「ギルドの地下にこんな広い場所があるんですね」
ラウドの部屋を後にしたシロ達は再びカーミラに案内され、地下の細い廊下を抜けた先にある広大な部屋に案内されていた。
「ええ、ここは中央広場の地下なの。上にある広場とほぼ同じ大きさなのよ」
「この街もいつ戦場になるか分からないからな。その為の避難所だ。この広さならこの街に住む人達の半分以上は避難させられるだろう」
「凄いですね……」
石で敷き詰められた空間には、無数の柱が立ち並び、その周りに取り付けられたランプが灯されている。
また、中央からはゆらゆらとした光が差し込んでいる。きっと、噴水の水を通り抜けた光が降り注いでいるのだろう。
「さあ、始めよう」
「「はい!」」
シロとエヴィエスが気合の入った返事をする。
「おいおい……嬢ちゃん達もするんだぞ」
シロ達の邪魔にならないようにと一歩下がったアリス達にラウドは視線を向ける。
「え!?私達もするの?でも、私達は戦わないし……」
「分かってないな……いいか?同調している時、嬢ちゃん達も周りを見ているだろう?」
「……ええ」
「という事は、嬢ちゃん達も一緒に戦っているということだ。シロ君との力の差がつきすぎると、嬢ちゃん達がシロ君の動きについていけなくなる。そうなると足手纏いも同然だぞ」
「……確かにシロの動きに私達がついていけないって感じる時がある気がするわ。ねえ、リリス」
「はい、たまに振り回されているような感覚になることがあります」
アリスとリリスはラウドの言っていることに納得できる部分があったのか、ふんふんと頷く。
「そう。そのズレが生死を分けるんだ。理想は行使者と人器の能力が同水準になることだな」
「そうなんですね。全然知らなかったです」
シロにはアリスとリリスが振り回されている感覚を持っていることすら知らなかった。
「まあ、君達を教えていたのはルウムだろ?彼女はそんな細かいことは考えていないさ」
ラウドは頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「ルウムさんとケンプさんのこと……知っているんですか?」
自分の師匠は英雄からどう見えていたのだろうか。
シロにはとても興味があった。
「昔に何度か一緒に戦ったことがある。ルウムは戦いの天才だ。戦い方を天性の感覚で身につけている。だが、それを支えているのはケンプだ」
「そうなんですか?」
「ああ、ルウムがあれだけの動きが出来るのはケンプがフォローしているからだし、ルウムもケンプがフォローしてくれるからこそ、強さを発揮できる。まさに人器使いの理想型だ……惜しい男を亡くしたな……」
「はい……でも自分の師匠はやっぱり凄かったんですね。それが知れて良かったです」
「だが、あの2人をもってしてもジールに敗れた。シロ君が目指す道のりは厳しいぞ」
「はい。どんなことでもするつもりです」
「すいません……俺は同調が出来ません。どうすれば同調出来るのでしょうか」
エヴィエスが意を決した表情でラウドに質問をする。
「同調か……そもそも同調が可能な人数は1000人に1人程度しか居ないんだ。奇跡みたいなものさ。だが、俺の知っている限り同調した者は皆お互いを信頼し合っている。エヴィエス君はそこの嬢ちゃんに心を許しているか?」
「私は許してるよ!」
「……」
ナイは迷わずに即答するが、エヴィエスはその問いには答えなかった。
「まあ、お互いを信頼し合っていても必ず同調できるとは限らない。だから奇跡と言われているんだがな。さあ、始めようか。ウタはやるのか?」
「私はやる訳ないじゃない。妻は旦那を影ながら支えるのが勤めよ」
ウタは自信満々な表情で髪を掻き上げると、柱に寄りかかりゆっくりと座った。
「……まあいい。俺が君達に教えたいのは技術だ」
「技術ですか?」
「ああ、俺はルウムやそこのウタみたいに天才ではない。努力で技術を身に付けて強くなったんだ」
「……」
シロは深く頷いた。
自身もじいさんと別れてから器に水を注ぐ練習を繰り返してきた。
努力することの大切さは理解しているつもりだ。
「そこで、まず君達には自分の身体を正確に動かす術を身に付けてもらいたい」
「えっ……正確に動かすってどういう意味?」
アリスが首を傾げる。
「言った通り、自分のイメージと実際の動きをシンクロさせることだ。これが出来ると一つ一つの動きの精度が格段に変わる。それに、人器として行使されている時に自分の身体を感じれるようになるのだ」
「そんなことで変わるもんなのね」
「そんなことって言うが、意外に難しいんだぞ。まあ、これを身に付けるだけで嬢ちゃん達が感じている振り回される感覚は随分少なくなる筈だ」
「あの、それはどうすれば身に付けられるのでしょうか?」
リリスがラウドに質問をする。
初対面の人に自分から話しかけるリリスはかなり珍しいのだが、リリスは真剣な眼差しでラウドを見つめている。
「それにはこの型の練習してもらう」
そう言うと、ラウドは腰を落としいくつかの動きの型を見せた。
その動きは鍛えられた体躯からは想像も出来ないほど無駄なく滑らかで美しかった。
「この動きを先ずは10分の1の速さでやってもらう。筋肉の1本1本の動きを意識しながら丁寧にな」
「はい!」
シロ、アリス、リリス、エヴィエス、ナイの5人は腰を落としてラウドが見せた動きの型をゆっくりとなぞり始めた。
「……これ地味な割に結構キツいわね」
「うん、キツいね」
これを10回。そして5分の1、2分の1、通常の速さを10回ずつ毎日続けてもらおう。
「え!?そんなに!?」
アリスが腰を落としながら、驚いた顔でラウドを見つめる。
「ああ、手始めにこれを1ヵ月続けるんだ。毎日続けたらまた来い。そうしたら次を教えてやる」
「嘘でしょ!?こんな地味な事を1ヵ月も?」
「俺に教えを乞う時点で君達は天才ではない。そんな簡単に強くなれる訳ないだろ。強さって言うのは一つ一つ積み重ねたその先にあるものなんだ。嬢ちゃんズレてるぞ」
「ぐっ……分かったわよ!」
「じゃあ、俺は仕事に戻るから、終わったら帰っていい。家でも出来ると思うから此処には来なくていいからな。カーミラ。お前はどうする?」
「私も仕事に戻ります。じゃあ、シロ君。頑張ってね」
「はい、カーミラさん。ありがとうございます!」
カーミラはシロに小さく手を振るとラウドと一緒に戻っていった。
その背中を見送るとシロは自分の動きに意識を集中させた。
「シロ君。いい男じゃないか。お前が肩入れするのも分かるぞ」
地上に戻る廊下を歩きながら、ラウドはカーミラに呟く。
「べっ、別に肩入れなんかしていないわよ!」
「いや、あれだけこの街から離れたがっていたお前が戻ってきたのは彼の為なんだろ。言わなくても分かるさ」
「……」
「金髪の嬢ちゃんやウタに目を付けられていなかったら、お前を嫁にやっても良かったんだけどな」
「そんなこと……ある訳ないでしょ!!」
カーミラはラウドの背中を思いっきり叩き、バシッと言う音が狭い廊下に響き渡る。
「おいおい、冗談に決まってるだろ」
ラウドは背中を摩りながら豪快に笑った。
「人の気も知らないで……」
カーミラはその大きな背中を見つめながら、小さく呟くがその声は笑い声にかき消されるのだった。
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