あれから2日。
気を失ったまま街に運び込まれたシロは、怪我の治療を続けていた。
陽光が降り注ぐ窓からは心地よい風が子供達のはしゃぎ声を運んでくる。
その声を聞きながらシロはアリスが用意した教会の部屋のベッドに寝転びあの時の事を考えていた。
あの何もない山小屋から街に来てから初めての連続だった。
感謝されたことも信頼されたことも。そして他人を本気で守りたいと思ったことも。
今思い出しても温かい気持ちになる。
それを得るための対価があの戦いであり、この怪我だったのだろう。
だが、あの廃墟の戦いは結果的に生き残れただけで、運が良かっただけなのだ。
自分は何も知らなかった。人器のことも魔物のことも。
その無知で危うくアリスを失うところだった。それをシロは強く後悔していた。
人器のこと。魔物のこと。世の中は知らないことであふれている。
もっと知る必要がある。この世界のことを。
「シロー。起きてるー?」
紺色の修道服に身を包んだ金髪の少女が部屋の扉を開けた。
いつも通り金髪を2つに結び、快活そうな雰囲気の美少女だ。
彼女の背後から覗き込むように妹のリリスが顔を出す。
「ああ、アリス。リリスおはよう」
「どう?」
挨拶に応じることもなくアリスは本題を切り出す。
「まだ少し痛むけど、戦う訳じゃないしもう大丈夫だよ。じゃあ行こうか!」
3人はギルドへと向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆
教会からギルドは一本道で繋がれている。
ウェステの街はそれほど大きな街ではないが、教会は北側。ギルドは中央部に位置している。
ギルドが見えてくると入口の前に、見覚えのある2人組が見える。
シロとアリスを廃墟から救った人器使い。ルウムとケンプだ。
「おーう。待っていたよ!」
ルウムは3人を見かけるや否や笑顔で手を振る。
「お待たせ!」
アリスはルウムとケンプに軽く挨拶をする。
「おっ、少年。怪我はどうかい?」
「はい。大分良くなりました」
「そうか、良かった良かった!!」
白い歯を見せながら彼女はシロの背中をバンバンと叩く。
彼女は華奢な身体に似合わず豪快な性格をしている。
「ルウム……行くぞ」
野太い声が小さく響く。
ケンプは人一倍大きな体躯に対してとても物静かな性格だ。
「ええ、じゃあ行きましょう!!」
5人が向かったのは城壁の外周部から少し離れた街の外れだ。
街の外周部は主に農村が広がっているのだが、それを抜けると草原が広がっている。
「まあ、みんな座った座った」
いち早くその草の上に無造作に座ったルウムに促されるままシロ達は円を描くように座る。
雲一つない青空を吹き抜ける風が草花を揺らし、心地よい音を奏でる。
「あー、気持ちいわね。ちょっと寝ようかしら……」
「ルウム……」
「はいはい。ケンプは真面目なんだから……」
「仕事だろ」
「分かってますって。報酬分は働かないとね。じゃあ、まずは何から教えましょうか」
なぜこんなことになったのかーー
それは、シロが目を覚ました直後に遡る。
ウェステの街へ戻りシロが目を覚ました時、アリスとリリスは泣きながら安堵していた。
しかし皆が安堵するのをよそに唐突に魔物より遥かにプレッシャーを放つ人物が現れた。
カーミラである。
彼女はアリスとシロに烈火の如く怒りをぶつけた。
微笑みを絶やさず……それがまた怖かった。
その説教は長時間に渡り、シロは再び気を失いそうになり、アリスの瞳からは生気が失われていた。
見かねたルウムが止めに入り、永遠に続くと思えた説教が終わりを告げた。
しかし、カーミラはシロとアリスに2つの罰を与えた。
一つがルウムとケンプの教えを請うこと。
もう一つが農園への奉仕活動だ。
ルウムとケンプは弟子はとらない主義だったのだが、カーミラの怒りを見た後であったため断わるという選択肢はなく、渋々引き受けるに至った。
そして、農園はカーミラが見つけてきた。
そのため早朝はルウムとケンプの教えを受け、その後は農園で働くことになったのだ。
リリスは2人に付き合う必要はないのだが、連帯責任ということで同じ罰を受けている。
罰と言われているが、シロにとってこの街で唯一同調を使える人器使いの教えを請えるのは渡りに船だった。
知らなければならない。
「んー……じゃあまず少年。カーミラから聞いたんだけど誰とでも同調出来るのよね?」
「はい」
「どうやって同調しているの?」
「……分かりません」
本来同調は心を通わせあったパートナーの先に訪れる奇跡とも呼べる境地だ。
だがその過程を無視してシロは他者と同調することができる。
