「全く……ひどい目に合いましたよ……」
「はっはっは!誰もが通る道だぜ!俺もそうだった!」
治療を終えた後、ローレン達と合流したシロ達は夕食を食べに来ていた。
多くの人器使いで賑わう中、シロの隣に座ったローレンは背中をバンバン叩きながら大声で笑う。
「奥から戻ってきた時の顔、面白かったなぁ……」
その隣に座るカリンもニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「いや……先に言ってくださいよ」
「まあ、この街に来た洗礼ってヤツだよ」
ローレン、リディス、カリンは不満げなシロの顔を見て声を出して笑う。
アフダルに腕を掴まれて教会の奥に連れて行かれたシロはブラウというアフダルに劣らない大男に出会った。
そして、服を脱ぎベッドに横になるよう指示され、シロは言われるがまま服を脱いで横になった。
その途端、アフダルとブラウに手足を押さえつけられたのだ。
突然2人の大男に押さえつけられたシロは抵抗する間もなく両手両足をベッドに固定された。
そして、人器化したブラウの光り輝くオイルのような物をアフダルに全身くまなく塗られたのだ。
そう。全身くまなく……
今思い返してみても大男のゴツゴツした手が全身隅々まで這い回る感覚が蘇る。
その感覚を思い出してシロはブルッと身震いをした。
「まあでも、アフダルの治癒は超一流よ。全身が軽くなってるんじゃない?」
「ええ……それはそうですが、あの恐怖と引き換えにするはちょっと……」
アフダルの治療を受けたシロは先の戦いで付けられた傷はおろか、砦の戦いやルウムに付けられた古傷まで癒されていた。
シロの癒しの弾よりも効果は間違いなく上だろう。
「ここに来てから驚かされっぱなしよ……あんな凄い人器使いがまだまだ居るわけ?」
浮かない表情のアリスがため息を吐きながら質問をする。怒涛の1日で疲れが溜まっているのだろう。
「ヘリオスとルーが別格なだけよ。シロ君達も相当な人器使いだと思うわ。初めての戦いであそこまで戦えてるんですもの」
「でも、あの2人の戦いを見せられると褒められた気にはならないですよ」
シロは苦笑いを浮かべる。
それ程までに2人との力の差は大きかった。
「まあな……あの2人を本気にさせる魔物がいるのかって感じだしな。あと俺達は見た事ないけどラウドとマーレも凄かったって聞くよ」
「見たことない……ってラウドさんはここでは戦わないんですか?」
あれだけ歴戦を潜り抜けた強者のオーラを纏った人物が前線で戦わない姿がシロには想像できない。
「ああ、随分前にパートナーのマーレさんが亡くなってるんだ……だから今は前線には出ないでサポートに徹してくれているって訳さ」
「そうなんですか……」
人器使いはパートナーを失うと、どれだけ優れていたとしても2度と同じように戦うことは出来ない。
ケンプを亡くしたルウムの顔がよぎる。
「でも、ミズラフでも獣人戦争でも最前線でみんなを引っ張ってきたからこそ、今みんなが一つに纏まれているのよ」
「ああ、ラウドが居なかったらとっくに人類は滅びてるだろうね。別格って言われて思い付くのはそのくらいかな……」
「……1人忘れてるぞ」
テーブルを挟んだ向かいに目を向けると長い黒髪で頬が痩けた男が鋭い眼差しをこちらに向けていた。
彼の名はヴァルツ。カリンのパートナーだ。
カリンと同い年らしいのだが、幼い容姿のカリンとは真逆で年齢以上に老けて見える。
ローレンと合流した時に挨拶はしたのだが、それ以降話す機会はなかった。
「ヴァルツさん。それは誰ですか?」
「……ウタ」
「あぁ、ウタか……でもあいつ特殊だからな…… 人器使いって言っていいのかアレ?」
これまで寝食を共にしてきた人物の名前が出るとローレンは複雑な表情で自身の短い髪をガリガリと掻いた。
「だが、別格というのは事実だろ」
「それって……どういうこと?」
「ん?アリスちゃん知らないのか?一緒に暮らしていたんだろ?」
テーブルにグイッと身を乗り出したアリスにローレンは不思議そう表情を向ける。
「アイツ自分の事話さないから知らないのよ。シロも知らないでしょ?」
「うん、確かに……ローレンさん。ウタのこと教えてくれませんか?」
