階段を登り、カウンターの上部に位置する渡り廊下の奥、シロ達はカーミラが開けた重々しい扉の部屋の中に入った。
その中は装飾がない質素な内装で、窓から外を眺める壮年の男性が目に入る。
「ラウドさん。シロ君を連れてきたわ」
「おう」
ゆっくりとこちらを振り返った壮年の男性は短い短髪で無精髭を生やした彫りの深い顔立ちだ。
その眼差しは鋭く、鍛え上げられた大柄の体躯も相まって只者ではない雰囲気を纏っている。
英雄と呼ばれるのに疑いはない人物に見えた。
「君がシロ君か」
「あっはい。初めまして」
ラウドが放つ圧倒的な存在感に気圧されてしまったシロは辿々しい返事をする。
「まあ、そんなに硬くならなくてもいい」
そう言いながらラウドはシロの正面に歩み寄る。
「まず、娘を助けてくれてありがとう」
ラウドは深々と頭を下げた。
「えっ?えっ!ラウドさん頭を上げてください!それに娘って……?」
「なんだ言っていないのか?カーミラは俺の娘だ」
「え!?」
カーミラがラウドの娘という思いもよらない話を聞いたシロやアリスは目を見開きながらカーミラを見つめる。
「まあ、義理だけどね」
「義理とは何だ。義理とは。父さんはお前をどれだけ大切にしているか分かってるのか?だから、ウェステに行くのも反対だったんだ。それにお前は……」
「はいはいはいはい。仕事中は娘扱いしないって約束してるでしょ。それに今日はそんな話をしに来たんじゃないだから本題に入ってよ」
力説するラウドを怪訝な表情でカーミラが窘める。
「おおっ、そうだった。まあ、みんなとりあえず座ってくれ」
ラウドに促されたシロ達は順番に部屋の中奥に置かれたソファーに腰掛けた。
最後にラウドは机の横に置かれた自分の椅子を持ってくるとそれにどかっと腰掛けた。
「話の概略はカーミラから聞いてる。話をする前に、ここに居るみんなはシロ君が信頼している人達ってことでいいんだよな?」
ラウドはエヴィエスやウタに視線を向ける。
「はい。ここに居るのは僕の信頼できる仲間です」
「まあ、私はダーリンの嫁だけどね」
「ウタ!面倒なこと言うんじゃないわよ!空気を読みなさい。空気を!」
「はぁ?空気?私を誰だと思ってんの?そんなもん読める訳ないじゃない」
「ぐっ……アンタ思った以上にめんどくさいわね……」
険しい表情のアリスとウタが睨み合う。
「まあまあ、ウタ。ここはちょっと待っててもらっていいかな?僕にとって大事な話なんだ……」
「はーい」
シロに諭されたウタはコロッと表情を笑顔に変える。
「シロ君がウタを連れてきたことには驚いたよ。彼女は色々と大変だが……まあ仲良くしてやってくれ」
「はい」
「では、本題に入ろう。まず、シロ君はテラーがどんな存在か知っているか?」
「……いえ、僕は救世主と戦った魔物を率いる存在ということしか知りません」
「そうか。その認識に間違いはない。我々は人間と変わらない知能を有し、魔物を操る力を持った魔物の事を総称してテラーと呼んでいる」
「ってことは何体もいるってこと?」
アリスが話を遮るように質問を投げかける。
「そうだ。魔物が現れてからこれまでで6体のテラーが確認されている。だが、救済の光以降現れていないテラーも居るから、もっと少ないかもしれないが……その逆もあり得る。シロ君が出会った仮面のテラーはジールと呼ばれる魔物だろう」
「ジール……」
脳裏にあの不気味な笑い声が過ぎる。
「そんな……あんな化物が何体も居るって言うの?」
「ああ、事実だ。もし仮に、複数のテラーにこの街が襲われるような事になれば、我々はなす術なく滅ぼされるだろう」
「それじゃあ……私達は生かされているってことじゃない」
絶望にも似た声を上げたアリスは視線を落とす。
「確かに嬢ちゃんの言う通りかもしれないな……だが、俺達は生きている。まだ負けてはいないんだ。今を憂うより、戦う力を付けて出来る事をすべきだと俺は考えている」
そう言ったラウドの声色は穏やかだが力強く、人々を惹きつける魅力があった。
「それに、救済の光以降のテラーは各々の目的で行動している節が強い。最初から滅ぼすつもりだったら俺達はとっくに滅ぼされてる筈だ。必ずしも人間に敵意を持っている訳ではないし、奴らが同時に人間の街を襲うような事態は考え難い。シロ君もそれを感じなかったか?」
「……はい。僕に物語をあの子のような物語を紡げと言っていました」
「物語……ね」
ラウドは首を傾げながら無精髭を触る。
「俺には奴の言うあの子が誰を指しているのかは分からない。だが奴は救済の光以降、人と接触したという情報はないんだ。恐らく、救世主の誰かのことを言っている可能性が高いだろう」
「救世主……」
救済の光の前に人器化の能力を持ち、人々の希望になった存在。
そんな人物の名前が出てくるとは思わなかったシロはゴクリと息を飲む。
「ああ、アルク、シオン、レイン、セレナだ。もしかしたら、全員の事を言ってる可能性もあるがな」
「ラウドさんは救世主に会ったことがあるんですか?」
「ああ、俺がガキだった頃に少しな……東の地へ旅立った時の救世主は君達とそう変わらない年齢だったと思う」
「僕達と変わらない年齢で世界を救うって……やっぱり凄いんですね」
「まあそうだな……だが人器使いの強さは年齢に比例するわけではない。そこにいるウタが良い例だな」
「当然よ」
ウタはフフンと鼻を鳴らして上機嫌に胸を張る。
「まあ、いずれ必ずジールはシロ君の前に現れるだろう。その時に聞いてみればいいさ。だが、その為には強くならないとな」
ラウドはバチンッと膝を叩いて椅子から立ち上がり一同を見下ろす。
「さぁ、俺の話はここまでだ。みんな話を聞くためだけに俺のところに来た訳じゃないだろう?」
「はい!」
シロは力強く返事をした。
大切な人を守るために力を手に入れるのだ。
「いい返事だ。君には娘を助けてもらった恩がある。俺自ら稽古をつけてやろう」
「ありがとうございます」
「あの!」
シロが答えたのと同時に隣に座っていたエヴィエスが勢いよく立ち上がる。
「私も是非お願いします。強くなりたいんです」
「君は……エヴィエス君だったかな?分かった。俺達は1人でも多くの戦力を求めてる。だが、俺の稽古は厳しいぞ」
そう言いながらラウドはニヤリと笑みを浮かべた。
ラウドの言うとおり、強くなるために今は出来る事をしよう。
シロはそう決意を新たにするのだった。
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