暗闇の中、シロは壁を触りながら少しずつ歩を進める。
真っ暗闇で何も見えない。
頼りになるのは冷え切った壁から伝わるごつごつとした感触だけ。
静寂の中、自分の吐息だけが聞こえる。
さっきはあれだけ剛音を響かせていたのが嘘みたいだ。
身体が重い。
きっと魂を注ぎ過ぎたことが原因だろう。
だが、歩みを止めるわけにはいかない。
シロは足を引き摺りながらも一歩一歩確実に歩を進める。
しかし、遂に力尽き膝をついてしまう。
もうこれ以上人器を維持することはできない。
ここで気を失うわけにはいかない。
(仕方ない……)
シロはアリスの人器を解除する。
人器から戻った彼女はシロの胸で泣きながら震えていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
腕の中で震えるアリスはとてもか弱い少女だった。
「リリス……リリス……」
その押し殺したような悲痛な叫びがシロの胸を締め付ける。
「大丈夫……アリス。僕達はこんな所では死なない……必ずリリスの元に戻ろう」
シロは震える彼女の肩を強く抱きしめながら同調した時に流れ込んだ彼女の感情を思い出す。
彼女はずっと怯えていた。
妹の手を引き焼け落ちる町から逃げる時も、
獣に襲われ妹を守るように抱きしめた時も。
怖い、怖い、怖い。
私は姉だから、妹を守る。
失いたくない、失いたくない、失いたくない。
それが彼女の根幹にあるものだと感じた。
だからこそ、張り詰めていた糸が死の恐怖によって切れてしまったのだろう。
彼女は悪夢にうなされる少女のように嗚咽を洩らし続ける。
彼女の根幹に触れてしまった今、シロはかける言葉が見つからず、ただその声を聞き続けた。
(絶対に帰る。彼女を絶対に帰すんだ。僕を認めてくれた彼女をこんな所で死なす訳にはいかない! )
そう心に強く刻んだ。
それから、どれだけ時間が経ったのだろう。
時間の感覚はもう麻痺してしまっている。
しかし、かなり時間が経過しているのは間違いないはずだ。
「ごめんなさい……もう落ち着いたわ」
アリスはシロの胸から顔をあげる。
あれだけ泣いたのだ。彼女の目元は真っ赤腫れ上がっているはずだが、彼女の表情を確認する術はない。
「さっきは恥ずかしいところを見せてごめんなさい」
彼女はいつもの強気な口調ではなく、弱々口調でシロに語りかけた。
「私……ずっとずっと怖かったの。薄々は気づいていたんだけど、ずっと気付かない振りをしてた。でも、あなたと同調した時に気付いちゃった」
「……怖くない人なんていないよ。みんな大事な物をなくすのは怖い筈だよ。それに……まだ僕達は何も失っていない」
「うん……ありがとう」
「僕も少しは回復したし、行こう。一緒にリリスの元へ帰るんだ」
心が熱くなる。
1人じゃない事がこれだけ心強く、守りたい存在が居るということだけで、人は強くなれるのだろう。
シロは決意を新たに暗闇の中立ち上がった。
「あの……」
アリスの呼びかけにシロは振り返る。すぐ近くに彼女は居るはずだか、姿は確認できない。
「手を……繋いでもいい?」
「もちろん!」
シロは力強く彼女の手を握った。
◆◆◆◆◆◆
「随分静かね……」
相変わらず、シロとアリスは暗闇を進んでいた。
右手には冷たい岩の感触があるが、左手はアリスの手の温度が伝わってくる。
その温かい温もりがシロに平常心を与えてくれる。
「そうだね……」
地下に落ちて以降、魔物の気配は感じない。
あれから彼女は大分平常心が戻ってきたのだろう。声色も元に戻りつつあった。
「ねぇシロ……この道どこに続いていると思う?」
「多分、廃墟の砦に繋がっているんじゃないかな。壁は岩で出来てるし、昔掘られたんだと思うよ」
「私達帰れるのかしら……」
「大丈夫。帰れるよ」
帰れる確信はない。
だかシロは不安を悟られないように力強く答える。
「シロは強いね……」
「じいさんに教えられてるんだ。負の感情に囚われるなって」
それはシロの生きる指針でもある。
「すごいね……あなたの、そのじいさんってどんな人だったの?」
「人器がなくて差別されて、生きている意味が見つからなかった僕に生きていていいって教えてくれた人なんだ」
「そう……素敵な人だったんだね。それで、今その人はどうしてるの?」
「いない……ある日突然居なくなっちゃったんだ。だけど、いつかまた会いたい。そう思ってる」
「そう……私も会ってみたいな……」
「うん、紹介するよ」
「あ!!」
遠くに僅かながら光が見える。
「行こう!!」
望んでも手に入れられない物はある。
それはどうしようもない事実だ。
だが、それを手に入れているものは皆望んだ者なんだろう。
何者でない僕が何者かになる。その一歩を踏み出したような気がしていた。
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