しかしその理由はシロにも分からない。
「そっかそっか。それならそれで良いわ。じゃあまず同調してみてもらって良いかしら?リリスお願い」
「はっはい!!」
急に名前を呼ばれて驚いたリリスはピンと背筋を伸ばす。
「ほら少年。やってみて」
「はい、分かりました」
ルウムに促されたシロは立ち上がり、リリスの前に出るでて手を差し伸べる。
「リリス。よろしく」
「はっはっい……シロ……さん」
魂を注げ……
リリスがシロの手に触れた瞬間、青く丸みを帯びた如雨露がシロの手に収まっていた。
リリスの感情が流れてくる。
「じゃあ、少年。聞こえてる?」
「……?何がですか?」
「やっぱりね」
ルウムはキョトンとするシロを見て溜息を吐く。
「いい?少年。本来同調は、二心一体を体現するものなの。それは、文字通り1つの体に2つの心が同居するってことよ。だから聞こえるはずよ。リリスの声が」
シロは目を閉じて集中する。
(……シロさん……シロさん)
確かに何処かから声が聞こえる。
「リリス!確かに聞こえます!でも……今まで聞こえなかったのに……何で?」
「それは単純に少年が聞こうとしなかっただけよ。だからいい?人器使いは同調できれば不意打ちなんかもらわないのよ。パートナーが死角を見てくれているんだらね」
「そうなんですか……」
だとしたらまるで後ろに目が付いているかのような2人の戦い方も納得できる。
「じゃあ、三ツ首の魔物から不意打ちを受けた時に聞こえた声は……?」
「そう。その声はアリスね。聞く意思がない行使者に無理やり割り込むなんてすごいじゃない。これも愛……おっと」
ルウムは口に手を当てて言い澱む。
あの時、光の球に直撃する瞬間、シロはアリスの人器で防御していたのだ。
もし、気が付かず直撃を受けていれば無事ではなかっただろう。
「そうなんですね……アリス、ありがとう」
「ばっ、馬鹿言ってんじゃないわよ!当然よ!」
アリスはシロに顔を背け乱暴に答える。
きっと照れているのだろう。
アリスの性格がすこし分かってきた気がする。
「あと、少年。多分あなた注ぎすぎよ。調節はしている?」
「え?」
「やっぱり知らないか……人器を使うには魂を注ぐ必要があるのは分かっているわね?でも例外を除いて魂にはみんな量が決まっているの」
「はい……」
「だから、注ぐ量を調節するの。カーミラの人器を使った時、気絶したんですって?それは間違いなく注ぎすぎよ。だから注意しなさい。少年が気絶したら、アリスやリリスは死ぬんだから」
それを言われてシロはハッとした。
そもそも、注ぐ量を調節するという考えすらなかったのだ。
「じゃあ、次はアリスね」
「分かりました。リリス。ありがとう」
シロはリリスを解除し、アリスの元へ向かい手を差し伸べる。
「アリス。よろしく」
「う……うん」
まだ照れているのだろう、アリスは顔を伏せたままシロの手ると金色の手甲が現れる。
リリスの時と同じく目を閉じて集中すると確かにアリスの声が聞こえる。
(……シロ!……シロ!)
「ルウムさん!聞こえました!」
次に魂の量を調節してみなさい。
「感覚はそれぞれだけど、水を注ぐ感覚に近いって言われているわ」
「水ですか……」
ルウムに言われ、シロは再度集中する。
確かこの感覚はーー
じいさんに毎日続けろと言われていた器に水を注ぐ練習に限りなく似ている。
毎日毎日、決められた時間通りに水を注ぎきる。
シロはずっとこれが何の役に立つのかと疑問に思いながらもこの練習を毎日続けていた。
魂を注げ……
すると、金色の手甲は小さい雷を纏う。
「へー上手いじゃない。この調節ってかなり難しいのよ」
ルウムは腕を組みながら素直に感心していた。
じいさんに教わったこと、ここでも活きたよ。
集中を終えたシロがルウムに目を向けると彼女はケンプの人器である曲刀を持ち、それを肩でトントンとリズムをとっている。
「……ルウムさん?」
「ああ、私達指導って言われても何していいか分からないのよね。だから、とりあえず戦ってみようと思って」
ルウムはまるでどうしたの?という表情でシロを見つめる。
「さぁ、かかって来なさい。回復薬は沢山用意してきたから心配する必要はないわ」
準備万端と言わんばかりに、彼女は低い構えを取る。
急な出来事にシロは付いていけない。
「そっちが、こないならこっちが行くよ!」
低い構えを維持しながら彼女はシロに向かって突進する。
「うわぁぁぁぁ!!」
シロの叫び声が青天の青空に響き渡った。
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