出来損ないの人器使い

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7話「廃墟にて4」

公開日時: 2021年1月24日(日) 18:27
更新日時: 2021年2月7日(日) 18:35
文字数:3,543

 光が通らない暗闇の地下道はやはり廃墟の地下に通じていた。


 廃墟となった砦は所々壁が崩れ、床に瓦礫が散らばっている。瓦礫に生えた苔が窓から照らされた光でキラキラと輝いている。


 周囲に魔物は気配は感じない。

 金色の手甲を纏ったシロは、気配を殺しながら一段一段ゆっくりと階段を登っていた。


「シロ……あなたに託すわ」


 強い意識が宿った青い瞳でシロを見つめる彼女の表情が脳裏を過ぎる。

 シロは地下道から出る前に生き残るための作戦を伝えていた。


 シロが考えた作戦ーーそれは、三ツ首の魔物を倒すことだ。

 遠くからの攻撃は正確かつ威力も高い。

 実際、広場を逃げている時も速度を緩めていなければ直撃していた。

 それに、あれだけ離れた距離から自分達の存在を感知していた。気が付かれずに突破する事は難しい。

 だから、先に倒した上で城壁を越える。


 この作戦はいくつも穴があるのは分かっている。

 だけど今自分達に出来る事はこれしか思い浮かばなかった。


 そして、この作戦にアリスは異議を唱えることなく快諾してくれた。


 その信頼がシロに勇気を与える。


 その為にはまず悟られないように近付き彼女の人器を叩き込む。


 成功するかは分からない。だけど、やるんだ。


 程なくして最上階だと思われる階段の切れ間に着く。

 シロは階段の壁で身を隠しながら、細心の注意を払いフロアを覗き込む。


(いた!!)


 心臓がドクッと音を立てる。


 廃墟の最上階は円形で四方に大きな窓がついており、シロが見渡せる程度の広さがある。

 その中央に三ツ首の魔物はこちらに背を向ける横たわっている。

 茶色い背中が規則正しく上限している。

 寝ているのか?そもそも魔物に睡眠が必要なのか?そんな疑問が過るがこれはチャンスだ。


(行こう……)


 シロは自分の心臓の鼓動を鎮めるように胸に手を当てる。


(アリス……じいさん……頼む。僕に力を貸してくれ!)


 魂を注げ……


 シロは意を決して、三ツ首の魔物に突進する。


「サンダーフィスト!!」


 シロの拳は三ツ首の魔物の背中にめり込み、バチっという破裂音がこだまする。


 三ツ首の魔物はギャっと一瞬身を震わせ悲鳴にも似た声を上げるが、すぐに動かなくなる。


 身体からは煙が立ち登り、肉が焼け焦げた匂いが辺りに充満する。


「……終わった……のか?」


 これから戦闘になる事を覚悟していたシロにとってそれは拍子抜けの出来事だった。

 とは言え、作戦は成功だ。後は全力で逃げるだけだ。


 三ツ首の魔物に背を向け、窓に足をかけたその時、どこからか声が響く。


(シロ!!危ない!!)


 バッと振り返ったシロの眼前に光の球が迫っていた。


「!?」


 その光の球は眩い光を放ちながら自分に向かってくる。

 しかし、それはやけにゆっくり近づいてくるように見えた。

 これなら余裕で躱せると思うが身体が動かない。


「そうか……これって……」


 次の瞬間、シロの身体は眩い光に包まれていた。


 廃墟に地響きにも似た轟音が鳴り響く。

 その爆発によって砦の最上階はガラガラと音を立てて崩れる。


「グゥ……ガハッ……!!」


 爆発が直撃したシロは、砦の最上階から広場に転落していた。

 身体が焼けるように痛い。服は焼けただれ血が混じっている。


 なぜという疑問が浮かぶが、頭が回らない。


(早く逃げないと……)


 身体を起こそうとするが、全身が悲鳴を上げて言う事を効かない。

 すぐにでも魔物が集まってくるというのに。


「動け!!」


 膝に手を当て、無理やり身体を起こす。

 手に装着した金色の手甲は変わらずに輝きを放つ。


 まるでシロに生きろと訴えかけるように。


「アリス……」


 よろよろと城壁に向けて走り出す。今ならまだ間に合うかもしれない。

 無様で不格好でもなんでもいい。とにかく彼女を妹の元に帰してあげたい。


 その気持ちがシロの身体を突き動かす。


 既に何体かのフェンリルが迫ってくるのを感じる。

 しかし、ドンッという音と共にシロの行手を三ツ首の魔物が塞ぐ。


 その魔物は一つの首は不自然に垂れ下がり、二つの顔の四つの目でシロを睨みつける。


「グルァァァァァァァア!!!」


 魔物の咆哮がこだまする。


 アリス……ごめん。約束守れないかも知れない。でも、諦める事は絶対にしない!


