フィオに案内されたエヴィエス達は程なくして集落に着いた。
その集落はまず人間が立ち寄ることはないであろう森の奥深くで、小高い丘の麓の木々が少しだけ開けた場所に位置していた。
建物はどれもが木材と枯草で造られており、お世辞にも裕福な生活を送っているとは考えがたい。
恐らく、隠れるように慎ましい生活をしているだろう。
「ちょっと待ってて」
フィオはエヴィエスとナイを入り口に待たせ、集落へ駆けていく。
その彼女の後ろ姿は白いフワフワとした尻尾が揺れる。
本当に獣人なのか。
だとしたらなぜこんなところに……
「あー、楽しみだなー」
エヴィエスが思考を巡らせている隣で地面にぺったり座ったナイは足をパタパタと動かしながら緊張感のない緩みきった顔でご飯を楽しみにしている。
「あのなー、ナイ。こんな所に獣人が住んでいるなんておかしいと思わないか?」
「えー、エヴィ様がおかしいって言うならそうなんじゃない?そんなことよりご飯は肉かな?それとも魚かな?エヴィ様はどっちがいい?」
彼女はにやけ顔で何処かを見つめている。
「はぁ……」
こいつは駄目だ。
腹が減りすぎてもう何も考えていない。
というか、腹が減ってなくても何も考えていないのだ。
エヴィエスはため息を吐きながら頭を抱えた。
そんなやり取りをしているとフィオが1人の老人を連れて戻ってきた。
その老人も頭にふさふさとした耳がついており、遠目からでも獣人と分かる。
「えっと、私のおじいちゃん」
フィオが老人を紹介する
「はじめまして。客人。私はバールと言います」
落ち着いた声色でバールはエヴィエスにゆっくりと頭を下げる。
「こちらこそ、突然押し掛けて申し訳ありません。私はエヴィエス。それで……こいつはナイです」
「ナイでーす。よろしく!」
地面に座るナイは右手上げて気楽に挨拶をする。
「……おい、ナイ!失礼だろ」
エヴィエスはナイ嗜めるが、全く意に介していない。
エヴィエスに注意されることなどいつものことでそれを気にする彼女ではない。
「さあ、どうぞ。滅多にない客人ですので歓迎させていただきます」
そう言いながらバールは集落の中に入るように促した。
「ありがとうございます」
エヴィエス達は促されるまま集落の中に足を踏み入れる。
何人かの獣人とすれ違うが、エヴィエスやナイを気にするそぶりもなく、バールやフィオに軽い挨拶を交わしている。
「ここが私達の家です。どうぞ」
フィオは他の建物と変わらない質素な造りの扉を開ける。
エヴィエス達は促されるまま椅子に腰掛けた。
建物の中は外観と変わらない質素な造りで、所々隙間が空いて光が差し込んでいる。
「じゃあ、私ご飯作ってくるね」
フィオはパタパタと部屋の奥に入っていった。
「……不思議かね?」
エヴィエスがフィオの後姿を見送っていると、向かいに座ったバールが声をかけた。
「……どういうことですか?」
警戒していたのが顔に出てしまっていたのだろうか。
エヴィエスは動揺を悟られないように老人に微笑む。
「こんな所に獣人が住んでいる事が不思議なんじゃろ?お主さんの顔を見ればそのくらい分かるよ」
お見通しか。
フィオもバールもすれ違った人も悪い人は見えなかった。
それに、ナイも隣にいる。
最悪、戦うことになっても逃げ出す事くらいは出来るだろう。
そう考えたエヴィエスは素直に疑問を口にすることにした。
「……ええ、獣人は西に国を作ったと聞いています。なぜこんな所に住んでいるのですか?」
「人間が獣人を奴隷にしていたのは知ってるじゃろ?」
「……はい」
人間の歴史が始まって以来、長らく獣人は人間に使われる存在だった。
どうして獣人が人間の奴隷になっていたのかは誰も分からない。
エヴィエスも子供の頃から獣人とはそういうものという教えを受けていた。
しかし、その当たり前が覆ったのが救済の光だ。
救済の光によって戦う力を得た獣人達が自由を求め各地で人間に反旗を翻したのだ。
それが約10年前に起きた独立戦争と言われるものである。
「独立戦争によって出来たワシらの国は力が全ての国なんじゃよ。だから……力のない者は奴隷と同じ扱いを受けるのじゃ」
「え!?それって……」
獣人は自由を得るために人間と戦った。
しかし、それでは真に獣人が自由になったとはいえないのだ。
「そう、ワシら弱者にとっては支える存在が人間から獣人に変わっただけなのじゃ。何も変わらない……だから、逃げたのじゃ」
「そうなんですか……」
だから、獣人の国でもなく人間も立ち寄らないような場所に集落を築いたのか。
「まあ、そんな深刻な顔をしなくてもよい。ワシらは自由を得たんじゃからな」
そう言いながら老人は口元を少し上げた。
「それに、獣人ということで警戒せんでもええ。獣人にも良い者と悪い者がおる。それは人間でも同じじゃろ?ワシが見た限りあんた達は悪い人間には見えん。だから、何も無い所じゃがくつろいでもらってええから」
「……ありがとうございます」
確かに人間にも色んな人間がいる。
今までは獣人は悪と思い込んでいたが、フィオもバールもとても悪人には見えなかった。
するとぐぅーっと音が鳴り響く。
「ああー、なんか難しい話聞いてたらもっとお腹空いてきちゃったよ。おじいちゃんご飯まだかなぁ?」
招待された家で飯を催促するナイは相変わらず緩んだ顔をしている。
いつも通り何も考えていないナイによって一気に場の空気が緩むのを感じた。
「フォッフォッフォ、そうじゃったな。もうちょっと待っててもらってええかな?ワシもフィオを手伝ってくるとするか」
バールは椅子から立ち上がり、ゆっくりと部屋の奥へ消えていった。
その背中を見送りながらエヴィエスはナイに独り言のように呟く。
「なあ、ナイ。獣人も色んな人が居るんだな」
「……え?何が?」
ナイは大きな目を見開きキョトンとした顔でエヴィエスを見つめていた。
「……え?何がって……お前聞いてなかったの?」
「なんか難しそうな話してるなーとは思ったけど……ご飯のこと考えてたから聞いてなかった!」
「……はぁ」
満面の笑みで微笑む彼女を見て、エヴィエスは今日一番のため息をついた。
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