出来損ないの人器使い

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18話「開幕のベル2」

公開日時: 2021年1月26日(火) 21:03
文字数:2,145

「ルウム……ケンプ……」


 アリスは信じられないかの表情で口元を覆う。

 ルウムは地面に倒れたまま全く動かない。

 そして、人器を砕かれたケンプは粒子に変わり消えてしまった。

 もう彼はこの世にいないのだ。


「あっ……あ」


 リリスはあまりの出来事に思考が追いつかないのだろう、目を大きく見開き固まっていた。


 腕の中の彼女達はただただ立ち尽くしていた。

 しかし、事態に付いていけないのはシロも同じだった。


「ああ、折角の感動的なシーンを邪魔しないでほしいですねぇ……」


 それはシロにとって死そのものに見えた。

 全身が漆黒に覆われ、その輪郭は迸るオーラでぼやけてしまっている。

 その夜よりも深く、濃い闇の中にポツンと浮かぶ白い奇術師の仮面。

 恨み、恐怖、恐れ、死……それら全てを感じさせるオーラを撒き散らしているにも関わらず、その仮面は貼り付けられたような笑みを浮かべていた。


 世界にこんな存在がいるのかと疑わしくなるほど、負の力を凝縮した存在。

 それがシロ達を見つめている。


 シロは思わず2人を背後に回し、両手を広げる。

 心臓の鼓動が頭に鳴り響く。

 息が荒い。

 あの圧倒的な存在を見ているだけで、恐怖に押し潰されそうになる。


「いやぁ、いいモノを見せてもいました。これが青春、そして恋ってやつですよね?」


 その禍々しい声色は男かも女かも分からない。

 だが、好奇の感情が込められている事だけは分かる。


(落ち着け……落ち着け……)


 シロは自分自身に必死に呼びかける。

 心に響くのは、負の感情に囚われるなという恩人の教え。


「……アンタは?」


「えっ!?私!?私に話しかけるなんてあの子以来ですよ。面白い……面白いじゃない!!あはっあはははははは!!」


 貼り付けられる仮面は笑みを崩さない。

 夕陽に包まれた草原では、不気味な笑い声だけが響き渡る。


「ひっ!」


 仮面が放つ圧に怯えた2人が小さく身震いしたのを背後に感じる。

 シロは仮面から視線を逸らさず、2人の手を握る。

 2人の手は氷のように冷え切っている。


「私は私。ですが、貴方達にはテラーと言えば分かりやすいですかね?」


「……テラー」


 シロは驚愕していた。

 それは20年前に救世主と戦ったとされる魔物を統べる者の名前。


「なぜ……こんなところに?」


 思わず心の中の声が漏れる。


「なぜ?私は私のために存在している。だから、私がどこに居ようと私の勝手。さぁもう終幕です。貴方達も私の糧になってもらいます……」


 仮面がグギギと傾きなからこちらに向かって手を伸ばす。

 それはシロの命を一瞬で摘み取るだろう。


 その瞬間ーー


「アリス!リリス!」


 シロは恐怖を振り払うかのように2人の名を叫び、人器に変える。


 そして素早く2つの銃口を並べ仮面のテラーに向ける。


 魂を注げ!!全力だ!!


 シロの鈍色の髪が僅かに逆立つ。

 この一撃に賭けるしかない。


 アリス……リリス……頼む


「デュアルバースト!!!」


 それは、ルウムとケンプにも見せたことがない最高火力。

 一度練習で使用した時に、あまりの威力に使うのを封印していたのだ。


 リリスによって超圧縮された激流がアリスによって超加速し、何者も貫く矛になるのだ。

 放たれた二本の激流は渦を巻くように絡み合いながら仮面のテラーを襲う。


 バチッィィィィィィ!!!と轟音を立てながら激流とテラーとぶつかり合う。


 その反動は凄まじく、一瞬でも気を抜けばシロ自身が吹き飛ばされるだろう。

 思いっきり踏ん張るが、ズルズルと後退していく。


 全てだ!全てを出し切るんだ!!!


「貫け……貫け……貫けぇぇぇぇぇ!!!」


 シロは力の限り叫び、全ての魂を人器に込める。

 激流はさらに威力を増す。


 轟音と共に水が蒸発し、あたり一帯を真っ白に覆う。


「ハァッハァッハァッ……」


 視界が霞む。

 全ての力を使い切った。

 シロは立っていることが出来ずに膝をつく。


(やった?)


 期待と不安が入り混じったアリスの声が響く。


 少しずつ霧が晴れ、薄れゆく視界の中、シロが目にしたものーー


 それは絶望だった。


「あはっあはははははは!!!」


 気が触れてしまったかのような笑い声が辺りに響き渡り、霧が風に流されていく。

 仮面のテラーに傷を付けた痕跡すら残せなかった。


「ごめん……アリス……リリス……」


 そう呟いたシロは前のめりに倒れた。

 薄れゆく意識の中、狂気混じりの笑い声がいつまでも耳に残っていた。


「シロ!!」


「シロさん!!」


 すぐさま人器化を解除した2人は気を失ったシロを守るかのように覆い被さる。


「面白い……面白いですねぇ……あはっあはははははは!!!」


 テラーは空を仰ぎながら高笑いを続ける。


「貴方達……彼を守るのですか……?」


「……ええ」


 アリスは目を鋭く尖らせ、仮面を睨みつける。


「私を殺してからにしてください!」


 リリスは力の限り叫ぶ。


 だか、2人ともどうしようもないほどの恐怖で体が震えていうことを聞かない。


「2人同時の同調ですか……あはは!!面白いですねぇ……分かりました。生かしてあげましょう」


 仮面の口元がニィッと歪んだ気がした。


「だが、彼に伝えてください。私の想像を超える素晴らしい物語を紡いでください。そう……あの子のように。あはっあはははははは!!!」


 すると仮面のテラーはまるで煙が消えるかのようにアリスとリリスの消えた。


 美しい夕焼けの中、狂気に満ちた笑い声だけが残滓のようにその場に残り続けた。

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