リリスの想いを聞いた時、シロはまるで頭をを殴られたかのような衝撃を感じていた。
人器がなく、差別された過去。
自分が誰かも分からず、ただ居場所を探していた。
リリスの想いは誰よりも分かるはずだったのに、それに気が付けない自分が悔しかった。
そんな自分に出来る事は何か?
気が付いたらリリスに手を差し出していた。
彼女の手が触れた瞬間、シロの中にリリスの感情が流れ込む。
予感はあった。
シロは魂を注ぎ込む時、相手の魂の器の形が僅かに見える。
それは揺れ動く感情そのもので、ことあるごとに形を変えるのだ。
しかし、アリスとリリスはその器の形が似ている。そう思うことがあった。
今、シロの目の前にはアリスとリリス2人の心の形がある。
これを1つにするんだ……
あんなに心優しいリリスを……
あれだけ妹想いのアリスを……
泣かせるわけにはいない!
じいさんに与えてもらったものを……今僕がリリスに与えるんだ!
幼馴染みの少女を想う少年は見た。
鈍色の髪の少年の人器が形を変えていくのを。
シロの両手に握られていたのは。
アリスとリリスの魂。
シロには見たこともない人器であったが、2人が教えてくれる。
それは、銃という失われた兵器。
その銃身は金。持ち手は青。
アリスとリリスが融合して誕生した人器、二丁の銃であった。
シロは静かにその銃口を少年に向け引き金を引く。
打ち出された弾は少年に当たり、光り輝く水となって足を覆う。
「え!?」
一瞬リュバルは驚いた表情を見せるが、すぐに足の痛みが消えていくことに気が付く。
「大丈夫。ちょっと待ってて」
少年が不安にならないように優しい口調でシロは語りかける。
周囲を囲う狼はシロのただならない気配を察したのか、茂みの中に身を潜めたまま姿を見せない。
シロは両腕を広げながら2つの拳銃を構え、気配のする方に数発引き金を引いた。
ダンダンダンダンダン!!
雨音を掻き消すかのように銃声が響く。
リリスによって生成された水弾はアリスの雷によって加速し、雨の滴を切り裂きながら狼を襲う。
「ギャッ!ギャッ!キャンッ!」
茂みの中から狼の悲鳴がいくつも聞こえてる。
「……行ったかな」
予想外の攻撃を受けた狼の群れは逃げていったのだろう。
もう気配は感じられない。
「すごい……」
シロの背中を見ていたリュバルは感嘆の声を上げる。
「大丈夫?もう立てるね?」
リュバルにとって、そう言いながら振り返るシロの姿は、言いようがないくらい美しく、カッコ良く見えた。
◆◆◆◆◆◆
その夜ーー
アリスとリリスは教会の礼拝堂の椅子に座っていた。
正面には蝋燭によって照らされたティーレの石像がゆらゆらと影を作り出している。
既に雨も上がっているため、聞こえるのは微かに響く虫の鳴き声だけ。
2人に会話はなく、沈黙が2人を包んでいた。
「リリス……アンタがそんなこと思ってるなんて知らなかった…… 」
沈黙をアリスが破る。
アリスはただ、蝋燭に照らされるティーレの石像を見つめている。
「姉さん……ごめんね」
リリスは極度の恥ずかしがり屋であるが、姉と2人の時は普通に喋ることができる。
「私、恐かったの……姉さんが居なくなったら私には何も残らないから……」
「リリス……」
「分かってる。分かってるの……これは私の我がままだって。それに、人器になった時に感じたの。姉さんがどれだけ私を大切にしてくれているか……」
リリスも揺れる石像に視線を向ける。
「私達……ずっと一緒ににはいられないんだよね……」
「そんなこと!!」
アリスはリリスに視線を向ける。リリスの長い前髪から大きな瞳が覗く。
「ううん……いいの。でも、シロさんが私に居場所をくれた。ここに居ていいって言ってくれた」
リリスはゆっくりと立ち上がる。
「私、シロさんが好き」
「!?」
アリスは目を丸くする。
「だから……姉さんには負けない」
リリスのその言葉には強い意志が込められていた。
シロに出会ってアリスが変わったように、リリスもまたシロに出会って変わったのだ。
それを感じ取ったアリスは口元が一瞬緩む。
「……いい度胸じゃない!」
アリスはバッと立ち上がり、リリスに向かって仁王立ちをする。
「私に勝負を挑むなんて百年早いってこと思い知らせてあげるわ!」
「えー、でも姉さん……私にその胸で勝負を挑むのは百年早いと思うんだけど……」
リリスはアリスのささやかに膨らんだ視線を向ける。
「ぐっ……煩いわね!!大体あんたは……」
その夜、遅くまで2人の笑い声が礼拝堂内にこだましていた。
いつまでも3人一緒にいる事は出来ないかもしれない。
でももう少しこのままで居たい。
リリスはそう願っていた。
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