「はい!」


 アリスとリリスは迷いなく即答する。


「じゃあ決まりね」


 カーミラが胸の前でパンっと手を叩く。


「あっそうそう。3人に渡すものがあるから、ちょっと待ってて」


 カーミラはそう言うといそいそと栗色の髪を揺らしながらカウンターの奥に入って行く。


「アリス、リリス。ケントルムまでってどのくらいの距離があるのか知ってる?」


「んー、私も行ったことないけど歩いて5日ぐらいじゃないかしら」


「へー、そんなに遠くないんだね」


 シロは意外に首都が近いことに驚く。


「まあね。ただ魔物に襲われると思うし、道も整備されていないから迷うかも知れないわ」


「そっか……簡単じゃなさそうだね」


 人間の街は魔物の襲撃以降、東西南北と中央の街に集約されている。

 西がシロが居るウェステ。中央が首都ケントルムだ。


「でも、行くんでしょ?」


 カーミラが机にドサっと革袋を置く。

 革袋が何か硬いものが入っているようで、鈍い金属音が響く。


「これは?」


 これは報酬よ。農作業とルウムと一緒に魔物を討伐した任務のね。


「え?でもこんなに?」


「大丈夫。正式な報酬よ。この資金を使って旅の準備を整えなさい。途中で困らないようにね」


 カーミラはいつも通り優しい微笑みをシロに向ける。


「カーミラさん……ありがとうございます!」


 シロはカーミラから革袋を受け取る。


「それと、これは私からの選別よ」


 カーミラは一人一人にカードを手渡す。

 それを見るとカードの色が白から銀に変わっていた。


 本当は色々と手続きがあるんだけど、今回は特別ね。銀は一人前の証だから。


 そう言いながらカーミラはシロにウインクをする。


「いい、シロ君。これから沢山大変なことが沢山あると思うけど、元気で頑張るのよ」


「何から何まで……本当にありがとうございました」


 シロは深々と頭を下げる。

 初めて同調をして、アリスとリリスというかけがえのない存在に出会わせてくれた彼女に感謝してもしきれない。


「いいのよ。私が勝手にしたことなんだから。よし!じゃあいってらっしゃい!元気でね」


 カーミラはシロ達がギルドから出て行くのを手を振って見送った。


 シロに兄妹はいないが、もし姉がいたらあんな人なのではないか。そう思うシロだった。

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