燃え盛る集落でエヴィエス達を助け出した翌朝。
シロは足元を流れる小川の水を掬って顔を洗っていた。
朝日に照らされた水面は輝きを放ち、流れる水のせせらぎと小鳥達のさえずりが心地よい音楽を奏でる。
昨日の戦いが嘘だったかのような爽やかな朝だ。
シロは小川のほとりに座りしばらく森の音楽に耳を傾ける。
魂を注ぎ過ぎた倦怠感はまだ残っているが一晩経って随分楽になった。
昨日の夜ーー
フィオの傷を癒したシロ達は気を失った彼女を連れて集落から脱出し、シロが見つけた寝床に戻った。
あらかた魔物は倒したがいつまた襲われるか分からない。
シロも限界が近く、これ以上戦うのは難しかったためだ。
幸いにも魔物に襲われることなく寝床に戻れたのだが、着くやいなやシロは気を失うかのように眠りについた。
その後、アリスがリリスの人器を用いてエヴィエスの傷を癒しながら、ナイは夜通し見張りをしてくれたそうだ。
アリス、リリス、ナイは一睡もしていないだろう。
「シロさーん」
背後から呼ばれたシロは振り返るとリリスが手を振りながら呼んでいる。
「フィオちゃん!目が覚めましたよ!」
「本当?」
シロは急いで立ち上がり、岩の窪みへと戻る。
寝床に戻ると、枯草のベットに横たわるフィオを囲むようにエヴィエス、ナイ、アリス、リリスが顔を覗き込んでいる。
「あれ?エヴィ兄ちゃん……私……お腹を刺されて……」
状況が理解できないフィオはキョトンとした表情でエヴィエスを見つめる。
「フィオちゃん!良かったー!!」
歓喜の声をあげたナイはフィオに覆いかぶさるように抱きしめる。
「ちょ!?痛いよ……ナイ姉ちゃん」
「ナイ、気持ちは分かるが少し待っててくれないか?」
エヴィエスは落ち着いた口調でナイの肩に軽く手を添える。
「わっ!分かった!」
雰囲気を察したナイがパッと離れ、フィオはゆっくり身体を起こす。
「フィオ。身体は大丈夫?」
「……うん、どこも痛いところはないよ。エヴィ兄ちゃん達が助けてくれたんだよね?ありがとう」
フィオはゆったりとした口調でシロ達に視線を送り頭を下げる。
獣人の特徴でもある耳がボサボサの茶色い髪の中からピョコンと突き出ている。
「フィオ……バールさんやみんなは……」
「うん……あの時、急に魔物が襲ってきたの……みんな戦ったけど、駄目だった。おじいちゃんは私をかばって……」
フィオの大きな瞳から堰を切ったように大粒の涙が溢れる。
「最後まで……おじいちゃん……諦めるな……必ずエヴィ兄ちゃん達が……助けてくれるって……うっぅぅ……おじい……ちゃん……」
「フィオちゃん!」
言葉に詰まるフィオをナイがを抱きしめる。
「フィオ……もういい……もういいんだ」
エヴィエスはフィオとナイを包むように優しく抱きしめる。
3人は皆、涙を流していた。
シロは3人だけにしてあげた方がいいというアリスの目配せに小さく頷き、彼女の背中を追って寝床を後にした。
そのまま3人は無言のまま寝床から少し離れた場所に移動し、アリスはそこにあった座るのにちょうどいい高さの岩に腰掛ける。
朝の爽やかな日差しが彼女の美しい金髪を照らし、キラキラと輝いている。
しかし、その美しさとは裏腹に彼女の表情は険しいいままだ。
「姉さん……」
シロの隣のリリスもアリスと同じように浮かない表情をしている。
「ええ……獣人って私達と変わらないのね」
「うん、ナイちゃんの言っていた通り……いい子そうだったね」
2人から昨日の夜、シロが眠っている間にナイから聞いたフィオの身の上についての説明を受けた。
人間と獣人。
お互い相容れない存在と認識されている。
だが、涙を流しながら抱き合う3人は相容れない存在同士とは思えなかった。
彼女達の表情がすぐれないのは、イメージしていた獣人とフィオがかけ離れていたからだろう。
「シロはどう思う?」
「……確かに僕も獣人ってもっと怖いと思ってた。だけど、フィオを見てじいさんに言われた言葉を思い出したよ。大切なのは自分の目で判断すること。自分の目で見て感じたことが正しいって。だから、今感じていることが正しいんじゃないかな?」
「……アンタのじいさんってすごいわね。確かに、人器がないってことだけでアンタを拒絶していたら、今の私達はここにはいないしね」
「はい……人器なんかでシロさんの価値は決まらないです」
「ありがとう」
