アリスとリリスは草原の岩に腰掛け、ルウムとケンプの戦いを少し離れた所で眺めていた。
さすがベテランの人器使い。
淀みのないコンビネーションで魔物を斬り伏せていく。
「ふぅ……こんなものかしら」
ルウムは額に光る汗を腕で拭う。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
真っ直ぐ帰れば夕方までには街へ戻れるだろう。
本来であればもう少し魔物を探すのだが、アリスとリリスを気に掛けた2人は今日は早く帰ると決めていたのだ。
「……ええ」
アリスとリリスはゆっくり立ち上がり、ルウムとケンプの背後を力なく歩く。
今日一日、アリスは痛感していた。
自分には何もできないことを。
シロとパートナーになって、強くなった気でいた。
でも、シロが居なくなったら結局私達は使い物にならないのだ。
ルウムみたいに華麗に戦えるわけでもなく、ケンプのように力強く戦えるわけでもない。
ただ、自分が出来ることはちょっとした傷を癒すことだけ。
ポンコツと呼ばれていた自分達に逆戻りだ。
気が付けば、自分達の居場所はシロに与えてもらっていたのだ。
「ねぇ、リリス」
「何?姉さん」
「シロと別れたら……私達どうすればいいかな?」
「……」
リリスは俯いたまま返事はない。
きっと彼女も分からないのだろう。
それに昨日以降、以前の彼女に戻ってしまったかのように塞ぎ込んでいる。
ずっと一緒に居たい。
初めて思えた存在だったのに。
アリスは俯いたまま、自分の瞳から流れた水滴が地面を濡らすのをただ見ていた。
「おい……あれは重傷だそ……」
気が付かれないように2人を観察していたケンプがルウムに囁く。
「うーん、困ったわねぇ……」
ルウムは腕を組みながら首を傾げる。
すると街の方角から、鈍色の髪の少年が跨った一頭の馬が真っ直ぐこちらに向かってくる。
「「あっ!」」
ルウムとケンプはそれに気が付き、同時に声を上げた。
アリスもその2人の声を聞き、顔を上げた。
その視線に映ったのは、アリスが最も求めていた少年の姿だった。
◆◆◆◆◆◆
シロは驚いていた。
馬に導かれるまま草原を駆けていたら、本当に大切な人に出会えたのだ。
まるで、糸で繋がっているかのように。
(ルフにお礼を言わないとな……)
そう思いながら、驚いた表情の双子の前で馬を降りた。
2人は別れを伝えた時と同じ浮かない表情でシロから目を逸らす。
でももう迷わない。自分の気持ち伝えるんだ。
シロの心に迷いはなかった。
「アリス……リリス……僕は自分がこの世界に生まれた意味、そして自分が何者なのか知りたいんだ」
拳に力が入る。
「そのためには危険なことも沢山あると思う……2人を危険な目に合わせてしまうのが怖かったんだ……」
アリスとリリスは俯いたまま震えている。
「でもそれは間違ってた。僕は2人と一緒に行きたい!僕と一緒に来てほしい!!」
それがシロの心の底から漏れ出てた本心だった。
「……」
2人から返事がない。沈黙が3人を包む。
沈黙のなか、最初に口を開いたのはリリスだった。
「……嬉しいです。私のこと必要としてくれて」
「……バカ。最初っから一緒に来てって言いなさいよ」
リリスは胸に手を当てて笑顔を見せ、アリスは恥ずかしさを誤魔化すかのように髪を掻き上げる。
「リリス……アリス……」
シロは2人を思いっきり抱きしめた。
「バッバカ!急になんなの……もう……泣いてんじゃないわよ……」
シロの目からいつの間にか涙が溢れ出ていた。
それほど、アリスとリリスはシロにとってかけがえのない存在になっていたのだ。
「良かったな……」
「ええ、これでもう卒業かしらね」
ルウムは少し寂しげな表情でその様子を見守っていた。
パチパチパチパチパチパチ
唐突に拍手が響く。
いつからだろう。
いつの間にかそれはそこに存在していた。
まるで初めからそこに存在していたかのように。
「少年!!」
その場で誰よりも早く反応したのはルウムとケンプだった。
何が起きているのか理解出来ないシロに声を掛けるとルウムは瞬時に曲刀へと姿を変えたケンプ握りしめる拍手を送る存在に迫る。
目にも止まらない速度で駆けるルウムの速さはシロと訓練で戦っていた時とは比べ物にならない。
「演舞剣極!!」
叫びにも似た声を上げると空中に10本を超える曲刀が舞う。
その無数の曲刀と共にその存在に斬りかかった瞬間ーー
バキィィィィン!と大きな音が響いた。
空中に舞う曲刀もルウムの手に持った曲刀も全て真っ二つに折られていたのだ。
「ケン……プ」
ルウムが握り締める折れた曲刀は光の粒子に変わり、空にゆっくりと舞い上がる。
その粒子は光を反射し、キラキラとオレンジ色に輝いていた。
「ああ……」
ルウムは信じられないものを見たかの表情で、粒子へと手を伸ばすが、無常にもその手を擦り抜け消えていく。
人器の破壊。
それは魂の器の破壊。
人器が砕かれたケンプは光の粒子に変わり消えた。
もうこの世界に彼は存在しない。
唐突にそれもあっさりとシロが慕っていた人物が消えてしまった。
彼の優しげな横顔が脳裏をよぎる。
「お前ぇぇぇぇぇ!!!」
声にならない叫びを上げたルウムはそれに殴りかかる。
「邪魔しないでください……」
「!?」
それが小さく呟いた瞬間ーー
ルウムは見えない何かに殴られたように吹き飛ばされていた。
まるで人形のように不自然に空を舞うルウムはドサっと地面に落下した。
そして彼女は地面に突っ伏したままピクリとも動かない。
一瞬の出来事だった。
シロには何が起きたのか理解できなかった。
ただ、この世界は残酷なのだ。
それを痛いほど実感していた。
楽しく充実した日々にはもう戻れない。
出来損ないの人器使いと仲間達の物語はここから始まるのだ。
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