(き……気持ち悪い……です)
(私も無理……)
嫌悪感をあらわにする2人の言葉が脳裏に響く。
目の前にはシロの倍以上もあろうかという巨大な百足の魔物が無数の足をうねらせながら強靭そうな顎をカチカチと鳴らしている。
あの顎で噛まれたらひとたまりもないだろう。
「気を付けろ!そいつの足には毒があるぞ!」
大型蟷螂の魔物と斬り合うエヴィエスが隙を見てシロに呼び掛ける。
大百足はエヴィエスの声に反応するかのように、キシキシと音を立てながらシロに突進する。
((ひぃぃぃぃぃ!!!))
2人の悲鳴が脳裏に響くなかシロは落ち着いていた。
なぜならこの大百足はケンプから聞いたことがあったからだ。
シロは大百足の突進から距離を取るように斜め後ろに飛び上がる。
すると突然目の前から獲物が消えた大百足はシロの行方を確認するために顔を上げる。
(見えた!)
その瞬間、シロは大百足の口に向かって水弾を数発放つ。
大百足は外殻が鎧のように硬い。
であれば、口や継ぎ目といった柔らかいところを攻撃すれば良いのだ。
シロの目論見通り、口を水弾に貫かれた大百足は緑色の体液を撒き散らしながら絶命した。
大百足が動かなくなったのを確認すると、シロは大蟷螂と戦うエヴィエスに視線を向ける。
しかし、彼はシロの心配をよそに大蟷螂の大鎌を切り落とし、とどめを刺したところだった。
「やったわね」
「怖かったです……」
シロの両脇に現れた姉妹が安堵の声をあげる。
「あれ?2人とも虫苦手だっけ?」
「いやー、あんなに大きいのは、ねえ?」
「はい。本当に無理です」
2人は青ざめた顔色でまだピクピクと僅かに動く大百足を見つめていた。
「イッエーイ!勝ったよー!」
「こらこらナイ。はしゃぐな」
蟷螂に勝利したエヴィエスとナイがシロ達に近づいてくる。
「それにしても、アリスとリリスの人器はすごいな。外殻を貫通してるじゃないか」
エヴィエスは感心した様子で大百足の亡骸を見つめている。
「え?外殻じゃなくて口の中を狙ったんだよ」
「でもほら、水弾が貫通した跡が……」
シロはエヴィエスの手招きに促され、大百足の亡骸を一緒に確認する。
確かに、傷ひとつない鈍い光を放つ錆色の外殻には水弾が貫通した跡がいくつかあり、そこから緑色の体液が溢れ出ている。
間違いなく、外殻を水弾が貫通したのだ。
「本当だ。じゃああえて口の中を狙う必要はなかったんだね」
「凄いな……俺だったら外殻を貫通させるのに全力を出さないといけないのにさ……」
エヴィエスはため息混じりで天を仰ぐ。
それはシロの放つ水弾1発の威力がエヴィエス渾身の一撃と同等かそれ以上の貫通力があるということを意味している。
しかも、シロはそれを遠距離から連射できる。
エヴィエスが落ち込むのも無理はない。
それだけ同調者と非同調者が発揮できる力の差が大きいということだ。
「ねえ、アンタ達そんな気持ち悪いもん見てないでさっさと行きましょう」
「エヴィ様ー行くよー!」
「ああ、分かった」
「そうだね。行こうか。あっ、リリスありがとう!」
シロは立ち上がりながらリリスが拾ってくれた荷物を受け取った。
ウェステの街を出て3日。
シロ達は順調にケントルム迄の道のりを歩んでいた。
これまで何度か魔物と遭遇することはあったが、身の危険を感じるほどの魔物とは出会っていない。
それだけ同調が強力ということなんだろう。
同じ同調者であるルウムと一緒に過ごすことが長かったシロは改めて非同調者との違いを実感していた。
「それにしても暑いわね……」
アリスが首元を引っ張りながら、パタパタと手を動かす。
周囲は草原地帯から荒野へと変わり、照りつける太陽が赤褐色の土の絨毯に転々と転がる岩と緑を照らす。
「うん、暑いよー!エヴィ様ー」
「ああ、そうだな」
エヴィエスは額に流れる汗を拭う。
みんなの言う通り、確かに照りつける日差しがジリジリと肌を焦がす。
「リリス……大丈夫?」
シロは振り返り、俯いているリリスに視線を向ける。
「はい……大丈夫……です」
そう言ったリリスであったが、明らかに顔色が悪い。
きっとこの暑さにやられてしまったんだろう。
「もう少し進んで休める場所があったら休憩しましょう。もう少し頑張れる?」
「うん、お姉ちゃん」
アリスが心配そうにリリスの手を引きながら再び歩みを進めるのだった。
数時間後ーー
シロ達は荒野の中で、小さな湖を見つけた。
その湖の水はとても澄んでいて、照りつける日差しを鏡のように反射している。
「この水なら飲めそうだ。きっと地下から水が湧いてるみたいだね」
エヴィエスは湖の水を手で掬いながら飲み干す。
「じゃあ、今日はここで野営しようか」
「ええ、そうしましょう。リリス。よく頑張ったわね」
「はい……」
リリスはフラフラと木陰の隅に座り込む。
それを見たシロは皮の水筒に水を入れてからリリスの隣に座る。
「はい。リリス。冷たい水が入ってるよ。それを飲んでゆっくり休んで」
「ありがとうございます……ぷはぁ、冷たくて美味しい……」
シロが手渡した水筒の水をごくごくと飲み干したリリスだが、相変わらず表情はすぐれない。
「私……駄目ですね……」
「何で?僕はそんなこと思わないよ」
シロの目線の先にはアリスとナイが何か言い合いながら湖の辺りで水の掛け合いをしている。
恐らく、ナイがちょっかいを出してアリスがムキになっているのだろう。
「でも、すぐ疲れちゃうし……私のせいでケントルムに着くのが遅くなっちゃう……」
リリスは膝を抱えながら視線を落とす。
確かに旅路をリリスのペースに合わせているのは事実だ。
もしかしたら、自分が居なければもっと早く着くかもしれないということを気にしているんだろう。
「大丈夫。別に急いでる訳じゃないんだからさ」
シロはそう言いながら立ち上がるとリリスを引き起こし、手を引っ張りながら湖に向かって走り出す。
「えっ、シロさん!ちょっ!!」
戸惑うリリスの腕を引っ張ったままシロは湖に飛び込んだ。
ザバァン!という水が響き、心地よい冷たさが全身の熱を冷ましていく。
隣には一緒に飛び込み全身ずぶ濡れになったリリスが驚いた表情で見つめている。
水に濡れた美しい金髪が太陽の光を反射し、彼女の整った顔立ちと相まってまるで妖精のような雰囲気だ。
「ねぇ、リリス。僕はこの旅を楽しんでるんだ。見たことない景色や新しい出会い。それをみんなと一緒に体験したいんだ。だから、君の居場所はここだよ」
「……はい」
「だから、笑って。楽しもうよこの旅を」
「はい!」
大きな瞳に涙を溜めながら、リリスは満面の笑みをシロに向ける。
やはり、アリスもリリスも笑顔が似合う。
シロはそう思いながら、空を見上げた。空はどこまで青く晴れ渡っていた。
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