 魂を注げ……


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 絶望を振り払うかのように、そして魂を奮い立たせるかのように咆哮する。


「……まったく……手間かけさせるねぇ」


 覚悟を決めたシロの前に細身の女性がフワリと降り立つ。

 まるで重力など無視するかのような軽い足取りで。


 その女性は曲刀を右肩に乗せ、トントンとリズムをとりながらシロに顔を向ける。

 そのリズムに合わせて黒髪のショートヘアが僅かに揺れる。


「少年……よく見てるんだよ」


 その表情は自信に満ち溢れ、魔物に囲まれても崩れる事はない。

 彼女には強者だけが持つ風格が漂っている。


「ガァ!!」


 無視をするなと言わんばかりに今は二ツ首の魔物が牙を剥き出しに彼女に向かって食いかかる。

 それに目をくれる事もなく、すんでのところで身をのけぞって躱し、その勢いで足を振り上げ魔物の顔面を蹴り上げた。


 予想外の方向からの一撃を受けた魔獣は低い呻き声を上げる。


 そして、足を頭上に上げた逆立ちのような体勢から円を描くように曲刀を振り上げ、魔物の首を両断した。


 魔物の首からは鮮血が噴き出し崩れ落ちる。


 その動きは淀みなく、まるでダンスを踊っているかのような優雅さに満ちている。


 その様子に呆然としていたフェンリル達は彼女を取り囲みながら一斉に突進する。


 しかし、その瞬間を待っていたかのように長刀を構えるのは細身の女性とは似ても似つかない屈強な体躯を持つ隻腕の男性であった。


「……伏せてろ」


 男性のしゃがれた低い声を聞いて、シロは急いで頭を下げる。


「円月斬」


 ボソリと呟いた直後、長刀を一閃する。

 すると、その男性を中心として円状の剣閃が走り、向かいくる全てのフェンリル達を斬り伏せていた。


「危ない!!後ろ!!」


 彼の背後で、一ツ首になった魔物が光の球を放つ。

 このままでは直撃する。そう思ったシロは力を振り絞り叫ぶ。


 しかし、それを分かっていたかのように彼は空中に飛び上がり、曲刀を持った女性が最後の首に刀を突き立てていた。


 シロはその戦いを見て驚愕していた。

 ニ心一体を体現するかのような、2人のコンビネーション。

 しかも、あの2人は素人の自分が見ても分かるくらい本気を出していない。


 これが本物の人器使いの戦いなのか。


「よっと」


 魔物の頭から抜いた曲刀を肩に乗せ、再びトントンとリズムを取りながらシロに目をやる。健康的な小麦色の肌と黒髪が特徴的な美人な女性だ。


「まあ、派手にやられたねぇ」


「ルウム!」


 いつの間にかアリスが人器を解放し、シロの横で人器使いにそう呼びかけた。


「アリス……無事でよかった。あなた達2人を探しに来たのよ。あなたがシロ君ね」


「はい……」


 すると先程まで曲刀だった隻腕の男性がシロに近付き、シロの頬を殴る。


「がぁ!!」


 その衝撃でシロは地面に打ち付けられる。


「ケンプ!!何するのよ!!」


 アリスはシロを庇うように覆いかぶさり、男性を睨みつける。

 ケンプと呼ばれた隻腕の男性は茶色の短髪でシロより一回りも二回りも大きい身体の持ち主だ。

 鍛え上げられた肉体であるということがよく分かる。


「パートナーを危機に晒したからだ」


 決して大きい声ではないが、その声には強さが満ちている。


「だが、お前の大事な女を守りたいという意思は伝わった……これを使え」


 ケンプはアリスに液体が入った瓶を手渡す。

 それを受け取ったアリスは瓶の蓋を開け、中に入った液体をシロの口に注ぎ込む。


「これは回復薬よ。安心して。シロ……こんなにボロボロになって……ごめんね」


 アリスの瞳から涙が流れ落ち、シロの頬を伝う。


「ああ……君を守れてよかった……」


 アリスの頬を撫でる。彼女の頬は熱を帯び、生きているという実感を与えてくれる。

 それを感じた途端、シロは意識を失った。


「シロ!!」


 アリスは意識を失ったシロを揺り動かすが返事はない。


「大丈夫。気を失っただけよ。回復薬といっても即効性は薄いから」


 ルウムが動揺するアリスを落ち着けるように肩に手を当てる。


「さぁ、帰りましょう。リリスもカーミラも心配しているわ。ケンプ。その子を背負ってあげて」


「おう」


 ケンプはシロを軽々と持ち上げる。


「アリス、あなたは歩けるわよね?」


「ええ」


 アリスはゆっくりと立ち上がる。

 あれだけの事があったのに、アリスは怪我一つしていない。

 それはシロが身体を張ってアリスを守ったという証明でもある。


「それにしてもアリス……」


「?」


「惚れたわね」


「ああ、惚れたな」


「!?」


 茶隠すような表情のルウムにそれを指摘され、心臓の鼓動が強くなり自分でも分かるくらいに顔が火照る。


「そっ……そっ……そんなことないわよ!!」


 その強がりは、アリスの精一杯の抵抗だった。

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