「ねえ、最近リリス変じゃない?」
シロはケンプと飲んだ翌日、アリスと2人で農作業のボランティアをしていた。
リリスは体調不良ということで今日は休みだ。
アリスはルウムに夜遅くまで付き合わされたのが原因だろうと言っていた。
周囲には焦げ茶色の土が広がっているが、作物を植えるためには手作業で耕す必要がある。
そのため2人は畑を広げるために土を耕していた。
「え?そうかな?何も変わらないと思うけど……」
シロはリリスに目を向けると深緑のつなぎを着た彼女は鍬の柄を腰に当て、器用に体重を掛けながらこちらを見ている。
額には汗が浮かび、頬や服が所々土で汚れている。
「いや、違うのよ」
「んー、どんなところが?」
「うーん、うまく説明できないんだけど、何か雰囲気違うのよね」
アリスは腕を組みながら首を傾げる。
シロには分からないが、きっと双子の彼女にしか分からない感覚があるのだろう。
「あっそうだ!アンタ同調で感じ取りなさい!」
まるで閃いたと言わんばかりの顔でシロにビシッと指を挿す。
「いやいや、無理だよ」
同調をしている時に感じることができるのは感情の断片だ。
決して相手考えていることの全てが分かると言った便利なものではないのだ。
「なによー。役に立たないんだから」
アリスは子供のようにむくれた表情を見せる。
「役に立たないって……じゃあアリスが直接聞けばいいんじゃないの?」
「んー、こんなこと初めてだから聞きにくいのよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなのよ」
「……」
「あー、サボってるねぇ」
2人の後ろから近づいてきたルフが声を掛ける。
振り返ると彼女はいつもと同じ、古ぼけたフードを目深に被っている。
暑くないのだろうかとシロは思うが、彼女が汗をかいている雰囲気はない。
「あらルフ。真面目にやっているわよ。ちょっと休憩よ休憩」
「まあ、手伝ってもらって助かってるし全然良いんだけどねぇ。それで、どうしたの?」
ルフは土で汚れるなど気にも留めない様子で焦げ茶色の土の上にストッと座る。
「リリスが最近変だってアリスが言うんだ。ルフはどう思う?」
「んー、私は出会ってから日が浅いからよく分からないなぁ……でも、アリスはその理由を聞きたい?」
穏やかな口調でルフはアリスに問いかける。
「聞きたいかって言われると……どうなのかしら……」
アリスはさっきと同じように腕を組みながら首を傾げる。
「まあ、本人が言わないのであればそっとしておいた方が良いと思うよぉ」
「でも、心配じゃない?」
シロは2人の会話に割り込む。
リリスが何か悩んでいるのであれば、聞いて一緒に解決したい。そう考えたからだ。
「んー、分かってないねぇ。シロ。乙女は秘密のひとつやふたつ持っているものなのだょ」
フードの影から覗くにこやかな唇に彼女は人差し指を当てた。
「そういうものなの?」
「そういうものなんだょ」
「そういうものなのかな?アリス」
シロは腕を組んで首を傾げたままのアリスに問いかける。
「んー、まあそいうものね」
「そうか。そういうものなのか……」
乙女にはひとつやふたつ秘密がある。
またひとつ学んだシロであった。
◆◆◆◆◆◆
3人が他愛のない会話をしている同時刻。
リリスは街外れをとぼとぼと歩いていた。
周囲に歩いている人はほとんどいない。
(サボっちゃったな……)
リリスはアリスに体調が悪いと嘘を付いていた。
アリスとシロが仲良くしているのを見るのが辛かったのだ。
初めて姉に嘘を付いてしまった。
そのことが後になればなるほど罪悪感という形でのしかかり、リリスの胸を締め付けていた。
それが辛くなって気がついたら部屋を飛び出してしまったが、だからといって行く宛てはないのだ。
もう帰ろう。
帰ってアリスとシロに謝ろう。そう考えていた。
すると、何やら子供達が騒いでいるのが目に入った。
子供達の中にはよく教会に出入りしている3人のうちの2人、アンとホーザも含まれている。
「アンちゃん。ホーザ君。どう……したの?」
「あっ!リリス姉ちゃん!リュバルが見つからないんだ!」
ホーザは驚いた様子でリリスに答える。
リュバルはアンやホーザと共によく教会に出入りしている子供でアリスによくちょっかいをかけている子だ。
「見つから……ない?」
「うん、森で遊んでいたら居なくなっちゃったの。それで……すごい探したんだけど、見つからないの」
酷く焦った様子のアンの瞳には涙が滲む。
「森って……街の……外?」
森は魔物だけではなく、獣も出る。
当然の事ではあるが、子供が街の外に出るのは禁止されている。
「僕達、いつも外に出て遊んでいたんだ。それで、隠れんぼをしていたら居なくなっちゃったんだ」
ホーザも涙を浮かべている。
「大丈夫……」
リリスは涙を浮かべるアンとホーザを安心させるように頭を撫でる。
「私が……見つけてくるから……安心して……」
「姉ちゃん!」
アンとホーザが安堵の表情に変わる。
「どのあたり……なの?」
まだ日が落ちるまでに時間もあるし、子供の足だからそう遠くまでは行っていないだろう。
それに、リリスにとって自分が必要とされている事が、まるで自分はここに居ていいと許された気がしていた。
リリスは1人で街の外に向かうのだった。
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