2ヶ月ほど一緒に暮らしていたが、彼女は驚くほど自分の事を話さない。
これからも一緒に居るのであればもっと彼女を知りたい。そんな純粋な思いからシロはローレンにお願いをした。
「いいぜ。とは言っても俺達もそこまで詳しい訳じゃないんだけどな。知っての通りウタはパートナーがいない。でも、最強クラスと言われている。それってどういう事か分かるか?」
「……相手を選ばないって事ですか?」
「正解。普通はパートナー同士が強い絆で結ばれることによって同調が発現するだろ?だから非同調者より同調者の方が遥かに強い。それは俺達人器使いの常識だ。だけど、ウタだけはそれに当て嵌まらない。」
「え!?それって……」
ローレンはグイッとグラスに入った酒を飲み干して続ける。
「ああ、ウタは同調していない。だけど初めて手に取った人器でも元のパートナー以上の力を振るう事が出来るんだ」
「変わってるわよね……私達が初めて会った時なんて凄かったわよ。手近に居る人器使いを片っ端から行使して魔物達を殲滅したんだもの」
「ああ、あの取っ替え引っ替えは凄かったなぁ」
リディスとローレンはフフッと笑った。
2人は大分酒が回ってきているのか、顔が高揚してきている。
「だから非同調者の中では間違いなく人類最強ね。彼女がもし同調を覚えたら人類を救う新たな救世主って呼ばれるかもしれないわね」
「まあ、それ以前に性格に難があり過ぎるけどな!」
ローレンの笑い声が店内に響いた。
その後、ローレンやリディス、カリンが楽しそうに言葉を交わすなか、シロはどこかうわの空でウタのことを考えていた。
どれだけの人器を行使しても決して自分の人器を行使されることはない。
ここにいるのにどこにもいない存在。
やはり、彼女は自分と通ずるものがある。
であれば、人器を持たない自分はどうなのだろう。その疑問がシロの頭を埋め尽くしていた。
ふとアリスとリリスの視線を感じ目を向けると、2人の青い瞳が力強く訴えかけてくる。
君はここにいる……と。
自分はもう1人ぼっちの弱い僕ではない。
アリスとリリスのパートナー。人器使いシロなのだ。
そう……最初から何も迷うことはなかった。
シロはアリスとリリスに静かに頷いた。
大切な事を改めて教えられた気がした。
◆◆◆◆◆◆
「アイツ……分かり易すぎるのよね」
みんなとの食事を終え、ローレン達が暮らしている家の空き部屋に案内されていたアリスは飛び込むようにベットに寝転ぶと独り言のように呟いた。
「うん……でも大丈夫。シロさんなら」
アリスが寝転ぶベットの隣に腰を掛けたリリスが静かに頷く。
自分の人器がないということがシロの心にどれだけ深い影を落としているか。
それは同調して心を共有しているアリスとリリスには痛いほど分かる。
「そうね。でもあんな分かりやすく動揺しなくたっていいじゃない。だって私達が付いてるのよ?」
シロに付いていく。
その決心に一切の揺るぎはない。
だが、時折揺れるシロの不安定な心がアリスの心を苛立たせる。
シロには何事にも揺れない芯の強い男になってもらいたいのだ。
「姉さんの言いたいことは分かるよ。でも、あの不安定さがシロさんだし……だから優しいって事は分かってるでしょ?」
「……まあね」
アリスは部屋の天井を見つめながらぶっきらぼうに呟いた。
「そう言えば、姉さん今日調子悪かった?」
「え、何で?」
「だって今日の戦い。姉さん少し遅れてたからどうしたのかなって……」
それはラウドに教わった同調している時にシロと一体化する感覚。
この2ヶ月間、その感覚を鍛えていたといっても過言ではない。
「まあ、今日は急だったし色々あって疲れちゃってたのよ」
「そっかぁ、なら良かった!明日も頑張ろうね。姉さん」
そう言うとリリスは身体を洗うために部屋の浴室に入っていた。
自分が遅れている。
今日の戦いでその感覚はアリスにはなかった。
むしろ修行の成果を感じて今までよりシロとリンクしている気がしたくらいだ。
(い……いや、今日は本当に調子が悪かっただけよ!)
そう心に言い聞かせながら、アリスは目を瞑った。
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