「別にアンタを褒めてないわよ!」
迷いが晴れたのか、ようやく2人の表情が明るくなる。
やはり、アリスもリリスも浮かない表情より明るい表情が数倍よく似合う。
「それで、これからどうする?フィオちゃんをこのままには出来ないわよね」
「流石にケントルムまで連れて行く訳にはいかないよね……」
リリスは唇に指を当てながら首を傾げる。
「うん、人の多い首都に獣人を連れて行くのはフィオちゃんにとって良くないと思うわ」
「だとすると、一旦ウェステに戻った方が良いかもしれないね」
「……それしかないわよね。でも、その先どうする?流石にカーミラさんには相談出来ないわよ……」
「……うーん」
3人は同様に言葉に詰まる。
「まあ、このままモヤモヤ考えてても仕方ないわ!行ってから考えましょう!」
アリスはパンっと膝を叩きながら立ち上がる。
「さあ!一旦戻りましょう!」
シロ達はエヴィエス達の元に戻るのだった。
◆◆◆◆◆◆
寝床に戻るとナイがフィオの胸に顔を埋めながら号泣し、フィオがやや戸惑った表情で彼女の頭を撫でていた。
それを呆れた顔で見つめていたエヴィエスは3人が戻るのに気がつくと、よろけながらゆっくり立ち上がる。
「自己紹介が遅れてしまってすまない。私はエヴィエス。昨日は助けてくれて本当にありがとう」
彼は深々と頭を下げる。
「君達がいなければ、フィオも俺達も命を失っていた」
「いえ、気にしないでください」
感謝されることに慣れていないシロはどんな態度をすれば分からず思わず顔を背けてしまう。
「まあ、それはいいわ。私達も助けたいと思ったから。それで、アンタ達はこれからどうするつもり?」
どうしていいから分からないシロの雰囲気を察したアリスがエヴィエスに尋ねる。
こんな時に話を切り出してくれるアリスはとても頼もしい。
「いや……まだ何も……」
「そうよね。じゃあとりあえずウェステに行きましょう。ここで悩んでいても仕方ないし、今出れば夕方には着くはずだわ」
「……いや、俺のこの身体じゃ夕方までに着くのは無理だ」
そう俯くエヴィエスはリリスの人器で回復しても立ち上がるのがやっとに見える。
「シロ、いける?」
アリスはシロに目配せをする。
「うん、大丈夫」
シロはアリスとリリスの手を取ると彼女達が二丁の銃に変わる。
「え!?」
エヴィエスは驚きの声をあげる。
きっと2人同時に行使するのに驚いたのだろう。
「大丈夫。すぐに治すから」
シロは目を閉じ、リリスに語りかける。
(リリス……力を貸して)
「ヒールバレット」
美しい水色の銃から放たれた銃弾はエヴィエスを優しく包み、みるみるうちに傷を癒していく。
「これは……すごい!」
「まあ、このくらい私達にかかれば余裕よ」
感嘆の声をあげるエヴィエスにアリスは勝ち誇った態度を取る。
「これは私とシロさんの力なんですけどね」
「うるさいわね!これは3人の力!ねえ……わかった?」
「……はい」
ボソッと呟いたリリスに痛いところを突かれたのかアリスは顔を赤くしながらリリスに詰め寄る。
「アリス……落ち着きなって」
「まあまあ、2人とも本当にありがとう」
シロとエヴィエスは同時に2人をなだめる。
「……まあいいわ。さあ時間が惜しいわ。行きましょう」
「分かった。ナイ、聞いていたな?行こう」
「ひっく……ひっく……ふぁい」
エヴィエスはフィオの隣に膝を着き、彼女の頭を優しく撫でる。
「フィオ……本当であればみんなを埋葬してあげたい。でも、集落に戻るのは危険だ。分かってくれ」
「うん……もう……戻れないん……だね」
フィオの瞳から一筋の涙が流れる。
もう二度とあの集落に戻れることはないと彼女は察しているのだ。
「うん、ごめんな。兄ちゃん弱くてさ……」
エヴィエスは懐から赤いリボンを取り出してフィオの頭に結ぶ。
彼女の茶色い髪に赤いリボンはとても映える。
「これは……?」
「街に行った時に買った俺とナイからのプレゼント。やっぱりとても似合う」
エヴィエスはフィオに精一杯の笑顔を見せる。
「バールさんはフィオが外の世界で幸せになることを願っていた。一緒に行こう。外の世界に」
「……うん」
フィオは流れ出る涙を拭いながらエヴィエスの手を強く握った。
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