「おおぉぉぉぉぉ!!!」
眼前に迫る無数の魔物に向かってシロは力の限り叫ぶと両手に握る2人の人器の引き金を引いた。
その乾いた発砲音は迫りくる魔物達の悲鳴や怒号に掻き消されるが、水弾は勢いを落とすことなく、これまで幾度となく戦った狼型の魔物フェンリルに向かって突進する。
「!?」
今までなら水弾に貫かれた魔物の断末魔が聞こえてくる筈だが、シロが放った水弾はキィンという甲高い音と共に弾かれてしまう。
(シロ!)
アリスの叫び声が脳裏に響く。
(分かってる!!)
やはりミズラフの魔物は違う。
姿は似ているが、シロの知っているフェンリルとは別な存在なのだろう。
(アリス!リリス!出力を上げるよ!)
シロの呼びかけに2人が迷わず頷くのを感じる。
人器は行使者の魂を注ぐ量によって能力が決まるとされている。
シロはこれまで並外れた魂のコントロールによって人器に魂を注ぐ量を最小限に調節していた。それは、砦で戦いのように自信が気を失わないようにするためだ。
だが、ミズラフでは今までと同じでは威力が不足している。そう判断したシロは即座に魂を注ぐ量を調節する。
魂を注げ……
そう心の中で呟いたシロは眼前に迫るフェンリルに向かって再び水弾を放った。
その水弾は瞬く間にフェンリルの身体を貫き、短い悲鳴と共に押し寄せる魔物達の群れに飲まれていった。
「いける!」
ラウドの訓練の甲斐もあってか、今までにないほど彼女達と強く同調しているのを感じる。身体も前よりもずっと軽い。
シロは自分でもミズラフでも戦えるという確かな手応えを感じながら水弾を放ち続けた。
◆◆◆◆◆◆
乱戦
ミズラフおける人器使いと魔物の群れのぶつかり合いは、その言葉が一番適切だろう。
総勢100人を超える人器使い達は少人数のパーティを作り、協力しながら魔物を駆逐していく。
しかし、早々にローレンやカリンと逸れてしまったシロは、魔物に囲まれないように距離を取りながら迎撃を続けていた。
出来れば2人を探しに行きたいのだが、その余裕は今のシロにはない。
全力で一体でも多くの魔物を倒す。それ以外、今は考えられなかった。
(シロさん……大丈夫ですか?)
リリスの心配そうな声が響く。
乱戦が始まってからシロは休みなく水弾を放ち続けている。
シロの消耗が心配になってきているのだろう。
(うん……でもまだ大丈夫)
そうは言ったものの確実にシロの中で疲労が蓄積されていた。
すると、これまで際限なく押し寄せていた魔物達の圧がやや緩んだ気がした。
これでひと息付けると思ったシロは両手に構えた銃を下ろす。
「はぁ、はぁ……」
リリスが心配するのも無理はない。
シロは自分が思ってる以上に消耗していたのだ。
(シロ!!)
唐突にアリスの声が響き、顔を上げると魔物が放ったであろう火球がシロ目掛けて飛んでくる。
これまで魔物から遠距離攻撃が放たれる事はなかった。
シロはそれを後方に飛んで躱すが、飛んだ瞬間その選択は間違いであった事に気付く。
「!?」
シロに向かって猛スピードで一体の赤いリザードマンが突進してくる。
恐らく懐に潜り込んで接近戦をするためだろう。
シロはリザードマンを近づかせてはならないと水弾を数発放った。
しかし、リザードマンは腕に嵌めた盾で水弾を弾く。
「ちっ!!」
シロはさらに魂を注ぎ威力を上げた水弾を放つ。
数発の発砲音が響く。
その水弾はリザードマンが構える盾を貫通するが、急所を外したのだろう。
リザードマンが速度を下げる事はない。
この時すでにシロはリザードマンが懐に入ることを許してしまっていた。
(アリス!リリス!)
シロは着地すると同時に2人の名前を叫びながら人器を頭上で交差させ、リザードマンが振り下ろす太刀を受け止めた。
ギィィンという音が響く。
リザードマンが振り下ろした太刀はシロが今まで受けた攻撃の中で一番重い一撃だった。
アリスとリリスが受け止めてくれなければ、シロは今頃真っ二つになっていただらう。
全身の骨が軋むほどの一撃だった。
シロが苦痛に顔を歪めた事など気にも留める事なく、リザードマンはその無骨な太刀を今度は乱暴に横薙ぎをする。
それをシロは身を屈めて躱し、ガラ空きになったリザードマンの頭部に向かって引き金を引く。
今度は間違いなくリザードマンの頭部を貫いた。
出来る限り魔物と距離を取って戦いたいシロはリザードマンが倒れるのを見届ける事なく距離を取ろうと後方に意識を向ける。
恐らく、アリスとリリスも同様だったのだろう。
「ガァァァァ!!!」
その咆哮と共に確かに頭を貫いたはずのリザードマンがシロの身体に抱きつき肩に鋭い牙を突き立てる。
「ぐぅぅ!!!」
身体を締め上げられ、肩に激痛が走る。
頭部を貫かれたリザードマンの頭からは血が吹き出ているが、その目からは光が失われていない。
その目は何とかこの人器使いに一矢報いるという強い意志を感じる。
「くっそ……デュアルバースト!!」
このままではまずいと判断したシロはリザードマンの腹部に向かって自身の最高火力を放った。
銃口から放たれた激流はリザードマンの胴体を2つに割り、シロは束縛から脱する事に成功する。
(ごめんなさい!シロさん!)
(謝るのは後よ!囲まれてるわ!!)
2人のやり取りが脳裏に響く。
恐らくリザードマンの突進はシロを足止めするためのものだったのだろう。あの魔物は命を賭して自らの目的を達成したのだ。
シロはすっかり魔物に周囲を囲まれてしまっていた。
しかも、先ほど苦戦したリザードマンが複数見える。
しかし、デュアルレーザーを放ったのが功を奏したのか、魔物はシロの周りで一定の距離を保ちすぐに襲ってくる気配がない。
恐らく、こちらの出方を伺っているのだろう。
シロは迷わず囲みが薄い方向に銃口を重ねデュアルバーストを放つ体勢取る。
(シロ!あと2発しか打てないのよ!?)
(うん、でもここで時間を食っていたらあいつらの思う壺だよ。薄いところから突破するしかない)
ケントルムでの日々でデュアルレーザーはシロが通常の状態であれば3発まで放てると確認している。
疲労が蓄積されている今ではあと1発が限界かもしれない。
しかし、迷っている暇はないのだ。
「デュアル……」
シロが意を決してデュアルレーザーを放とうとした瞬間ーー
「見つけた!!」
シロを取り囲む魔物達の頭上から橙色の髪の少女が降り立ち、地面に不気味な黒い杖を突き立てる。
「ドッペルゲンガー」
カリンがそう発すると瞬時にシロの周囲に黒い影が広がり、そこから無数の黒い刃が現れ取り囲んでいた魔物太達を串刺しにした。
「……カリンさん?」
「いやー、シロ君。いきなり居なくなっちゃったから心配したよ」
串刺しされた魔物の断末魔が響き渡るなか不相応なほど幼い容姿のカリンは無邪気な笑顔をシロに向ける。
「よく1人で頑張ったね。ローレン達と合流しよう。まだいける?」
「はい!」
「いい返事!さあ行こうか!」
シロは突然現れた味方に安堵のしながら、今度は逸れまいと橙色の髪の少女の背中を追うのだった。
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